1 新基準案作成の経緯と考え方
1.新基準案の背景
   日本生産性本部労使協議制常任委員会は,このほど,企業レベルにおける労使協議制についての新しい指針を作成した。日本生産性本部が,
生産性運動の推進母体として発足してからすでに二十余年を経たが,労使協議制は生産性運動の大きな柱の一つであり,本部のこの常任委員会は,労使協議
制に関する調査研究,啓蒙普及を一貫して継続してきた。その活動成果の一つとして,「企業内における労使協議制の具体的設置基準案」が公にされたのは,
昭和39年のことであった。今回の新しい指針は,時代の変化に適合するように,この基準案を改訂したものである。
   顧みれば,この20年間に,社会経済情勢は大きく変化した。生産性運動の始まった昭和30年代の初頭から40年代にかけては,わが国産業の
飛躍的な発展,そして日本経済の高度成長の時期であった。相次ぐ設備投資による新しい技術や設備の導入は生産の組織を変え,労働の態様に変化をもたら
した。
   これらの変化は生産性向上によって社会の富を増加させ,それが適正に配分されることによって人々の生活を豊かにするものであった。
   しかし,それは他面従来の安定した労働生活を揺るがし,将来への不安を呼び起こすことともなった。このような変化の過程で,人間の適応を要求する機械と技術の論理に対して,労働者や市民の抵抗や,摩擦が生じたのは当然のことであった。それは,大規模化,量産化による効率の追求と人間の個性の主張との相剋でもあった。その調和をはかろうとしたのが生産性運動であり,その基本原則は,生産性向上による雇用の増大と過渡的失業の防止,労使の協議,そして成果の公正な配分という三つの大きな柱であった。
   それは社会の進歩のための生産性向上の必要を認識するとともに,この方向を推進するにあたっての人間的配慮を忘れてはならないことを謳ったものであり,この運動は,労使の組織的協力を得て国民的運動として広がった。
   その結果は,過渡的な摩擦を最少限度にとどめ,高度経済成長体制への移行を円滑にしたといってよいであろう。かくて日本経済は繁栄を謳歌し,国民の生活水準も着実に向上した。とはいえ,このような発展が何らのひずみなしに進行したわけではない。ひずみが表面化したのが公害すなわち環境汚染の問題であった。
   企業活動の拡大による環境の汚染が明らかになるに伴って,その被害者である地域住民から批判の声が挙げられ,大きな社会問題となった。それはまた欠陥商品問題や,国外的には日本企業の活動や商品の進出によって影響を受ける海外諸国からの批判などと相俟って企業の社会的責任を追求する論議を呼び起こした。これは高度成長下において,能率を重視してきた企業活動に対して社会的公正への配慮をより強化すべきことを求める動きであり,その実現のための方策として企業の意思決定に対する労働者や市民の「参加」の問題が労使関係者に意識されるようになった。また,一方で西欧諸国を中心として経営の民主化,労働の人間化などを理念とする労働者の経営参加への動きが急速に高まり,参加のための新しい制度が多くの国々で導入された。このような国内,国外における参加への要求の高まりの中で,労使の間でもその具体的方策が検討されるようになってきたのである。
   高度成長を続けてきた日本経済の前途に翳リが見え始めたのは略和40年代の後半であり,46年のドル切下げ,さらに48年の石油の国際価格の引上げは日本経済に大きな影響を与えたが,この過程で経済成長率の低下は単に一時的な不況ではなく,世界経済の構造変化に基くものであり,日本の国内経済体制も,新たな時代に対応する再編成の必要に迫られていることが明らかとなった。このことは,高度成長期に形成された労使関係のパターンもまた再編成を求められていることを意味する。年々の大幅賃上げは,昭和50年代に入って急激に低下し,51年,52年には10%を割って一桁の賃上げにとどまった。
   雇用は伸び悩み,多くの企業で何らかの形で雇用調整が行われた。労使関係の重点は賃上げよりも雇用の維持に移った。政府の経済政策も雇用の維持を重点として構成され,追いつけ追い越せの高度成長路線に代って完全雇用の確保と物価の安定とを共に実現しうる適正な経済成長という思想が主流を占めた。しかし,国際経済情勢はなお流動的であり,この目標の達成は決して容易ではない。ことに昭和52年後半のドル安円高の傾向は国内産業に多大の影響を与え,雇用情勢はさらに深刻化しようとしている。
