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■80年代生産性綱領〜運動25周年にあたって〜
      (昭和55年3月18日 財団法人 日本生産性本部)

80年代生産性綱領〜運動25周年にあたって〜

昭和55年3月18日
財団法人 日本生産性本部

はじめに
   生産性運動は,現代産業社会において,安定的経済成長と福祉の不断の充実を希求する国民運動であり,その中核的担い手は,経営者,労働者および消費者である。
   わが国経済は,70年代の激動を乗り切り,80年代への新たな挑戦を開始した。
    70年代後半,世界経済を襲った衝撃は,わが国経済社会に深刻な影響を与え,その克服は,わが国の生産性運動にとってこのうえもなく厳しい試練であったがわれわれはこの難局に立ち向かって経済の基礎的均衡を回復し,安定成長への軌道修正の手がかりをつかもうとしている。
   これは,わが国経済社会の柔軟性と優れた適応力を示したものであるが,なかんづく,労使が的確な状況認識のもとに,現実的かつ協力的に行動し,厳しい体質改善に耐え抜いた結果である。日本的経営と労使関係とが国際的関心をにわかに高めた所以もここにある。過去4半世紀における産業界・労働界の,貴重な経験と実績に示された力こそがわれわれの「生産性意思」の成果であり,80年代に予想されるさらに一層厳しい試練を超える動因でもある。
   かかる情況の下にいまわれわれは,生産性運動25周年を迎えた。過ぎし日の苦難を顧み,来るべき危機を想い,またさらに生産性運動の展開に当たっての環境の激変に鑑み,以下の如き理念と目標とを掲げて,新たなる生産性運動にまい進しようとするものである。

第1部 現代産業社会と生産性運動

1.生産性の基本理念
   生産性は,経済活動における人間主体性の尊重とそれに基づく福祉の追求を基本理念としている。それは,経済活動における人間と自然,人間と人間の諸関係の交叉するところに深くかかわるものである。
   人間は自然に働きかけて生産活動を行い,人間の生存にとって必要なものを創りだす。その媒介手段としての役割をもつものが資本であり土地であり技術である。そしてこれらを統合し価値を生みだす主体的役割を果たすものが人間労働である。企業は,こうした人間労働の社会的な協働行動の形態にほかならない。
   この意味において,労働は類としての人間行為そのものであり,労働の質の向上を通してなされる生産性向上への意思と努力によって,人間生活を充実させる根源である。それはまた,社会的存在としての人間の価値を具現するものである。
   かくして,生産性向上は人間生存のための生産性という自覚と思想に裏付けられた生産性意思によって展開される。生産性理念およびそれに基づく生産性意思は,時代の変化,社会の態様,歴史の流れを超える普遍的な意味をもち,人間の経済活動の推進力である。

2.現代産業社会と生産性運動

(1) 現代産業社会
   産業革命以降,工業生産力はさまざまな自然的・社会的制約を受けながら,市場経済を通じて発展し,経済社会はいまや,以下に述べるごとく成熟化の段階に入りつつある。
   現代産業社会の特質の第一は,工業生産力の巨大化,高度化による大量生産,大量消費の様式の確立である。同時に,そこには生産と消費の複雑な迂回路を混乱させないため,効率的な生産・流通のメカニズムが必要であり,とりわけ基幹産業の価格政策についての,社会的整合性が求められなければならない。他方,生産活動においては環境保全や,生態系維持やあるいは福祉充実のため,その費用負担が不可欠となってきている。
   第二の特質は,現代産業社会が,競争の論理を軸とする市場メカニズムがもたらす活力によって支えられているという事実である。公正な競争は人類進歩の母であり,この論理は基本的に維持されなければならない。他方,経済社会の発展は,市場を経ずして国民生活に便益と福祉とを提供すべき公共財の充実と蓄積とを要請しており,従って,活力ある市場経済を維持,補完するための政府の役割もまた増大する傾向にある。とりわけ,公正かつ有効な競争関係の維持,社会的監査機能の活用とそのルールの遵守,さらには良好な国際関係の維持と発展,経済変動への適切た対応など,いずれも政府に課せられた役割である。
   第三の特質は,個人的利害と集団的利害,福祉と負担,集権と分権巨大化と分散化,中央化と地域化などにみられるように,国民の欲求・価値観の多様化,社会構造の変化と流動化に伴う社会システムの多元化傾向である。
   以上のような諸現象は,現代産業社会を象徴する諸特質であって,自由社会がその柔軟な適応力を発揮し,いかにして,これら相剋する諸要因を統合し,整合性ある秩序を形成することができるか,そこにわれわれが今後立ち向かわなければならない重大な課題がある。

