報告 生産性運動の目的と計画について
1.端 諸
   第2次大戦後,ヨーロッパの諸国は,その国の経済を復興し,国民の生活水準を着実に引上げていくために,人間や原料や動力のような要素を,最大限に利用して生産性を高めていくという組織的な活動が必要であるとの自覚に達した。そしてヨーロッパ経済協力機構(OEEC)の加盟各国は,まずアメリカ政府との間に技術援助協定を結び,それぞれの生産性本部を創設した。
   ところで,所期の効果をあげようとすれば,一貫したプログラムを慎重に設計することが必要であり,このようなプログラムは生産性向上のための諸要素の複雑な結合関係を十分に考慮し,本来の課題に適する機構をもった特殊な組織によって,実施されるものであることがやがて明らかとなった。
2.生産性の精神的風土
   この課題の解決は積極的な行動を必要としたばかりでなく,正しい精神的風土を創ることが必要であったから,それだけになかなかむずかしいものだった。この風土は事業の成功の前提条件であり,新しい生産性本部の主たる関心事の一つとなるはずのものであった。厳密な技術的意味よりは,むしろ総合的な意味からすれば,生産性本部はその本質からして,この微妙な地盤の上で忍耐強い努力をしていくことが必要であった。ところで,生産性に対して下された最も優れた定義の一つは,次のようなものである。
   生産性とは何よりも精神の態度であり,現存するものの進歩,あるいは不断の改善を目指す精神状態である。それは,今日は昨日よりもより良くなし得るという確信であり,さらに,明日は今日に優るという確信である。それは,現状がいかに優れたものと思われ,事実また優れていようとも,かかる現状に対する改善の意志である。それはまた,条件の変化に経済社会生活を不断に適応させていくことてあり,新しい技術と新しい方法を応用せんとする不断の努力であり,人間の進歩に対する信念である。
   しかし生産性本部は,生産性に関するこのようなシェーマ(図式)のもっている側面を万遍なく取扱うことはできなかったから,多くのばあいは,活動に関して一定のプログラムを定め,またある程度の教義といったものを定めるに至ったのである。
   このような一般的な言い方にはもちろん多くの保留をつけねばならないし,また例外もあるが,生産性が平均して比較的高いヨーロッパ北部の国々では,生産性本部の活動は個々の企業に集中され,これに対して地中海沿岸のヨーロッパ諸国(訳注=フランス,イタリア,ギリシャなど)では,経済構造全般をある程度変えていくことが必要であるとして,自国の生産性本部に比較的広範な権限を与えた。たとえば,フランスの場合では,本部が国民経済政策の設計と指導に全面的に参加できるような措置がとられた。
3.共通な目標
   各国生産性本部のもっているプログラムを比較検討してみると,基礎理論,法的構成,権限がそれぞれ異なり,条件が同一でないにもかかわらず,主要な目標の選択についてはあるていど似かよっていることがわかる。
   しかし,これらすべての国々の目標が一般的に同じ種類のものであっても,それぞれの国の特殊条件に直接関連したものは相互に異なっていて,それに置かれている比重もまた各国間で異なっていることは注意せねばならない。
   さて,これらの目的は5つのグループにわけることができ,それらを一つ一ろみると以上の傾向がどのようなものであるかがほぼわかるだろ。
4.地盤創造の仕事
(1) 生産性向上のための精神的地盤の創造の仕事=これは直接の宣伝や一般的な情報や説得によって行なわれるが,生産性本部は強圧的な態度を慎重に避けた。そのような態度はOEEC加盟各国の計画した生産性プログラムの精神そのものに違背するからである。かくて,本部は情報サービスと説得という手段に訴えてプログラムの基礎となる理念や態度や方法を絶えず浸透させようと努めてきた。
   この情報活動は,特に産業界や労働組合,また商業や工業の企業(時としては農業企業)で行われてきたが,さらに進んでは行政官庁や大学や広い意味では一般大衆の中にも広がっている。新聞,ラジオ,映画などの媒体がこの目的に使われてきているが,これと並んで会議や情報活動は,経済が高度に発達した国においても決して無用のものではないにせよ,開発の遅れた国々では,生産性プログラムの浸透が比較的困難であるから,この種の活動はその本質が精神的なものであるだけに一層の努力を喚起する必要がある。したがって,ギリシャ生産性本部が行なってきた3種の活動のうち「精神的風土の創造を目指して生産性思想を普及すること」を特に強調したのは当然だし,トルコ生産性本部も最近まで「地盤の創造」に重点を置いていたが,これはさらに深く生産性問題の研究に向わんとする前提であり,この地盤工作がかなりに進んだ時に初めて労使の組織が本部の事業に直接関連を持つようになるという結論に達したからであった。
5.教育と訓練
(2) 国民的生産性の向上を目指す直接活動=この点に関しては,訓練関係の事業がいずれの国においても例外なく第1位を占めている。経営者や幹部候補の訓練と経営管理の改善がいずれの国の生産性本部にとっても主要な目標の一つであり,またこの方面で著しい成績をあげている。