   このような状況の下で労使に要求されることは何であろうか。それは,当面の危機を切抜け,日本経済を安定した軌道に乗せるための方策についての双方のえい知を集めた協力であり,また,この状況変化によって最も影響を受ける社会的弱者に対する十分な対策である。
   現在,多くの企業はその生産活動を縮小し,減量経営によってこの危機に対処しようとしており,その中では雇用調整が問題となっている。これはある程度やむをえないことである。これまでのところ企業の雇用調整は,新規採用の手控え,配転,一時帰休などの方法で大量の失業者を巷に放出することはできるだけ避けるような方法で行われて来た。しかし,企業は経済活動の単位であり,経済性を無視しては存立しえない。生産に見合う適正親模に雇用を維持すべき要請は企業活動に内在している以上,生産の縮小が続けば,これまでの雇用の維持は困難となる。しかし,雇用調整の措置が当面の苦境を切り抜けるという短期的視野だけから行われるならば,それは多くの働く人々に不安を与えるのみならず,企業の活力を失わせ,将来の再発展の基礎を危くするおそれすらなしとしない。現在の危機は,世界経済の構造変化に起因するものである以上,個別企業の努力のみによって解決しうるものではないが,現代の自由な競争を基調とする経済体制の下では企業,特に大規模企業に期待すべきことは多い。
   企業が社会の要請に応えつつその活力を維持して行くためには,経営のパートナーである労働者の協力は不可決であり,そのための労使の対話の必要性はますます高まっているといわなければならない。
2.新基準案の理念
   労使協議制の新しい基準案は,以上のような状勢の変化を念頭において作成された。企業レベルにおける労使協議の制度はすでに広く普及し,日本生産性本部の調査によれば約90%の企業に労使協議の機関が設けられている。
   労使協議機関は,1952年のILO第94号勧告のいうように,労働条件の決定を主要な機能とする団体交渉の機関とは異なり,経営,生産上の諸問題について労使が協議・協力する場である。これらの問題は通常経営者の権限と責任において決定,実施する性質の問題であるから,これを労使が対等の立場で協議することは,労働者が経営に参加することであり,労使のパートナーシップの形態でもある。
   労働組合は組合員の労働条件の維持向上を主たる目的とする組織であり,その目的を達成する手段が団体交渉である。しかし,生産の技術が高度化し,組織が複雑化するに伴って,力の行使を背景とする団体交渉だけでは十分にその目的を達成することはできなくなり,これを補完するための話し合いの場が必要となった。
   一方,経営の側においても,「経営権」不可侵の固定化した思想では,現代の民主化された社会における経営をつかさどることはできないという認識が育ち,ここに団体交渉を補完する話し合いのチャンネルとしての労使協議制が生まれ育つ条件があったのである。
   労使協議制はILO勧告のいうように「労使の協議および協力」の制度であり,ここでは労使の利害が共通することを前提とする。この点で利害の対立を前提とし,これを労使相互の妥協によって和解に導く団体交渉の制度とは,機能的に区別される。しかし実際的にはその境界は必ずしも明確ではない。ことに,労働組合が企業別組織を主体とし,団体交渉が企業レベルで行われているわが国においては,これと「経営参加」すなわち企業レベルにおける労使の協議と協力とを制度上截然と切り離し難い面がある。すなわち,ILO勧告のいうように「通常団体交渉の範囲内にない事項」を扱うのが労使協議制であるとしても,団体交渉事項の範囲は固定的なものではないから,付議事項のみによって両者を明確に区別することはできないのである。事実,当本部の調査によってみても,両者を完全に別個の機関としているところが増加しているが,労使協議機関を団体交渉の前段階協議の場として位置づけているところも少なくない。このことの当否はしばらく措くとして,ここにはこの両者を付議事項のみで分けられない事情が端的に示されている。