(2) 生産性概念の発展
   「生産力」は人間による人間のための自然利用能力の生産的実現力である。それは,人間生活を支える物的基礎であり,福祉の源泉である。
   生産力を支える技術と技術体系は,主体である人間労働と自然との媒介である。この意味では,技術は純粋に独立した手段道具ではなく,人間社会の価値体系から解き放されているものではない。
   一方,生産力は技術進歩に伴ってますます巨大化するとともに,精緻化し,人間社会に対し,これを物的におしすすめるとともに,精神的には人間から主体性と福祉とを奪いとろうとしている。これを正しく制御するのが生産性意思である。この意味において生産性は生産力の高次概念である。
   従来用いられている生産性概念には二種ある。第一は,主として物的生産性に関して技術的概念として定義された生産性であり,生産要素の投入高に対する産出高の比として表わされ,「生産力」または生産過程における技術的合理性の尺度であり,一種の「効率性」を示す概念である。
   第二は,経済的概念としての生産性である。それは,人間社会における経済活動の本質的目的にかかわる概念である。経済とは,社会の福祉増進のために,有限な資源の最適かつ公正な配分を目的とするものにほかならない。従って,経済的概念としての生産性は,経済活動の本質的課題が達成される度合を示す概念である。
   経済的概念としての生産性は,技術的概念としての生産性を排除するものではなく,それを包摂するより高次元の概念である。技術的効率性それ自体は,単純化された基準に基づいた極大化を志向するが,より高次な社会的,ないし経済的概念としての生産性の観点からみるときは,生活の質,労働生活の質,環境との調和などの人間的・社会的要因が考慮されていなければならず,「極大化」志向は「最適化」への志向に深められなければならない。

(3) 生産性の現代的意義
   現代の生産性運動は,人間主体性の回復と生涯福祉の追求とを目標として展開されなければならない。経済活動を支える生産力は,20世紀後半以降において加速的進歩を遂げた科学技術によって,ますます巨大化と精緻化を進め,その結果,いわゆる生産力信仰ともいうべき意識を醸成した。それは,人間生活の物的充実とその多様化とをもたらした反面,人間疎外と人間性喪失とを同時につくり出した。われわれは現代生産力の位相,構造,機能を究明し,それらの再構築のために人間の英知を結集しなければならない。それは人間そのものの存立と尊厳のためだからである。
   生産性運動は生産性を支える技術的水準を高める運動であると同時に,労・使・消費者に共通する福祉の向上を追求する運動であり,今日では,生涯福祉のあり方に関連して国民的課題として認識されるに至っている。人間生活の豊かさと福祉とは,それぞれの時代と社会における生産性向上の程度に依存するとともに,生産性向上の方法,成果の配分およびその方式によっても左右される。
   福祉の概念は単なる個人的幸福感の問題ではなく,むしろ,個人と社会との統合の上に成り立つ概念であって,国の政策や制度のあり方によっても左右されるものである。
   個人の生涯的生活設計や福祉の社会的仕組としてこれを保障することは,単なる金銭的,物質的側面のみでなく,生活の質や人間的喜びをふくむ内容のものとなるべきである。こうして福祉は,国民各人の生産性向上努力を基本としつつ,その成果の公正な社会的配分と,個人の生活設計に基づく自助努力とが相挨ってはじめて実現される。
   以上のごとく成熟化する現代産業社会においては,国民の福祉とその維持向上とは,複雑な諸要因をふくみながらも,経済の安定と均衡,健全な企業経営の実現によってのみ可能となる。そして生産性向上はその根源である。それは,効率性と人間性,文明と文化の調和を求める時代の要請に応えるものでなければならず,そこに「生産性」の現代的意義がある。