   各国本部はまた職長やその他の監督者の訓練にも携っている。それは彼らの能率の低さが,ある人々によれば,ヨーロッパの生産性向上の阻害要因の一つだとされているからである。
   右のような各種の訓練活動の目的を達成するために,最も広く採られている方法は,経営管理や組織に関する新しい方式を一般に普及させることである。このために時には本部に所属するエキスパートや経営コンサルタントの助けをかりて行われる場合もある。
   とくに,中小企業に向って浸透する普及活動は,時としては業界団体や地域組織を通じ,あるいはその積極的な支援を得て行われる。また少数の企業の作っているグループの中では,情報の交換という形をとるばあいもある。このような普及は「生産性金融」の方式を用いて一段と効果をあげているばあいもある。これは長期的にみれば企業の幹部や銀行家に,能率的,合理的な経営管理は企業の物的資産と同様に大切であるという観念を持たせることになる。
6.建設的な協働の精神を育成
(3) 第3の一般目的は,純然たる技術的,物質的立場を超越したもので,これによって生産性本部は,未来の世界にふさわしい新しいヒューマニズムの創造に役立つ機会を得ようとするものである。これについてはすでにさまざまな努力が行われ,生産性を基調とする協働の精神を促進してきている。もっともそうした努力は終局の目標からはなお遙か隔たっているが,こうした協働は社会的,経済的進歩に関連するあらゆる分野の人々,すなわち思想家や実際家,学者や工芸家,科学者や技術者の間に進められ,なかんずく労使間の協働こそ最も際立ったものであった。各国生産性本部は,イデオロギーや目前の利害の対立を超えた共通の地盤を築くべく,特に最後に挙げた労使間の協働のために多大な力を尽してきたのであり,またそれが成功したばあいが多かった。
   このような努力は健全にして建設的な協働の精神を育成し,終局において生産性の成果の公正な配分を目指すものであるが,ベルギーにおけるかの有名な共同宣言の形態は,かかる努力の象徴である。
   それはまた実際に労働組合幹部の訓練のために各国が絶えざる関心を示し,援助を与えたことにも表われている。この訓練は,一部は生産性本部の援助に負うているが,今や一般的な情報宣言の域を遙かに超えてかなり高度な理論的,実践的水準に達しており,特にそれはベルギー,デンマーク,フランス,ドイツにおいて著しいものがある。
   生産性本部は労使関係の環境の改善を目指したこの運動を通じてあるばあいには作業員に対する仕事の適応,負担および利益の公平な配分,あるいはまた企業のあらゆる階層における自由な討論の機会の育成といったようないくつかの基本的問題の研究や解決の示唆を与えるまでに至っている。
   地域活動の形態は,国によってさまざまであるにせよ同様の線に沿っている。このような活動の一つの側面は一定の地域内で,商工業の関係者すべての間に高い協働の精神を促進することであったが,これは地方活動の原因であると同時にまた,結果でもあり,軽視しえないものである。
7.調査と研究
(4) 以上にあげた3種の目標は最も緊急な課題に即応するものであった。
   すなわちまず初めにそれは,失われた時を回復しようとすることであり,また関係者すべての支援を得て有利な精神的風土を創造することであり,そして少数の先駆者がすでにかなり大規模に用いていた経営管理の技術,方法をできるだけ完全に普及する仕事であった。
   しかしながら,生産性本部のあるものはこの種の活動が明らかに必要であり,またやりがいのあるものであるにかかわらず,活用しうる手段をもれなくとる訳にはいかず,したがって停滞の危機を避けるために,この活動を真の意味の長期政策の策定によって補わねばならぬことを次第にさとるに至った。この政策は産業界の急速な発展を予想して,企業がその発展の結果に対応できるように努力することを目指している。
   各国生産性本部のあるものは,今や科学の不断の進歩や原子工学の利用,各種のオートメーションプロセスのような「革命的」生産技術の浸透,原子力のごとき新しい動力資源などから必然に生じてくる経済的社会的変動に関して一連の研究調査を企図している。このような関心は数多くのプログラムの中に表われている。
   たとえば,ドイツは原子力の利用およびオートメーションの導入に基づく各種の問題を調査しつつあり,オーストリアはオートメーション全国委員会を生産性本部の一機構として設置したし,デンマーク,フランス,ノルウェーもこれと同じような線に沿って作業を進めている。
8.長期計画を固める
(5) 一国の経済並びに産業の発展について予見知識を持っていたとしても,それは必ずしも自動的に問題を解決することにはならない。したがって,このような発展の基本関係に影響を与え,それが福祉をもたらすばあいには促進し,必要とあれば誘導して,逸脱の危険があれば調整しようという意欲が生じてくるのは当然である。各国の生産性本部は,さまざまな色合いがあるにしても,いうなればこの長期生産性計画の最終段階を固めつつあるといえる。
