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「共存共栄」で街全体が旅館! 2008年10月15日号
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関西の奥座敷で、 冬はカニ料理が名物。こう言えば、関西方面の人は誰もがそれを兵庫県豊岡市にある城崎温泉であることが分かる。
この城崎温泉は、約1400年前に村人が、コウノトリが傷を癒しているところを見て温泉を発見したという伝説もある。しばしば歴史資料の中にも登場する歴史ある温泉地である。そのほとんどの歴史は湯治場として知られる。観光地として地位を確立したのは、山陰本線の開通と電話線の架設された明治時代の後半以降のことである。
一見、温泉という資源に支えられ発展してきたように見えるが、実は激しい内紛の時代もあった。内紛の原因は、湯量が豊富でなく、かつ源泉が個人の土地にあったため、外湯で栄えた湯治場に、旅館が内湯を持つべきかであった。この内紛は、新しい源泉の開発で解決したが、温泉という地域資源を維持するために、今でも城崎温泉は外湯中心で、湯元を守るために、条例で旅館の内湯のサイズも制限し、外湯の普及に地域全体で努力している。
このように地域の温泉資源が限られていたため、それを奪い合いことなく、結果として旅館や土産物屋、飲食店等が連携と協力する「共存共栄」の伝統が築かれていった。
つまり、観光客は、旅館に宿泊する。そして、外湯に入るために旅館から出て、散策し、飲食し、ゲームを楽しみ、土産物を買って、再び旅館に戻る。したがって旅館では土産物を最低限しか販売しない。さらに、かつては「浴衣クレジット」と呼ばれ、旅館へのツケで土産物を買い、宿泊客は出発時にまとめて精算できたらしい。これは、街全体が旅館という位置づけからである。
また、大規模なホテルが無く、旅館は家族経営の中小規模のものが中心である。そのため、旅館規模、特徴、価格といった選択肢の広い温泉地となり、観光客にとって、自然に自分に合った旅館やサービスを選ぶことができる。
このように地域全体が連携・協力し、様々なサービスを観光客起点で接続することで、地域全体の魅力を高めている。
年間の宿泊者が60万人、日帰りが30万人から40万人である。約80軒ある城崎温泉の旅館の客室稼働率は高いが、最近はカニ料理が旬となる冬場がオンシーズンで、夏場がオフシーズンとなっており、平日の客室稼働率は夏場で低くなっているところに課題がある。そのため、観光客の少ない4月から10月には浴衣の似合う町、外湯めぐり、町の散策などのイベントを企画し、その結果として若い女性観光客が増加している。
このように城崎温泉の観光サービスを見てくると、次のようにまとめることができる。
城崎温泉のベストプラクティスのポイント
(1) 地域資源の発掘・利用 (2) 観光客の行動起点でサービス接続 (3) 共存共栄の戦略 (4) イベント企画とその情報発信
つまり、地域内で競争するのではなく、地域の素晴らしい資源を有効に使い、連携と協力を通じて様々な異なるサービスを顧客の行動起点で接続させ、共存共栄戦略を採り、そして地域の魅力を高めるイベントを企画し、多くの人々を引き付けている。ぜひ一度訪問し、このサービスを経験すると良い。
ここでは城崎温泉という観光地内の連携と協力について紹介したが、観光客は複数の観光地を訪問しながら旅行することを考えれば、今後は「地域内連携」から「地域間連携」も大きな課題となる。次回は事例の紹介ではなく、ここでも紹介した「サービスの接続」について、その重要性について総括する。
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【筆者略歴】
産業技術総合研究所 サービス工学研究センター 次長 内藤 耕氏
産業技術総合研究所サービス工学研究センター次長 サービス産業生産性協議会科学的工学的アプローチ委員会委員長
金属鉱業事業団、国際協力事業団、世界銀行グループを経て、現職。著書
・編著に『サービス工学入門』(東京大学出版会)など。
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