   それでは,両者の区分は何に求められるべきか。われわれは,それを協議に臨む労使の姿勢に求めたい。利害共通といい,対立といい,それは一つには見方の相違でもある。利害相反すると考えれば,そこには対立が生ずるであろうし,共通と考えれば,そこには協力の途が開ける。
   こういってしまえば,団体交渉と労使協議とを別個の制度として考える必要はないという論が出るかも知れない。しかし,制度は或る理念をさらに発展させ,定着させる役割をもつ,これまでの労使関係の歴史の中では,「協力」という理念は,時に口にされても,実は本当に育っていなかったのではないだろうか。「協力」といえば直ちに労使の癒着と結びつけるような固定観念が労使関係者の間に根強くあることはこれを物語る。協力とは,立場の異なる当事者が互に他者の立場を認め合い,それぞれが自己の目的を追求することを認め合いながら,共通の具体的目標のために力を合わせることである。そこでは,立場の相違からくる対立の契機をはらみながら,これを包含するより大きな目標達成のための共働がある。このような理念を担い,これを発展させるためには,それにふさわしい制度のかたち,すなわち対立−和解のプロセスである団体交渉とは別個の制度を設けることが必要であり,こうすることが当事者に,実践を通じて真の協力の意義を理解させるのに役立つに違いない。
   企業レベルにおける労使の協力について具体的に考えてみよう。企業は,その生産活動によって利潤を生むことなしには存立しえないし,その実現をはかることは経営者の責務である。他方,労働者の地位の向上をはかることを主たる目的とする団体であって,その主たる活動は企業からその雇用する労働者の地位改善のための資源を引き出すことに向けられる。
   ここには資源の分配という対立の契機がある。しかし,このような分配が可能なためには,企業が一つの経済活動の単位として存立することが前提であり,その存続,発展はまさに労使の利害共通の問題でなければならない。このことは,企業というものの役割を改めて考えさせる。企業はその生産活動によって社会の富を増加し,人間の幸福に貢献することによってその存在意義を主張し得る。
   さらにまた,工業化された現代社会においては,勤労者の大部分が企業に雇用されて働いているのであるから,この人たちがその能力を十分に発揮して仕事の満足感を得るとともに,快適な生活をいとなみ得るような労働の環境と条件を提供することもまた企業の社会的責任ということができる。
   すなわち,現代の企業は単に企業者の私的利潤の追求の道具ではなく,その活動が社会的に承認されたものでなければならないのである。このように考えれば「社会的責任」とはその内容や程度が時代によって変わるにせよ,もともと企業活動に内在しているのであって,このような要請をみたすものとしての企業の存立をはかることが労使協力の目標なのである。もちろん,経済的利益なくしては企業は存立しえないから,そのための効率化,すなわち生産性の向上は必要であり,ここにも協力の分野があることはいうまでもない。生産性運動が生産性向上のための協力の必要を説いたのはこの意味で当然であった。しかし,それは協力の一面であるにすぎない。企業の社会的責任の完遂というもう一つの面を併せて協力の意義は完成する。生産性運動が説いたのは,このような協力であった。とはいえ,運動にはその時々の情勢に応じた重点の変化がある。高度成長期において,立ち遅れた日本経済の発展のために生産性の向上に協力の重点が置かれたのは自然でもあり,やむをえないことでもあった。
   しかし,その結果生じた社会的なひずみが,企業の存立自体を脅かすような状況が現われてきた段階においては,協力の意味について改めて考えなおし,重点を再分配する必要があるのであって,労使協議制もこのような見地から再検討しなければならないのである。
   卒直にいって,労使は成長を急ぐ余り,長期的視野に欠けていたのではないか。生産の拡大に次ぐ拡大,それと平行した年々の大幅な名目賃金の上昇という行動のパターンが慣いとなって,それが永久に続くかのような錯覚はなかったか。生産の拡大も,地球上の自然資源を人間の生活に役に立つように開発し,加工し,消費することであってみれば,所詮は有限な資源の再配分にほかならない。石油危機は人々にこのような認識を持たせるための警告でもあった。