第2部 80年代の生産性運動とその目標

1.これまでの生産性運動の評価
   日本生産性本部が設立され,生産性運動が全国的に展開されて,すでに4半世紀が過ぎた。
   その間,日本経済の生産力は史上未曽有の発展を遂げ,発足当時,米国の約9分の1であった国民1人当たりの国民総生産は,今や米国と肩を並べるに至り,実質値でも5倍以上になった。国民の大多数にとっては,まだ質的側面において問題があるにせよ,その物的生活水準において,中流意識を抱くほどになった今日の豊かさや生活水準の向上は産業における生産性向上の成果であったことは確かである。
   日本生産性本部は,発足当初,生産性運動展開の行動基準として,いわゆる生産性運動3原則すなわち,(1)雇用の増大と安定(2)労使の協力と協議(3)成果の公正な配分を提示した。この3原則は今日においても十分その基本的意義を有している。これらのうち雇用の増大,創出とその安定とが労使関係安定の基本原則の1つであることは明らかであり,成果の公正なる配分は,労使関係における生涯的福祉の実現の表明にほかならない。
   さらに労使の協力と協議は,参加と社会的合意形成の原則であり,これらは産業民主主義の提唱として,今日いよいよ普遍性をもちつつある。
   とくに労使の協力と協議とは,「労使協議制設置基準案」の提唱と普及という具体的活動を通じて,わが国産業の発展と経済成長に大きく貢献してきた。わが国経済社会が新段階を迎えた70年代の後半に,労使対話の時代的要請に応え,本部は,従来の基準案を一歩進めて,協議内容の拡充を図った「企業運営労使協議会設置基準案」を提唱した。
   生産性運動の具体的展開において重要な役割を果たしてきた基本は,国際的な協同と交流とである。とくに,運動発足以来,主としてアメリカ合衆国の優れた経営管理技術を導入し,生産性向上の基盤である経営の近代化に大きく貢献した。ここで特筆すべきことはこれらの科学的・技術的諸技法の適用と導入が,日本固有の文化的・社会的風土の中に吸収され,独自の労使関係をつくりあげ,定着せしめてきたことである。
   いわゆる「終身雇用」「年功序列」「企業別労働組合」あるいは,わが国産業社会の一般的特性といわれる組織運用面での「人間的要因」の重視等は,外国の労使からは,容易に理解し難いとの批評を受けつつも,それらが日本固有の伝統的な労使関係の強靱な安定性を生み出して今日に至ったことは見のがしてはなるまい。
   物的生産部門の生産力・生産性の向上は,人間の生理的・物理的欲求を満足させ,その基礎のうえに,新たにおこる非物質的欲求を満足させるために,教育・知識・情報・流通・信用・サービス・レジャーなどの諸産業を開発させてきた。わが国でも近年,これら産業の発展は著しく,単に人間欲求の高度化の面からのみならず,雇用機会の創出や福祉の充実の面からも,これに対する期待はいよいよ大きくなりつつある。
   しかしながら,これら第3次産業の拡大発展の傾向を必然的なものとしてただ無条件に容認してはならない。生産性運動がいまや国際的規模で省資源,環境保全と人間主体性の回復,福祉の向上とを求めて展開されている時,それらが物的生産部門の生産性向上を支え,かつそれに深いかかわりをもつ産業としてこれを吟味し,位置づけ,展望する必要がある。かかる観点から,教育・知識・情報・流通などの諸産業の発展の在り方は,80年代の生産性運動にとっての大きな課題である。
   従来の生産性運動においては,たとえば人間問題が主として「人間対人間」の関係として,労使関係論や人間関係論の領域から重視され,それなりの対応もなされてきたが,人間対自然,人間対技術等の関係についての取り組みは,研究においても実践活動においても必ずしも十分であったとはいえない。80年代から21世紀に向かっての生産性運動は,こうした新たなる領域への取組みをも含めて,総合的システムとしての生産性概念を構築しつつ実施していかなければならない。

2.生産性運動にとっての新たな環境
   生産性運動が展開された過去4半世紀のわが国経済社会の軌跡を辿り,今日の経済水準に達した要因を分析すれば,それは単に経済,技術的要因だけでなく,政治的,社会的,文化的諸要因等の相乗効果として具現したことはいうまでもない。しかし,生産性運動をその経済的側面から見ればそれは,「生産性・賃金・物価」の関係に集中的に表現されている。これら3要因の動的均衡を保つことが,雇用安定,生活水準の向上,社会秩序の安定のための条件として必須のことである。
    1955年から70年代前半に至る高度成長時代においては,技術革新と設備投資を車の両輪とし,これに加えて無制約とも思われたエネルギー供給等の累積効果によって,これらの3要因はまことに見事な均衡を保ってきた。
    70年代に入って,高度成長のひずみが環境問題に現われ,さらに,エネルギー資源・インフレ問題等の噴出となって,経済運営の大転換を迫られるに至った。マクロ的には安定成長への軌道修正が企業レベルでは減量経営といわれる体質改善が,至上命題となった。
   これらの課題は,成長率が急減した新しい環境のもとで,変調となったリズムを回復させるための過程にほかならなかった。それは「インフレなき持続的成長の可能性」を探る道程であり,先進産業国にとって共通の課題でもあった。
   今後,エネルギー問題等の推移に関連して,わが国の経済環境は甚だしく流動的である。しかしながら,70年代後半のわれわれ労使の貴重な経験とその実績からみて,80年代における基本的課題が「生産性・賃金・物価」の問題に深い関連があることは疑い得ない。

