過去十余年にわたる日本経済の高度成長は,重化学工業化の過程であった。重化学工業化は,地域的な人口の爆発的増大と,高度の技術革新による経済活動の多様化.高度化とを両軸にして,人間活動が巨大化した過程でもあった。人間活動の巨大化は,わが国経済に予想以上の物量的拡大をもたらした反面,その結果として複雑に錯綜した公害が発生し,自然の環境は破壊され,人間の生命と健康を脅かすほどの重大な問題をひきおこした。
   公害の背景には,生産工学,生物学,経済学,法学等,関連諸科学間の相互関連性についての知識の不完全さがあった。汚染物が正常な経済活動の副産物であることの重大性は等閑視され,環境破壊が結果的には高価な代償をもって追られる事実についても認識が不足していた。公害防除の費用を反映させるメカニズムも不在であった。公害問題が現在,思想的に混乱している背景として,われわれはこれらの事実を卒直に認めるとともに,謙虚に反省すべきであろう。
   産業公害の発生は直接的には,企業が生産第一主義によって水,大気などの自由財を乱用し,大量汚染,廃棄物によって自然の調和機能を破壊した結果である。
   いまや産業公害は日を追って深刻化の様相を呈している。しかも,公害企業と被害者である一般市民との間には数多くの要素が介在しているうえ,各種の公害現象には複雑な因果関係が絡み合って,個々の独立した技術や短期の対策でこれを解消することは不可能である。公害防除は,人類が全く新たな視点から追求する人間と自然との動態的調和システムを確立する問題であって,単に「緑の自然」や「澄んだ大気」を論ずるだけで,公害の今日的課題は解消しない。問題の本質は,自然のシステムに最もよく適応した環境計画,産業構造等の新たな姿を探求することにある。
   従って,こうした公害問題の本質を見極め,これに対処する基本的姿勢を確立することが焦眉の課題である。人類の生命や安全を脅かす公害が社会的に容認されないのは当然であるが,高度産業社会の形成過程で現在の産業公害が発生した以上,長期的には全国民的な努力によってこれを解消していくことが人類の課題であろう。とりわけ,人類が開発した技術によって発生した公害問題は,人類の開発する新たな技術によってこれを防除できるとの信念と意欲をもって,問題解決に当たる態度が必要である。
   公害は全国民的な課題であり,甚だ複雑な因果関係を考慮すれば,政府,産業界,労働界,学界,市民社会等,各界あげての努力が結集されねば,効果的な問題処理は期待されない。同時に,公害防除の課題には,強靱な,忍耐と関係方面の協同による前向きの施策をもって当たらねばならないが,緊急を要する問題は果断に処理すべきである。
   生産性運動は,国民経済の生産性向上を通じて国民全般の生活水準を高め,豊かな福祉社会を実現することに目標をおき,労.使.中立の三者構成の組織のもとに広く国民運動として展開されるところに特色があり,多大の成果をあげてきた。その特色を生かして生産性運動が,公害防除を国民運動として促進することは,極めて有効な手段てある。いまや経済発展の基調は量的拡大から質的充実の時代を迎え,社会福祉の増進,国民生活の充実を生産性運動の中心的課題とする段階に入ろうとしている。直面する産業公害と取り組み,後の世代へ譲るに値する生活環境を回復するとともに,国民の生命と健康を守ることは,今日の生産性運動の核心といっても過言ではない。かかる見地からわれわれは,生産性向上と公害防除について全国民的な合意のもとに,各界があい協力して問題の解決に当たるため,全国的な啓蒙運動を提唱し,以下に掲げる事項の推進に取り組むことを期待するものである。
1.公害防除のための各界の役割
〔企業〕当面の産業公害において企業が批判の中心にあることは事実である。現代企業の本質は,決して自己完結的ないし独善的な存在ではなく,企業の構成員,地域社会,ひいては国民全般の福祉増進に寄与するところに企業の基本的な存在理由があり,企業行動の目標もここにある。これが企業の社会的責任であって,人間の福祉を無視した企業の繁栄や利潤は,仮にそれが成立しても,一時的な幻影に過ぎないことを,企業家は深く自覚すべきであろう。
   あたかも,過去において労働基準法を無視し労働者の犠性によって存立した企業が,今日すでに社会的な存在価値を失ったのと同様に,公害防除を怠ってもっぱら利潤を追求する企業が今後,社会的に存在する価値を失うのは自明の理である。とすれば,企業は公害問題を自らの社会的責任として自覚し,自己責任においてこれを解消する有効措置を率先して実行する責務をもっている。そのために一時的な企業活動の停滞はあっても,長期的展望に立てば,企業の成長,社会福祉の増進に寄与することとなる。
〔労働組合〕公害企業が今後,社会的な存在価値をもたなくなるのと同様に,公害問題に目をつぶる労働組合は自らの社会的責務を果しているとはいえまい。労働組合は,まず職場の安全問題から出発して経営側と建設的な協議を進め,企業内の問題処理に当たると同時に,地域社会の重要な構成員として地域レベルの話合いに積極的な役割を演じ,そのレベルにおいても解決困難な課題については,中央政府に働きかけて,行政の中へ市民の声を反映させていくなど,社会福祉の増進を目指して健全な労働運動,建設的な市民運動の担い手となることが肝要である。
〔政府〕産業公害が国民全般の生命,健康と生活環境を脅かすほど問題が重大化した今日、政府の公権力による介入は当然であろう。政府はまず各省庁や地方自活体に分散された公害行政を一本化し,統一的に運用すべきで,新設予定の「環境庁」も単なる調整機能に終わることなく,各省庁の関係部署を翼下に糾合して,システム的接近を試みながら国の総合計画を設定し,一元的な公害行政を強力に推進する必要がある。
   同時に政府は客観的.科学的な基準を制定し,公正な公害規制を国民福祉の観点から実施すべきである。