   ここには,異なった民族,異なった国家相互の対立の契機とともに,地球という有限な空間の中で人間が共存して行くための協力への要請がある。グローバルな,そして長期的な展望を忘れて,ひたすらに個別企業の,また個別国家の発展のみを求めるのは,ブレーキのきかない乗物を加速するのに似ている。適切なブレーキのない車は危険である。適切なチェック機構のない企業活動も同様に危険である。ここでチェック機構とは,短期的には企業成長を鈍化させても,長期的には企業を存続,発展させる安全装置である。労働者の経営参加は,このような観点から考えられるべきであり,経営参加の一形態である労使協議制も,このような長期的視野に立った協力の機関として位置づけることができる。もちろん分配をめぐる労使の対立は避けられない。しかし,これは短期的な問題であって,団体交渉による和解によって処理すればよい。和解は或る限られた期間のものであるから,再び対立が生じ,また和解に至るという過程は繰返されるであろう。しかし,それは長期的な労使の共存,協力という大きな枠組みの中での反復であって,
このようにして対立と協力とが両立しうるのである。
3.労使協議制の一層の充実のために
   このように考えれば,労使協議制と団体交渉との機能の分担もより明確になるであろう。すなわち,前者は企業の経営に関する基本的な問題を長期的な視野から協議してその存立の基盤形成を助け,後者は,短期的に生起する個別的,具体的な問題を処理するのである。企業存立のための基本的問題とは,すでに述べた理念の具体的展開,すなわち生産性向上と企業の社会的責任の遂行のための方策という問題に帰着するのであり,後者により重点を志向した労使の協議を推進しようとするのが,新しい労使協議制基準案の意図なのである。
   新基準案は,これまでの基準案と同じく労使のモデル協定案の形式を取っている。
   モデルである性質上,それは極めて一般的,共通的な骨組を示すにすぎないから,これに肉付けをし,魂を入れるのは労使当事者の責務である。例えば,労使協議機関の性格を端的にあらわす協議事項について,基準案は「企業の経営に関する事項」と抽象的に規定するにとどめているが,個々の協定の中では実情に応じて労使が重点事項を掲記することになるであろう。これまで述べてきた理念は,何を重点として協議すべきかについての指針であって,端的にいえば,企業が永続するための社会的責任の遂行に必要な諸問題を長期的な視野から検討,協議することが協議の重点となるべきである。国際・国内経済の動向を見通した長期的な経営戦略,企業立地や商品市場の開拓における市民の生活への配慮,企業に働く人々の能力の向上と福祉の増進に関する問題などは,労使双方に共通の関心を持ちうる問題であると同時に,社会的公正という見地から検討すべき多くの視点を含んでいる。長期経営戦略の決定にあたっては,有限な資源の最適利用のためにこれを世界の国々,
企業の間でどのように配分すべきかという視点が当然入って来るであろうし,新工場の建設や商品の販売,輸出などの場合には,企業行動が一般市民や地域住民の二一ズや感情を適切に反映しているかどうかが問題とされるであろう。企業内の問題を取ってみても,そこに働く労働者が自分の能力を伸ばし,意欲と満足感をもって仕事ができるような安定した雇用の場を提供するような人事方針の確立は極めて重要な問題である。ことに労働力人口の高齢化が急速に進行しつつある現在,賃金の高い中高年労働者を減量経営の犠牲とするような短期的処置ではなく,これらの人々が不安なく能力を発揮しうるような長期的な人事政策の確立は急務である。以上は二三の例にすぎない。このほかにも,労使が共通の課題とすべき問題は多々あろう。それらを掘り起こし,或いは新しい角度から見直し,十分な情報と意見の交換を経て,相互の理解と納得に基づく方策を樹立することが,労使協議を生かす所以なのである。
   現在,労使協議機関はこのようなレベルにまで成熟しつつあるものもあるが,なお団体交渉の拡張としての機能にとどまっているものも少なくない。もちろん,団体交渉で具体的解決をはかることを前提とした事前協議や,福利厚生とか安全衛生など,協力になじみ易い分野の諸問題について話し合いの場は必要であり,既存の労使協議機関にこのような役割を期待するのは自然である。ただ,このような日常的な問題の処理と,より高次元の話し合いとを一つの労使協議機関で扱うことは,委員の負担を過大にし,基本的な重要問題の協議に注ぐ力を削ぐおそれがある。このような弊害を避けるためには,労使協議機関の全体会議で何もかも扱うのではなく,専門委員会を活用し,役割の適正な配分をはかるべきである。