(1) 自然資源の制約
    80 年代以降,わが国は,エネルギー資源・自然環境など自然資源の制約についての明確な認識と配慮のもとに,経済社会の維持と発展に努めなければならない。元来,生産性の向上は,最も稀少な資源によって基礎的に制約されるが,運動発足の当初は,労働力は豊富であり,自然資源の制約も国際的に認識されていなかったため,資本と技術が貴重な資源として重視された。70年代から,自然環境や生活における快適さも稀少資源として認識されるようになり,さらに73年の第 1次石油危機が契機となって,エネルギー資源等の根源的重要性についての発想の転換をせまられるに至った。
   石油危機に端を発した資源問題の深刻さは,従来の自然成長率や適正成長率に加えて,エネルギー等の自然資源の制約によって決定される新たな成長率概念としての,資源制約成長率を考慮することの重要性をわれわれに教えた。
   自然資源には,エネルギーを初め,原材料物質と土地,自然環境があるが,これら資源の稀少性価値は,人口と物的生産物の増加や人間の欲望の拡大につれて高まっていく。とくに,現代社会はエネルギー浪費型文明の豊かさによって支えられている。この型の文明の慣性が大であるだけに,その軌道の修正には強い決意と明確な合意とが必要であるばかりでなく,さらに長期にわたる困難な努力が泌要である。それは人間の生活と文明を支える自然資源の適正利用を図りながら,生産性向上の「最適化」を実現していくべき大きな課題である。

(2) 人口の高齢化と高学歴化
   わが国経済社会が直面する第2の重要な問題は,高齢化と高学歴化である。高齢化の進行は高齢者に対する医療や年金等の社会保障にかかわる費用負担の問題,定年延長とその処遇に伴う問題,高齢者の生きがいにかかわる就労の問題,高齢者における労働生産性の持続的向上の要請などさまざまな影響と問題とをもたらそうとしている。
   また,今日みられる人間性と職業能力とに結びつかない日本の高学歴化の風潮にも問題があり,就労者の産業別,職種別構成や産業構造の観点から根本的に検討し直す必要がある。学歴ではなく学力と技能とが社会的に公正に評価されるような教育と訓練とが徹底しないかぎり,高齢化社会を背負う立場に置かれる若年層と稼働人口の労働ばなれを生み出す危険があることを想わねばならない。

(3) 欲求の高次化と価値観の多様化
   昨今の各種国民意識調査等をみると,国民各層の7〜8割は,程度の差こそあれ,現在の生活に一応の満足感を示している。
   戦後のわが国のような,極端な物不足の状況のもとでは,絶対的窮乏感からの脱出が,国民共通の行動目標であったが,いったん今日のような物的に豊かな時代を迎えると,人びとの価値観と行動はにわかに多様化の傾向をみせ始める。
   価値観の多様化傾向は,集団利害の対立を生み,これらをいかに融合させるかが社会的課題となっている。
   現代産業社会においては,物質文明の上に文化を享受する人間的社会の創造が追求され,経済的諸条件に加えて,生活の質,労働生活の質の改善が重視される。経済的指標だけでなく,社会的指標,生活の質指標,労働生活の質指標が作成されて,これらが政策や運動の目標として重視されつつある。
   企業,ことに大企業や大組織においては,従来の財務諸表に加えて,社会指標や社会勘定を考慮に入れることや,または職場における人間的ふれ合い,とりわけ巨大設備における単調労働と孤独感の深刻化などにかんがみ,仕事のやりがいを回復維持させるための諸施策の一層の充実が要請される。

