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【インタビュー連載】2030年の日本を創る
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TPPと日本の経済成長

 生産性新聞は2016年3月上旬に、都内で「TPPと日本の経済成長」をテーマとした対談を開催し、幅広い議論を行った。対談の全文を掲載する。

【出席者】
○木村 福成 ・ 慶應義塾大学教授
○大橋   弘 ・ 東京大学大学院教授(兼聞き役)

T.TPPの意義

(大橋) 前半では、TPP(環太平洋経済連携協定)の意義について議論したい。まず、日本の貿易政策における歴史的変遷の観点から始めたい。
  わが国の貿易自由化の歴史は、1960〜70年代におけるGATT(関税と貿易に関する一般協定)の加盟に遡り、当時は多国間での貿易自由化であった。その後、2002年のシンガポールとのEPA(経済連携協定)を皮切りに、FTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)による二国間を含む、比較的少数の国からなる地域での貿易自由化へと舵を切っていった。そして現在、日本は15の国・地域とFTA・EPAを締結・署名しているが、そういった自由化の流れの中でTPPをどうとらえているか。

(木村) TPPは、過去、日本が締結してきたFTA・EPAとは明らかに次元が違う。一つは自由化の高さ、もう一つは国際ルールの構築が明確な目標として掲げられた点だ。
木村福成氏  これまでわが国の関税撤廃率は、最大でも日豪EPAにおける89%程度で、TPPの95%という水準は過去最高だ。ただし、TPPの他の交渉参加国(11カ国)の撤廃率が99%から100%だということを踏まえると、日本は最も低く、そこを各国が妥協したが故に、早く妥結できたと言えるかもしれない。

  加えてTPPは、「モノ(関税)」だけではなく、「サービス」「投資」なども交渉の対象になっている。これまで日本がアジアで締結してきたFTA・EPAにおけるサービス貿易の自由化は「ポジティブリスト」(自由化を行える分野を特定する)方式による。一方、TPPでは、より自由化に資する枠組みであると一般的には言われている「ネガティブリスト」(自由化義務の例外分野を特定する)方式が採用された。投資に関しても、投資家間の無差別原則(内国民待遇、最恵国待遇)、あるいはパフォーマンス要求(投資活動に対する特定措置の履行要求)の禁止が拡大され、より自由度が増している。
  他方で、国際ルールの形成については、特にこれまでアジアでは実現しえなかった政府調達市場の開放や、WTO(世界貿易機関)及び日本が締結済みのFTAには盛り込まれなかった国有企業に関する規律が導入されるなど、新しい要素が加わっている。
  さらに、WTOのドーハ・ラウンドが行き詰まりを見せる中、TPPが批准されることになれば、他のメガFTA交渉にも影響が出てくるだろう。特に、米欧間のTTIP(環大西洋貿易投資連携協定)や日EUのEPA交渉なども加速されることが期待される。もちろん、TPPが世界中の国をメンバー国とすることは考えにくいことと同様に、メガFTAが世界全体のルールにとって代わることはないだろう。いずれメガFTA相互間でのルールの調整・統一が必要になってくる。
  主要国においては、プルリ合意(特定の分野でWTO加盟国の一部、少数の有志国が自由化の合意を目指す協定)を重視する姿勢も鮮明になっている。2015年12月のWTO閣僚会議で関税撤廃品目拡大のための交渉が妥結に至った情報技術協定(ITA)のほか、サービスや環境物品でも交渉が進められている。プルリ協定への参加国が増えてくれば、プルリルールが事実上のグローバルルールになる。新たな国際ルールづくりをWTOの下でやっていく道が開けるかもしれないとの期待も出ている。
  その意味では、TPPは日本の貿易政策の歴史に限らず、世界全体の貿易政策を方向づける、非常に重要な協定だ。
大橋弘氏
(大橋)
 TPPを巡る議論で必ず言及されるのが「対中国」という問題だ。中国との関係、あるいは、中国も「一帯一路」(シルクロード経済帯と21世紀海上シルクロード)構想の実現に向けて、自由貿易交渉を加速させているとの話も聞く。その辺りへのインパクトはどうか。