4.労使の参加体制確立を
   基準案の意図するところに関して,最後に三つの点を付言しておきたい。
   第一に,この基準案は,企業レベルの労使協議のみを扱ったものであり,それ故にオールマイティではない。労使の協議は,職場,企業,産業,地域さらに公の機関も加えた国家のあらゆるレベルで行われるべきものである。
   われわれが企業レベルの協議を取上げたのは,企業が現代産業社会で最も重要な役割を果たす主体だからである。しかしその他のレベルにおける協議も同じく推進されるべきであり,就中もろもろの産業活動の調整者であり,社会的公正の担い手である政府の役割がますます増大しつつある現代,政府と労使の対話はより広く、より深く行われ,これが適切に政策の上に反映されなければならない。
   第二に述べたいことは,労使双方の姿勢である。労使協議の形だけを設けても,当事者の主体的な意思と能力がなければ,実りある話し合いは期待できない。労使協議で取上げる問題は経営上の問題であるから,協議にあたって第一次的に責任を負うのは経営者側である。経営者が真に企業の社会的責任を自覚し,労働者をそのパートナーとして協力を求めるという確乎たる姿勢がなければ,協議は形式に終る。十分な情報を提供し,労働者の建設的提言を歓迎し,参加の意思と能力を育てるという方針を明示し,実行のための努力を積み重ねることが特に望まれる。一方労働組合側においても,協力の意義を理解し,そのための能力を養う必要がある。参加は労働組合からの強い要求であったにもかかわらず,労使協議に臨んで対等に経営問題を論ずる力量が不十分であることは,組合自らが認めるところである。この自信のなさが,一方において参加を唱えながら,一面組合の主体性を失うのではないかという危惧を拭い切れない態度となっている。経営者側が誠意をもって協力を呼びかけて来た時,これに応え得る組織の体制の確立と識見の養成は,組合側の大きな課題である。
   参加は責任を伴う。組合は経営者とは立場を異にする労働者の組織である。組合員が納得し,社会の人々もこれに支持するような組合の行動があって始めて経営側も組合の発言に耳を傾けるであろう。このような組合のリーダーシップの確立,これが責任の前提であり,責任の自覚とそのための体制のないところに真の参加はあり得ないことを銘記しなければならない。
   第三には「参加」の意義である。時代が企業経営に対する労働者の参加を要請するのはこれまでの企業経営のあり方に対して疑問を投げかけていることを意味する。すなわち「参加」は,単に個々の企業体における任意の方策としてではなく,一つの社会的規範としてすべての組織と行動の指針たるべき要請がここに存在する。西欧における参加制度の拡大は,このような意味で理解されなければならない。わが国の労使協議制は,伝統的に個別労使の協定によって設けられ,その性格や運用も個々に相違している。
   われわれは,このような労使の自主性を尊重し,西欧式の立法による参加制度の一律導入の機はまだ熟していないと考えるが,この基準案に示されたような理念と協議の慣行が普及,成熟することによって労使協議制を通じての参加ということが一つの社会的規範として受入れられるようになることを期待したいのである。
II 「企業運営労使協議会」設置基準案
は じ め に
   この基準案は,企業レベルにおける労使協議制の設置についてその構成や運用の指針をモデル協定の形で示したものである。
   労使協議制のあり方について,本部としてはすでに昭和39年に本基準案と同様の形式で「企業内における労使協議制の具体的設置基準案」を公にし,これに基づいてこの制度の普及をはかって来たところである。「生産性協議会協定案」の名で公にされたこのモデルでは労使協議制を主として「生産性向上に関する諸問題」を協議するための協議機関として性格づけた。この形の協議機関は広く普及し,労使の協議と協力による生産性の向上に,ひいては日本経済の飛躍的発展に貢献したといってよいであろう。しかし時代は変化しつつある。現代の産業社会において生産性の向上はもとより必要であるが,人々の意識は単なる物的生産性の向上だけでなく,社会的公正をより重視する方向へと次第に変わってきた。また,昭和40年代の後半からの経済基調の変化,すなわち,世界経済の構造変化に伴い,日本の国内経済体制の再編成が必至となり,これに伴って高度成長期に形成されて来た労使関係のパターンもまた再編成を求められることとなった。
