健全な情報社会をめざして
 情報化レビュー・電子版
 第214

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IT社会展望

第36回『コンピュータの進化と法律』


   1. 平成18年から2年間、東京地方裁判所民事第22部で、建築紛争とコンピュータ紛争の調停事件を専門に担当する非常勤裁判官を務めた。その当時私は、全国約2万2千人の弁護士の中で唯一のシステム監査技術者・公認システム監査人であったので、東京弁護士会から、コンピュータ問題に強い弁護士の実力を裁判所で奮って来いと背中を押されたのであった。毎週金曜日だけの勤務であったが、2年間で建築紛争とコンピュータ紛争を各々15件ずつ位担当した。実は、当初苦労したのは建築紛争であった。弁護士になって14年間、建築紛争は担当したことがなかったので、コンピュータ裁判の中で、裁判官がコンピュータ開発の法律関係をビル建築の法律関係に擬えるような発言をすることが偶にあったがピンと来なかった。
   しかし、建築紛争に取り組んでみると確かに類似点が多いことに気が付いた。(1)基本的な法律関係は、目的物を完成させて引き渡すという請負契約であること、(2)金額や期間や社会的重要性においても同程度であること、(3)「設計」という上流工程を経て「施行」という下流工程が実施されること、(4)確定された設計内容が何であるかについての紛争が多いこと等である。

   2. しかし、他方、両者には次のような点で大きな違いがあることにも気が付いた。(1)建築は設計のかなり早い時期から有体物として可視的合意が可能であるが、システムは設計段階でも施工段階でも一貫して無体物であり、その中核は「機能」についての不可視的合意である。(2)建築の設計は「建築士」しか出来ないが、システムの設計は資格がなくても出来る。(3)建築では「建築基準法」で基準が定められており、第三者により設計内容・建築完成物の基準適合性の確認が行われるが、システムには法的な「基準」は存在しない。(4)建築士は、設計するだけではなく施工業者が設計通りに仕事をしているか「監理」する法的責任が課せられているが、システムの設計者にはそのような責任を定める法律はない。
   したがって、耐震構造計算を偽装した姉歯建築士は、建築基準法違反の刑罰に問われたが、コンピュータの設計者が同等のことを行っても刑事罰には問われない。耐震性のないビルが建築されれば人命に関わるが、不適正な設計による病院システムも人命に関わるという点での社会的危険性は同じであると思われる。だとしたら(2)〜(4)の違いの理由は何故なのか。その法的相違に合理性はあるのか。

   3. 長い間考え続けているが、社会的な必要性やあるべき論からすると、どう考えても差異的取り扱いに合理性はないと思われる。考えられる理由の第一は、「技術の歴史の長さ」であるとしか考えられない。建築は、人類史上著名な建築物であるピラミッドは紀元前3000年頃のものであり、建築技術は、それまでに相当高度に到達しており、その後5000年以上にわたって160階建の超高層ビルを建築する技術的進歩を積み重ねて来ている。当然のことながら、建築に携わる企業や技術者も同じ長さの歴史を有している。その建築の分野で我が国の建築基準法が制定されたのは1950年であり、世界の建築基準法のルーツは1750年に制定されたハムラビ法典ということである。

   4. これに対して、コンピュータは、最初の完全プログラミング型のZ3が発明されたのが1941年のことであり、2013年の今年で地球上にコンピュータというものが出現してから僅か72年しか経っていない。因みに、我が国にシステムが導入され始めたのは1965年頃である。72年間や48年間では、コンピュータ企業の社会的基盤が脆弱でありコンピュータ技術者の成熟度も不十分であるから、資格者でなければシステム設計や製造を認めないとしたのでは企業経営が成り立っていかないのも当然である。そればかりではなく、建築技術の進歩と比べてもコンピュータ技術の進歩の速度は、あまりにも著しく、技術者も企業も付いてくのが容易ではない。したがって、社会は法政策的にコンピュータ技術者と企業に、モラトリアムを与えているものと考えられる。しかしこのモラトリアムもあと100年もすれば解除され、「システム設計基準」と「システム監理基準」が「システム基準法」によって定められ、システム設計には「システム士」という資格が必要となり、基準法違反には刑罰が定められているものと思われる。