(木村) 中国やインドをはじめとする新興国の経済力が高まり、経済発展を遂げれば、そこでいろいろなビジネスチャンスが生まれるなど、先進国側から見るとプラス面が非常に大きい。特に日本にとっては、中国と地政学的に近いということも、非常に有利な条件になっている。しかしその一方で、特に中国の場合は、既存の国際ルールにとらわれずにプレーをしていることが多く、やはりもう少し国際ルールに則って競争をしてもらわないと困る。中国はTPPの交渉参加国ではないが、中国の存在を意識しながらTPPのルール作りを行ってきたところは大いにある。
  この先TPPが発効されれば、当然中国も、自国がTPPに参加できるかどうか、参加資格の有無をしっかり分析・検討することになるし、仮にTPPに参加しないという決断をしたとしても、TPPは自由化のレベルや国際ルールにかかる一つの標準を示すことになる。中国をはじめとする新興国のさまざまな経済改革に影響を与えるのは間違いない。

(大橋) 翻ってアメリカでは今、大統領選挙に向けた候補者選びが行われているが、トランプ氏、クリントン氏、両候補ともにTPP反対を表明している。この先TPPは批准され、本当にうまく軌道に乗るのか。日本国内でも若干不安が漂っているように見受けられるので、その点についてもお考えを伺いたい。

(木村) アメリカの政治は複雑過ぎて、理解を超えている。アメリカは世界最大の国民経済を有する国なので、貿易政策は常に優先順位が低い。その意味では、大統領候補者がTPPに批判的であっても、それはややランクの低いトピックスについてのコメントであり、言葉通り受け止めるべきかどうかは、もう少し見ていかないといけない。
  ただ一つ、経済的背景から申し上げると、ヨーロッパもある程度同じことが言えるかもしれないが、アメリカは、グローバリゼーションに対する警戒感が強い。グローバリゼーションが大企業やお金持ちばかりを利し、それによって経済格差が広がっているのではないかという認識が広がっている。グローバリゼーションと所得格差の拡大がリンクしているのか否かはきちんと検証しなければいけないが、貧富の格差そのものも、アメリカと日本ではまったく状況が異なる。アメリカの場合は、本当にスーパーリッチな人たちに結果的に富が集中しているが、日本はそうなっておらず、格差は世代とセットで議論されることが多い。大分文脈が違う。そういう中で、アメリカは、グローバリゼーションをさらに促進していくこと自体に対して、懐疑心が強くなっているという印象を受ける。そこは本質的な問題で、TPPに対する姿勢にももちろん影響を及ぼす。アジアとは事情が全然違う。日本の場合は、GDPに占める製造業の割合がどんどん小さくなってきているとはいえ、やはりまだまだ製造業ベースの経済という色合いが強い。アジアに工場を出している海外進出企業においても、企業単位で見ると、基本的には日本国内の雇用も守るということが、ある程度共通認識になっている。日本でTPPを支持しているのは、大企業はもちろん中小企業もである。これをテコにして頑張りたいという意向である。地方自治体も、企業の海外進出に対して非常に積極的・協力的だし、ケースによっては労働組合もそうで、アメリカとは異なる政治力学が働いている。木村福成氏恐らく、製造業の場合はバリューチェーンが長いので、たとえその一部が海外に移転しても、国内に何かまだ仕事が残るに違いないという確信が非常に強いのだろう。ひょっとすると、バリューチェーンがもう少し短いサービス業の場合は事情が異なり、ごっそり国内の仕事がなくなってしまうケースも出てくるかもしれない。我々も実証研究を重ねていかなければいけないところだ。