   新基準案は,前基準案の果たした役割を評価しつつ,このような新たな情勢に対応するために必要な改訂を加えたものである。すなわち,協議の目的および内容については社会的公正の実現ということに,より重点を置いてこれを整理し,そのための労働者側のより積極的な参加による労使の協力体制をはかるため所要の条文の修正を行ったものであって,制度の形態や手続的な面について従前と基本的には変わりはない。
   協定の形式を取ったのは,一つの企業とこれに対応する労働組合の存在を前提としたからである。ただ,これはあくまで一つの形式を示したもので,大切なことは基本的な精神とこれにふさわしい制渡の形および運用であるから,個々の労使関係においてこれを実施に移す場合は,この趣旨にそって実情にそくした具体的な協定の形を工夫することが必要である。
   なお,労使の協議は,労働組合のない企業においても促進すべきであるが,この場合でも,何らかの形の労働者の自主的組織がなけれぱ協議は成立しない。歴史はこのような協議がやがて労働組合の組織化を促し,より安定した労使関係の基盤形成に役立ったことを示している。現代の労働組合運動はすでに成熟の段階に達しているので,安定した組織と労使協議の慣行が確立している労使の援助によって,中小企業など未組織の事業場においてもこのような慣行が育ち,定着することを期待したい。本基準案の内容では,特に未組織の場合にふれていないが,考え方として十分参考になりうるものと考える次第である。
前 文
      第1条 性格 第 9条 議事
      第2条 設置のレベル 第10条 議事録
      第3条 構成 第ll条 協議事項の処理
      第4条 幹事 第12条 協議事項の周知
      第5条 協議事項 第13条 機密保持
      第6条 会社の情報提供義務 第14条 給与等
      第7条 専門委員会 第15条 有効期間
      第8条 開催
(前 文)
○○ 会社(以下会社という)と○○組合(以下組合という)とは,社会的公正と生産性向上の理念に立ち,企業が国際社会,国内および地域社会の一員として健全な発展を続け,従業員が個人としてその社会的,経済的地位の向上をはかることができる環境を創造することおよび,企業活動の利益を広く一般市民に及ぼすことが現代の労使に課せられた責務であることを自覚し,この目的を達成するための具体的手段を設け,労使共同(参加)してそれを運用するためにこの協定を締結する。
(性 格)
第1条 会社と組合は,前文に掲げた目的を達成するための相互の協議の場として企業運営労使協議会(仮称)(以下「協議会」という)を設ける。
2.協議会は,団体交渉とは異なる機能をいとなむものであり,これと相互に補完し合いつつ運用されるものとする。
(設置のレベル)
第2条 協議会は本社および工場・事業所ごとに設けるものとする。
2.本社に置かれる協議会(以下「中央協議会」という)は,全社的な事項を取扱い,工場・事業所に置かれる協議会(以下「事業所協議会」という)は当該工場又は事業所に固有の事項(全社的な問題の当該工場又は事業所における具体的適用にかかる問題を含む)を取扱うものとする。
3.中央協議会および事業所協議会は,相互に密接な連携を保つようにしなければならない。
(構 成)
第3条 中央協議会は,会社を代表する委員(以下会社側委員という)および組合を代表する委員(以下組合側委員という)それぞれ○名以上をもって構成し,事業所協議会は会社側委員および組合側委員それぞれ○名以内をもって構成する。
2.中央協議会の会社側委員は,会社役員および非組合員である従業員の中から社長がこれを任命し,組合側委員は,組合員の中から,組合が選出する。
3.事業所協議会の会社側委員は,当該事業所に所属する非組合員である従業員の中から,事業所長がこれを任命し,組合側委員は,当該事業所に所属する組合員の中から選出する。