   産業公害の特質はその累積性と複合効果にあり,これが企業レベルでの問題解決を困難にしている。従って政府はまた,こうした分野の解決に積極的な役割を果し,民間の公害防除活動を支援していくことが重要である。
〔地域社会〕産業公害について地域社会は従来もっぱら被害者として論じられてきたが,公害問題が今日ほど深刻化した以上,その克服のために地域社会も積極的な役割を果すことが必要である。従って企業や政府の公害対策が実行されている環境下でも累積性や複合効果のためにその地域特有の公害が発生した場合,地域社会は自らの努力によってその解決に当たらねばならない。
1.公害防除のための労使協議
   産業公害の防除を目的とした各種の法規制を整備することは重要であるが,法律による規制だけで公害は解決しまい。労働組合が公害に伴う労働条件の悪化を防ぐために努力することは当然であるが,さらに一歩を進めて,広く公害問題に労使は一体になって取り組む必要がある。旧来の観念論や段階主義に固執し,労使協力に対して排他的であれば,何ら問題は解決されない。企業の労使は,公害コストを生産性向上によって吸収すべきであるとの認識に立ち,職場の安全を確保することはもちろん,公害対策に対して建設的な協議を進めるべきである。そのため,まず個別企業にあっては労使がこの共通の課題と取り組むための委員会を特設し,その機能を駆使していくことが望ましい。
   同時に,産業公害は,すでに指摘した通り,その累積性や複合効果など複雑な要素のために,個別企業のレベルで完全に防除できない側面をもっている。そのため,近時,産業別労使協議の機運が急速に高まっているのと呼応して,労使は産業別さらには地域別の労使協議の機能を十二分に活用し,当該産業,当該地域からは産業公害を排除していく姿勢が必要である。
   また,経済活動の複雑化に伴って,産業相互間の混合的連関性が現出してきたため,関連産業間の労働組合および経営側は,それぞれ横断的な理解と協力を増進すると同時に,関連産業群としての総合的な労使協議体制を確立することが新たな重要課題となっている。
1.公害防除のための費用負担
   公害防除のための費用負担は,本来企業が自己責任において措置すべき領域が中心であるが,国の経済,社会政策上,政府ならびに地域社会が負担すべき分野もある。
   企業は何よりも公害について自らの社会的責任を自覚し,自己犠牲において公害防除の具体的対策を講じなければならない。安易なコスト転嫁は物価上昇を招き,社会問題と化する恐れがある。また,地域内の企業集団が公害防除の共同施設を建設するなど,協力体制を整備していくことも重要な対策である。
   企業によって発生する産業公害は,企業が,何ら外部に依頼することなく,自己犠牲においてこれを解消することが基本であるが,他面,政府や地域社会に要請される機能も重要であろう。政府は,原子力産業等のように国民経済的にみて重要産業であり技術革新が必要な分野で,しかも個別企業が自己処理できない公害に対しては,国の財政支出を通じてその解消に努めるべきである。また,企業の公害防除費用が直ちにコスト転嫁による物価上昇や賃金抑制にはね返ることを防ぐため,公害防除設備投資に対する財政金融上の優遇措置,加速減価償却等の税制上の措置を講ずることが肝要である。中小企業に対しては,さらに慎重な行政指導が重要であり,例えぱ中小企業を特定地域に集結させ,公害防除の共同施設建設に財政的支援をすることなどがとくに必要である。
   費用負担について地域社会も重要な関係をもっている。地域社会が経済成長の利点を享受してきたのは事実であり,しかも成長の過程で産業公害が発生してきたことを認識すれば,成長の利点を享受する反面,公害の解消に対しても積極的な役割を果す立場にある。とりわけ,政府や企業レベルでも解決できない公害に対しては,地域の特性を生かして政府や企業に協力し,地方自治体がその処理の必要経費を負担すべきである。また,中央政府の助成策と並行して,公害特定地域の企業集団に対し共同防除施設を建設するよう指導し,財政負担をすることも必要である。
1.公害防除の技術開発
   産業公害は重大な社会.政治問題であるとともに,他面,科学技術の問題である。公害防除のためには,まず何よりも関連する諸自然科学の正しい知識体系が必要であり,隣接諸科学を包摂した自然科学者陣の研究調査のシステム化を図ることが重要である。また,そのためには官民諸機関の協力による技術開発体制を確立しなければならない。
   政府はまず各省庁や中央.地方レベルにおける離散的な研究体制を速かに一元化して実効を高め,民間では着手困難な大型プロジェクトや基礎的技術開発を担当すべきである。創意工夫により民間の方が効率性の高い技術開発の領域は,すべて民間側に委ね,政府や地方自治体は財政的にこれを支援する必要がある。
   開発された技術は極力政府が買いあげて広く関係方面へ公開することが望ましい。
1.国民運動の推進
   国民全体が公害防除の問題と取り組み,福祉社会の建設に当たるためには,企業,労働組合,政府,科学者,消費者,地域住民の各層を結集し,一致協力して公害防除のための幅広い国民運動を展開することが急務である。
   とりわけ生産性運動の推進手段である教育活動と情報活動を,全国的な啓蒙運動に導入することが,過去の経過の経験に照らして極めて効果的であると考えられる。
   従って当面,日本生産性本部は三者構成の特色と全国的な地域組織を活用して,中央,地方を通じての強力な啓蒙運動を推進するよう要望するものである。現実の公害と将来公害の恐れのある問題について科学的,具体的な資料,情報を国の内外にわたって収集,分析し,これらを関係方面へ適正に伝達することは格別重要である。
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