(4) 国際経済の同時化と同時存立
    80年代の国際経済環境は,2つの側面からとらえる必要がある。第1は,国際経済における同時化傾向の問題である。ニクソン・ショックや石油危機の例にまつまでもなく,経済を動かす特定要因が特定国に止まらず,一斉にすべての国に波及し作用する現象である。この傾向は今後ますます強まる方向にある。
   第2の側面は,先進国,中進国,開発途上国を含めた共存,いわゆる同時存立の問題である。このことは,国によって,体制や経済の発展段階に差異があるとしても,それらが同時的に存立し共存していかねばならない仕組の下にあることを意味している。ここで肝要なことは,一国の存立が,他国の存立をまって初めて可能であるとの認識をとりわけ先進産業国が身につけることである。

3.80年代における生産性運動の目標

   すでに述べた生産性の基本理念と新たな環境認識を踏まえて,われわれは80年代以降に展開すべき生産性運動の目標を次のように定め,経営者,労働者,消費者の合意のもとに強力に運動を推進しようとするものである。

(1) 新しい企業成果概念の確立
   企業で展開される生産性向上は,空極的には国民生活の向上と福祉の増進をもたらす。かかる役割を担う現代の企業は,収益性を目的とする機能的・自主的存在であると同時に,企業をめぐる社会諸集団に対して自らの成果の公正な配分を目的とする社会的存在でもある。それは,企業目的としての「経済の論理」と「社会の論理」の統合という,新たな経営理念の確立を要請している。80年代に予想される,経済社会の一層の成熟化と価値意識の変化に対応し,企業がその存続と発展を維持するためには,こうした経営基本理念のもとに,革新的かつ創造的に行動し,その活力を発揮しなければならない。もとより機能的・自主的存在としての企業が,その活動を通じて,経済的成果としての収益性追求を重視するのは当然であるが,他方,社会的存在としての企業の役割から,公共目的の達成度を示す社会的成果の追求に意を用いなければならない。社会的成果はいわば,社会的便益と社会的費用の差であり,企業の社会的責任の達成度を表わす具体的指標となる。
   このような観点から意図される新たな成果概念が,すなわち「企業総合社会成果概念」であって,これからの企業経営の根源的な行動基準であり,今後長きにわたってその行動目標とならなければならない。ここに社会的便益とは,例えば個人の職業能力を高めるための教育訓練,健康管理の諸施策,もろもろの福祉施設,自然環境の保全のための施設,地域社会への貢献など,現実には販売の対象にはならないが社会的に望ましい便益である。また,社会的費用とは,大気汚染・水質汚濁,欠陥商品等による健康被害など,現実には支払われないが,社会的に望ましくない費用を意味する。
   さらに留意すべきこととして,わが国のみならず,先進産業諸国共通の問題として,企業成果の具体的表示の方式とディスクロージャー(開示)の在り方が再検討さるべき機運になっている。従来,ややもすると不明確であった外部報告を一段と厳密に義務づけようとする社会的要請である。しかし,これを法的制度として実施するには,多くの検討すべき問題点もあり,むしろ企業の側からの自主的な対応が望まれる。
   これらの社会的要請に応えることこそが「自由が自由をおびやかす」弊害を超克することであり,活力ある自由社会を築く不断の原動力を養う所以である。企業はこのような新しい企業成果概念を確立し,それに従って行動することが,自らに課せられた行動目標であることを自覚しなければならない。