  アメリカの大統領選については何ともコメントのしようがないが、グローバリゼーション全体に対する懐疑がアメリカ社会の中で広がり、一定の力を持ってきている点は難しいところだ。

(大橋) わが国におけるTPPの意義を考える上では、アベノミクスとの関係が、もう一つの論点になるのではないか。「3本目の矢」である成長戦略において重要なカギとなるのがTPPだと位置づけられたが、日本経済におけるTPPの意義についてはどのようにお考えか。

(木村) 日本の農業は、GDPに占める割合が現在は1%強に過ぎないが、日本の政治に多大な影響を与えてきた。TPPが、これまで打ち破れなかった政官業のいわゆる「鉄の三角形」を変えるきっかけになったことは、結構大きな話だろう。農業がどこまで変わるかを判断するにはもうしばらく時間を要するが、これまでの政治力学を変えたことは明らかである。部分的にでも、農業の輸出産業化を進めよう、もう少し競争原理に基づいて強い産業にしていこうという雰囲気が出てきたこと自体は良いことである。実際に、各国の関税が引き下げられることや、検疫に関する透明度が増して輸出しやすくなることは確かで、TPPがビジネスチャンスを生む後押しになる。

(大橋) なるほど。農業以外の、たとえば投資などへのインパクトはどのようにお考えか。

(木村) 影響のほとんどは、アジアでの投資環境が改善することに拠るものだろう。そこは非常に大きなテーマなので、また後ほど議論したい。
  日本そのものがTPPによって何か変わるかといえば、直接的には恐らく、その変化は非常に小さいのではないか。本来、TPPのような大きな交渉というのは、なかなか着手しづらい国内の構造改革とリンクさせることが諸外国では一般的に見られることだが、日本の場合、そうした形跡がまったくない。その意味では、TPP交渉を国内改革にうまく使えなかったと言える。
  実務レベルにおいては、いわゆる行政手続の透明化・効率化を促すような、例えば「何か規制を変えるときは何日以内に通告しなさい」であるとか「問題が発生したら何日以内に回答しなさい」といった期日が非常に多く設定されている。世界銀行の「ビジネス環境ランキング」からもわかるように、日本は著しく行政手続きの簡素化が遅れており、そこはこれまであまり日本が経験したことのない問題に直面することになるのではないか。
大橋弘氏
(大橋) 最近、日本経済の話をするときに外せない視点として、「人口減少」や「少子高齢化」がある。こうした今のわが国の社会情勢の中で、TPPはどういう役割を果たすのか。基本的には、日本経済にとっては良い方向なのではないかと思うが、その点はいかがか。

(木村) 少子高齢化とのつながりはよくわからないが、企業活動や人の移動、市場というのは外につながっているのだという認識は、閉塞感を破る一つの方向だと思う。やや抽象的だが、TPPが外に開かれている経済をイメージさせるといった、プラスの効果はあるのではないか。
  たとえば、TPP交渉参加国の中でも、ベトナムが意欲的にこれに取り組むことに、アジア諸国は大きなショックを受けている。所得水準がそんなに高いわけではないし、社会主義国で、国有企業も多い。そういう国が本当にTPPをやるのかと、皆驚いている。しかも、2015年12月にはベトナムとEUとのFTA交渉が最終合意に達したので、アメリカにもEUにもつながるのは、シンガポールを除くと東南アジアでは初めての国となったタイやフィリピンにとっては非常にショックが大きい。中国も同様だろう。あの国があそこまでやるならば、自分たちも何とかしなくては、というプレッシャーになっている。今度新たに指導部が交代するので、どのように変わるか、実効性がどうなのかは未知数だが、ベトナム人と話をすると、1975年以降の国際社会における孤立がいかに辛いものであったかという話をよく聞く。やはりいろいろと国際的な動きが見られるときは、辛くてもそれについていかなければいけないということが、ベトナム人にとっては非常に説得力あるメッセージになっているようだ。