4.協議会の委員の任期は,二年とする。ただし,補欠により任命又は選出された委員の任期は,前任者の残任期間とする。
5.協議会の委員は,再任を妨げない。
(幹 事)
第4条 協議会に,幹事をおく。
2.幹事は,会社側委員および組合側委員の中から各一名を選出し,協議会に関する労使相互の連絡および議事運営にあたる。
3.幹事は,議事に先立ち,協議会に付議される事項についての整理を行うものとする。
(協議事項)
第5条 協議会は,企業の経営に関する諸問題を協議する。ただし,団体交渉の対象であることが明確な事項および個々の従業員の苦情は協議会で取扱わない。
2.会社は,従業員の雇用および労働条件に影響を及ぼす経営上の措置については,最終的に決定する前に協議会で十分協議を尽くすものとする。
3.前2項による協議の過程において,必要があると認められるときは,当該協議にかかる事項の一部又は全部を団体交渉の手続に移すことができる。
(会社の情報提供義務)
第6条 会社は事業の状況,および計画について協議会に十分な情報を提供しなければならない。
2.協議会において協議事項に関連する情報の提出を求められた場合は,会社は誠意をもってこれに応じなければならない。ただし,当該情報が会社の機密に関するものであることについて了解が得られる場合はこの限りでない。
(専門委員会)
第7条 特定の事項を審議するため,協議会に専門委員会を設けることができる。
2.専門委員会は,協議会から付託された事項を審議し,協議会の定める条件にしたがって審議の経過及び結果を協議会に報告するものとする。
3.専門委員会の構成および運営については別に定める。
4.前条第2項,第9条,第13条および第14条の規定は,専門委員会について準用する。
(開 催)
第8条 協議会ぱ,○力月に一回定期的に開催するものとする。
2.前項の場合のほか,必要があるときは,臨時に協議会を開催することができる。
3.前項の場合には,会社又は組合のいずれか一方から,遅くとも開催希望日の○日前までに,開催の理由,議題,開催希望時期等を文書で相手方に通知しなければならない。
4.前項の申入れを受けたときは,会社および組合は,ただちに協議会の開催のための打合せを行わなければならない。
5.協議会に出席する委員の氏名は,その開催前日までに相互に通知するものとする。
(議 事)
第9条 協議会には,原則として委員のみが出席する。ただし,特定の事項で協議に必要があると認められたときは,会社又は組合は,相手方の同意を得て委員以外の者を出席させることができる。
2.協議会の運用上必要があるときは,議事を整理し,進行をはかるため座長を置くことができる。
3.前2項に定めるもののほか,協議会の議事運営に必要な事項は別に定める。
(議事録)
第10条 協議会の経過および結果はこれを議事録とし,会社・組合双方の確認を経なければならない。
2.協議会において合意をみた事項であって必要なものについては,協定書を作成して会社,組合の代表者が署名又は記名押印するものとする。
(協議事項の処理)
第11条 協議会においては,協議事項についてできるだけ意見の一致に達するよう協議しなければならない。
2.協議事項について意見が一致したときは,会社,組合双方の機関の承認を経てこれを実施する。
3.協議事項について意見の一致を見るに至らなかったときは,その旨および賛否の意見を議事録に記載して協議を打切ることができる。
4.前2項の場合において,協議事項を実施に移したときはすみやかにその経過を相手方に通知しなければならない。
(協議事項の周知)
第12条 協議会における協議の経過および結果については,可及的すみやかに一般従業員に周知するものとする。
(機密保持)
第13条 協議会の委員その他協議会に出席した者は,この協議会で知り得た機密を漏えいしてはならない。
2.機密の範囲は,そのつど協議してきめる。
(給与等)
第14条 協議会の委員が協議会に出席した時間中の給与は,これを控除しない。
2.協議会に出席する組合側委員の旅費,宿泊費その他必要な経費は,会社がこれを負担する。
付 則
(有効期間)
第15条 この協約は,○年○月○日から効力を有する。
○○会社社長○○○○
○○組合組合長○○○〇
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