(2) 雇用安定と積極的能力開発
   生産性向上は,人間労働の主体性の発揮と能力の向上によって実現され,雇用と就労の機会を創出することにつながるものでなければならない。
   われわれの生産性運動が展開された過去4半世紀において,わが国経済社会は画期的な雇用機会の増大をもたらした。しかしながら,70年代後半に迎えた経済構造の地殻変動と社会構造の変化は,雇用,処遇問題に対する新たな対応をわれわれに迫った。
   企業内においては,成員の年令構成の変化に伴う処遇体系の矛盾が顕在化してきた。この中で,組織の活性化を図り,中高年・若年をふくめたすべての成員の能力をいかに戦力化するかという問題に当面している。日本的終身雇用制の長所を維持しながら,これらの課題に対応するためには,年令にこだわることなく,それぞれの能力的特質に応じた職務編成が不可欠となる。これには,職務上の専門能力開発への個人の意欲と企業の能力開発制度等の総合的運用が必要となる。
   雇用の社会的問題は,高齢者と若年層に対する雇用政策の在り方に現われている。高齢化社会における雇用間題は,高齢者の福祉と密接にかかわっている。経済発展と平行して急速に実現した平均寿命の延伸は,歓迎すべきことであるが,高齢者に対する社会の適切な対応ならびに,高齢者自身の意識変革が伴ってのみ初めて積極的な意味をもつことができる。すなわち,高齢者に対する一般的意味での「敬老精神」や,社会保障的観点からの,年金制度の充実による生活保障施策等のみならず,高齢者の健康・経歴・能力等に応じた就労提供の場を与え,個人の社会的存在としての充実感を与えるよう配慮しなければならない。これにはまた,高齢者自身による自己訓練,自助努力が前提であり,新しい"仕事"に適応し得る知識・技能の積極的習得も必要となろう。
   他方,若年勤労者の雇用問題と処遇の仕組みについても,社会環境の変化に対応し,総合的視点に立った対策か必要である。すなわち,各人の適性に応じた技能教育体系を確立し,それに対応する公正な処遇制度を,社会的評価によって権威づけ,若年層がそれぞれの地域社会に安定的に定着するような社会的機運をつくりあげなければならない。
   また,今後予想される流動的経済変動に備えて,日本人の勤労意欲と活力をそこなわない形での,いわゆる「仕事の分け合い」(ワーク・シェアリング)方式あるいは,労働時間の短縮,企業内定年延長などを総合的,段階的にすすめて,全体として雇用機会の創出を図ることか必要である。80年代から21世紀に向かっての雇用政策は,安定・効率・公正配分の原則に立つ,総合的配慮のもとに推進すべきであり,これは,企業の場における労使,地方自治体,政府それぞれの立場において緊急の課題として対処されなければならない。

(3) 労使の共通目標に向かっての参加と協力
   生産性向上は労使の協力と協議とによってすすめられる。労使協議の具体的目標と手段は,時代と環境の変化に応じて弾力的に設定されなければならない。もとより労使は,それぞれ独自の立場と任務をもつものであり,その主体性は厳に尊重されなければならないが,その立場の相違からくる対立の契機をもつと同時に,生産人としての共通の基盤に立って,社会の発展に寄与するという共通目標をもつものである。
   過去4半世紀におけるわが国経済社会の刮目すべき発展は,わが国固有の労使関係ならびに生産性向上に向かっての労使協力の成果であり,今日,先進諸国の強い関心を集めていることは周知の事実である。
   労使は,これらの実績を踏まえ,80年代以降の新たな経済社会を展望し,共通目標のもとに行動しなければならない。80年代以降の経済社会においては,労使に対して厳しい選択と代償を迫る事態が予想され,企業内労使協議制をはじめ,地方自治体,国レベルの政策形成に対する労使等の参加制度の拡充が要請される。
   これらの時代的要請に対応し,わが国ではすでに定着している労使協議制をさらに発展させ,経営を中心とする諸計画,企業の海外進出,雇用の安定と働く能力の開発労働生活の質の向上と環境保全,さらに地域社会や関連企業への対処の仕方等について,労使の間の協議と合意形成をすすめることが肝要である。

(4) 自然資源の節約と適正利用
   自然資源の制約は,資源生産性原理の確立と実践によって克服しなければならない。資源の土台は自然であるが資源問題の「問題性」は人間社会の側にある。何を資源と考え,何を資源の稀少性と考えるかということは,人間の側の考え方,在り方によって規定される。資源問題は,われわれの生活と産業の源泉である資源の稀少化を,どう克服するかという問題である。それは技術問題に深くかかわっており,人類は,たとえばエネルギー供給問題等について,ある程度解決することのできる方途と潜在的可能性をもっている。しかし,その解決を単に技術進歩の関数として,個別技術の無限の進歩に期待するだけでは,不十分である。すなわち,資源問題は,すぐれて複合的構造をもつものであり,1つの原理によって一義的に解明できるものではない。問題への接近は構造的・総合的でなければならず,地球生態学・地球物理学的知見だけでなく,日常的に生起する個々の具体的な問題としても解決への努力を開始しなければならない。その意味で資源生産性原理とその適用は, 人間と自然,人間と人間との交錯する領域の中で,いかなる適正利用の体系と方法を人間が創造することができるかということである。この体系の中で,資源や環境に対する節約,再生,循環,保全についての正しい国民意識の形成,さらにはエネルギー効率の向上,循環システムの開発,省資源,代替資源の開発といった,技術的側面からの接近を,企業の場においても積極的に進めるべきである。自然資源の問題は,資源そのものの問題であるだけでなく,80年代以降の産業社会,企業経営の在り方の問題であり,それをどう展開するかが問われているのである。かかる観点から産業の生産性向上は,その具体化に当たっては極大化志向から最適化志向へ質的転化を遂げていかなければならない。