   5. 差異的取り扱いの第二の理由は、「市民的汎用性」の差異であると考えられる。建築は市民全員が人生において何らかの形で「住居」という建築問題に関わるが、コンピュータシステムの問題は基本的に市民個人の問題ではなく企業の問題であり、しかも、紛争の件数も違うので、法的基準の社会的必要性に差異がある。東京地方裁判所民事第22部でも、建築紛争は多い方の3ケタの件数であるのに、コンピュータ紛争の件数は一ケタ少ない。裁判所は、建築紛争については、労働紛争や医療過誤紛争や知的財産権紛争と同じく専門部を設け、専門的な裁判官を体制として確保しているが、コンピュータ紛争についてはそうではない。これは、この紛争の固有の法律がないということと紛争件数の少なさの両方の理由に拠るのであろうが、この分野の裁判所による専門的紛争解決力の不十分さが解消されないことは社会的な問題である。

   6. しかし、紛争の現場においては、300年後のシステム基準法制化の時が来るのを座視して待っている訳にはいかないし、裁判所による専門的紛争解決力の不十分さを嘆いても始まらない。私が我が国で初めて、平成16年3月10日東京地方裁判所で獲得し確定した「プロジェクトマネジメント義務」判決が、平成24年3月29日スルガ銀行対日本IBM事件の東京地方裁判所判決でそのまま引用されたことは、法律的基準がない分野における紛争解決基準を提供するという意味で、ユーザ企業とベンダ企業のシステム開発における行為規範となり、紛争を予防し、双方に納得性のある契約規範として機能し、それによって我が国のIT産業の発展に些かの貢献をすることが期待される。
   ただし、1.〜4.の私の到達点からすると、平成16年判決も平成24年判決も「プロジェクトマネジメント義務」を法律的な義務違反であるとは認定するが、事案の特殊性もあるとは思うが、信義則違反の認定に止まっている点は不十分である。本来は、ベンダの債務の主たる要素として直接に債務不履行が認定されるべきではないかと考えている。その一つのヒントが、建築請負契約における建築士の「監理義務」(建築士法第2条第7項)である。監理義務は明らかにプロジェクトマネジメント義務の大きな、法律が明文で規定している一類型であり、システム開発請負契約においても十分に類推解釈が可能である。


  <著者プロフィール>
  藤谷 護人(ふじたに もりひと)氏
  弁護士法人 エルティ総合法律事務所 所長
  弁護士、システム監査技術者、公認システム監査人
中央大学法学部法律学科卒。1992年、弁護士登録。我が国弁護士の中で唯一のシステム監査技術者・公認システム監査人。11年間の千代田区職員時代に住民情報システムの設計・製造・開発のプロジェクトリーダーを経験。弁護士開業後はコンピュータ関係訴訟を多く手掛け、日本で初めての2000年問題訴訟も担当。多くのシステム訴訟、システム監査等の経験を踏まえて、実践に裏打ちされた「システム技術(含むセキュリティ技術)と法律技術との結合」について取り組む。(現在)総務省行政管理局技術顧問、(財)地方自治情報センター評議員、東京都工事成績評定苦情委員会委員長、東京都システム評価委員、千代田区個人情報保護審議会副会長、世田谷区CIOアドバイザー、中央大学法科大学院講師、国際大学GLOCOMフェロー。(元)東京地方裁判所非常勤裁判官、日本弁護士連合会コンピュータ委員会委員。著書に、「eーJapan時代の情報セキュリティと個人情報保護」「IT企業法務」(IMS出版)など