   たとえば,ほとんどの生産性本部は,技術的進歩に大きな障害になる恐れのある技術者の不足を克服すべき手段方法を研究しているし,あらゆる水準の技術教育の拡充に協力し,産業間の連携の改善を達成しつつある。これと同じ理由から,フランス生産性本部は現在,経済の発展と立法との調整を目的とする研究を進めているし,ノルウェー生産性本部は精神上の地盤工作に比較的多くの関心を示している。
   ヨーロッパ的規模のさまざまな機関が新しく作られ,またその他の機関が差し迫った必要から設けられてからは,いくつかの生産性本部は,すでにその活動目標のリストの中に,ヨーロッパにおける自由競争に自国の国民経済を適応させようという特殊の関心を含めてきている。
   その結果,生産性の変動を左右する諸要素のもっている比重の相違に応じて,各国生産性本部は,これまで一般的に承認されてきたいくつかの目標に対するアプローチを絶えず改善すべく,過去数年間の間に得られた経験を利用して,今や技術的進歩の一連の諸結果とヨーロッパ的規模の市場の拡大から必然的に生じてくる深刻な変化に対して企業が準備態勢を整えるよう工作を進めている。
結論 各国生産性本部のあり方について
   ヨーロッパ生産性本部生産性委員会は1958年3月17,18の両日ローマで開かれた第2回集会において,各国生産性本部の過去の経験,および共同市場と自由貿易地域の設定,ならびに技術的進歩に関連した将来の課題を考慮したうえで各国本部の目的,プログラムおよび構成に関する問題を討議した。その結果,生産性運動は当面の一時的な困難を救う応急手段ではなく,経済的,社会的進歩と密接につながる大きな効果をともなうような長期の運動とみなすべきであることが承認された。その証拠として全世界(南アメリカ,アジアなど)にわたり,多数の国々に生産性運が普及しつつある事実をあげることができる。各国生産性本部は,組織や構成を異にし,またその活動を行う経済的,社会的条件も異なっているが,生産性委員会はつぎのような考察について原則的な一致をみた。
1 各国生産性本部は例外なく経済の拡大を前提とした生産性の向上を目的とし,生活水準の着実な引上げを意図している。この断定は一般に容認されるところである。
2 各国生産性本部の活動ならびにヨーロッパ生産性本部の組織の中で行われた協働の経験からして,先に述べた目標を達成するためには組織的な生産性運動が有利なものであることがわかった。すなわちこのような協働を確実に行なおうとすれば,強力な国単位の生産性本部が必要であることを銘記しなければならない。
3 過去および現在の活動を検討してみると,生産性本部の事業の成功には次のようないくつかの前提条件があることがわかる
(1) 生産性本部の構成は,行動に充分な弾力性と自由な余地を与え現代の技術の力がもたらす新しい発展と要件の示す動向に対応できるようなものでなければならない。
(2) 各国生産性本部は関係者の代表組織であることが広範な支持と信頼を獲得するゆえんである。すなわち,生産性本部は,民間組織たると政府機関たるとにかかわらず,いずれのばあいにおいても,労使ならびに国民経済の指導的部門を代表していなければならず,労使,政府,学界間の協力を促進しなければならない。
(3) 各国生産性本部のプラグラムに掲げた事業の重要性ならびに複雑性,またそれが効果的に実施さるべき必要性にかんがみ,これら本部には,質の優れたスタッフを集めその専門的水準を絶えず高めていくことが大切である。
(4) 各国生産性本部は,既存の組織や施設の活動との重複や競合を避けるために,それら団体を育成しかつ代表し,またそれらと協力して政策を進めなければならない。代表と分権の原則は,プログラムの種類と性格に基づいて業種別と専門別ならびに地域別に適用しなければならない。宣伝活動と情報の交流は,利用しうるあらゆるルートを通じて活発に促進しなければならない。生産性の向上は技術の改善のみならず,また人間の態度の改善に基づくところが大きいからである。
4 各国生産性本部の事業を進めるに当っては,国際的規模のプログラムが貴重な手段となっていることが認められる。各国生産性本部が長期のプログラムを策定し得る立場にあるにかんがみれば,組織的な生産性活動の将来に対しては国民的ならびに国際的規模のいずれの場面でも時宜を得た決定が行われねばならない。
   生産性委員会は,各国生産性本部がその活動に要する経費の全部を事業収入のみによってまかなってゆこうと企図すべきでないことに意見の一致をみた。もしこのような方針が採られるとすれば,それは本部が本来援助すべき他の組織に対して競争者たる破目に陥る傾向を生むものであり,さらにこの方針は,自己負担の不可能な研究.教育の一切の活動を締めだすことになるだろう。
   各国生産性本部ならびにヨーロッパ生産性本部が行う組織的な生産性活動が将来にわたっても存続するとすれば,それは原則として,事業収入のみならず政府もしくは民間組織もしくはその双方からの寄金によってまかなわるべきである。(押川一郎.高木健次郎著『ヨーロッパ生産性通信』より)
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