(5) 科学技術の総合化と高度化
   生産性向上にとっては科学技術の進歩が必須の条件である。科学技術は,人間が自然に働きかけ,有用物を生みだすための媒介だからである。その成果は,産業の場において生産に具体化され,生産性理念によって方向づけられ,人間の福祉の向上に貢献する。
   ひるがえって現代産業社会における相いつぐ技術革新の結果を案ずるに,それは投資の相乗効果を呼び,経済成長の基本要因として機能するとともに,技術の巨大化と精緻化は,技術の一人歩きをもたらす傾向を強め,自然の摂理ともいうべき循環に逆行し,それを破壊する結果をもたらすおそれも少なくない。それは,主体である人間に対する生産力の反逆という形で現われ,人間を技術の従属者たらしめようとしている。科学技術の進歩の度合いが,未成熟かつ跛行的である限り,これらの危惧は常に人間生活につきまとって離れることがない。
   自然に対する本格的な調和的利用段階に直面している今日,今後における科学技術の進歩の方向は,従来の非再生資源の無計画な消費を前提とした,工業部門における個別技術の未成熟さとその破行性を克服するとともに,この境界領域に関連する諸科学の有機的連携と総合化をめざして進められるべきである。
   このように考えれば新しい知識,情報開発部門の発展を背景として,新しい先導工業の展開を図るために,大型開発プロジェクトについての国際間連携,国内専門家の学際的協力体制の確立が不可欠であり,この面での政府の役割は重要である。
   また企業の場においては,各科学技術領域の高度な知識と技能を備えた技術者,作業者,管理者の三位一体の活動体系を組織化するとともに,科学技術の理念と目的を明確にし,研究開発を行うことが必要である。

(6) 相互依存に基づく国際社会への行動
   国際経済の同時存立傾向の進展は,国家間の相互依存による共存を前提として,新しい国際秩序の形成に寄与する。
   貿易・資本・技術・人材の国際交流の自由化が,資本配分の効率化と経済発展の条件であり,これは国際経済に大きな影響力をもつに至ったわが国の基本方向である。
   わが国の場合,その経済構造の特質から,製品輸出に極めて積極的であったが,これからは,わが国における生産性運動の成果を踏まえて,知識・情報・技術の輸出にも一層の努力を傾注すべきである。国際競争と国際協力は,とかく対立概念として理解されがちであるが,現代における国際競争力は,「協力の力」の意であって,よりよく協力するために,「生産性を高める公正な競争」が必要であることと理解し行動すべきである。
   今日,各国の生産性と経済の変動は常に相互に依存し合っており,その傾向はますます強まる機運にある。協同と交流による生産性運動の国際化が一層強く求められる理由がここにある。
   こうした国際化への努力を実り多いものにするためには,国民全体,なかんずく産業界,労働界にとって,常に「相手国の立場に立って」民族・国家間の歴史・文化・社会慣習の相違を理解し,それを許容し合おうとする態度に立脚した,「国際化志向」の強化が不可欠である。そしてこれは絶えざる国際的対話によって可能となる。
   生産性の理念は国際的普遍性をもつものであるが,その具体的実践方法はそれぞれの文化的背景等により,すぐれて個性的なものである。問題は理念の相違ではなく,実践方法の相違である。かかる理解と態度形成こそが,来るべき国際化時代への対応の行動基準となるべきである。

む す び
   生産性運動の基本的理念とその現代的意義ならびに今後における運動の目標は以上に述べた。
    80年代以降,わが国経済社会は厳しい試練と選択を迫られるが,これを乗り切り,新たな経済社会を建設するためには,国民1人びとりの生産性意思とそれに基づく行動が必要である。
   生産性運動を国民運動として展開し,その実効を期するためには,企業,労働組合,消費者,学界,報道機関,地域社会,地方自治体の合意と協働が国全体の積極的で強力な意志として発揮されることが必要である。
   運動の中核体としての全国生産性機関は,その全機能を傾注し,新時代を拓く役割を果たそうとするものである。




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