(大橋) 今ベトナムの話を伺ったが、TPPの受け止め方は国によってかなり違うのか。

(木村) そこは国ごとにかなり違う。交渉参加国の中でTPPを批准できない国があるとすれば、もちろんアメリカが筆頭だが、カナダやマレーシアも危ない。ただし、基本的にはやはり先進国の場合は、とにかく海外進出を拡大しやすくなるという点を評価していると思う。一方、新興国の方は、もっと投資を呼び込みたいというところが一番のメインになるところなので、まずはどうすれば自分たちが魅力的な国になるかを問うている。そのために、一生懸命サービスや投資についての自由化、あるいは国有企業の改革を約束するなどしている。

(大橋) 投資については、特にISDS条項(投資家対国家の紛争解決)の問題がある。オーストラリアや日本も含めて、いろいろ感情的な対応も見受けられるようだ。

(木村) そもそもISDSは、投資受入国内の紛争解決は信用できないというところから始まっている。そこが信用できないから別のチャンネルが必要となるわけだが、なかなか受け入れ難いところもある。ただ、新興国側から見るとすべてがネガティブなわけでもない。木村福成氏メキシコ人などと話をすると、例えばNAFTA(北米自由貿易協定)の下でISDSにひっかかっているが故に、自分たちの国の投資環境が良くなった側面もあると。多国籍企業を優遇する政策だという見方もある一方で、新興国側はやはり多国籍企業に来てもらわなければいけないという側面もあり、両者がせめぎ合っている。

  他方で、非交渉参加国については、TPPの自由化の高さについてこられる国は絞られるだろうが、韓国やタイ、フィリピン等は、TPP参加に前向きな姿勢を示すなど、高い関心を示している。インドネシアは、現実問題キャッチアップが難しいのではないかと見ている。ASEAN(東南アジア諸国連合)10カ国中、TPPについての発言をしていない国はカンボジア、ラオス、ミャンマーだけだ。

(大橋) TPPのいわゆる“ドミノ効果”が働いてくると、ASEANは、当初のシナリオを若干書き換える必要があるだろうが、FTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)の実現を前倒しにするなどといった方向性への推進力になるのではないか。

(木村) 実際に実現できるかどうかは中国とロシアの問題になるが、TPPもRCEP(東アジア地域包括的経済連携)もASEAN+6も、FTAAP構想の具現化に寄与する道筋となるものである。
  ただし、目下、危惧しているのはRCEPの質の低下である。ASEANに6カ国を加えたRCEPは、ASEANが外とどうつながっていくかという戦略の一つになる。ASEANを東南アジア地域の経済統合の中心に据えつつ、日中韓、あるいはインドと直接つながる場を持つという点では、日本にとっても非常に大きな意味を持つ。ASEANとしては具体的なメリットがなかなか感じられないこともあり、質よりもスピードを重視し、締結を急いでいる。もちろん重層的にFTAを構築してもよいが、質の低いFTAは誰も使わない。RCEPは非常に影が薄くなってしまい、ASEAN、あるいは日本にとって問題ではないかと懸念している。
  もちろん、それ以前の話として、TPPをアメリカが批准できないことにはすべてがひっくり返る。そこは極めて重要である。

(大橋) 何はともあれ、アメリカが批准しないことには何も始まらない。

(木村) アジア地域での安全保障をはじめとしたハード面の整備には多額の費用が発生するが、TPPは、非常に安いプロジェクトで大きな効果を発揮する。そういうソフトウェアが持つ力、それがもたらす戦略的な意味、インパクトの大きさをアメリカもしっかり理解すべきだろう。
  ただ、やはりTPPが大筋合意しただけで、日EU・EPAや、TTIPなどの交渉が進んでいることは、非常に明確である。ヨーロッパも反グローバリズム風潮が強く、特にTTIPに対しては反対が強いが、TPPが発効すれば、彼らも何とかしなければと、EU内で説得できる材料になる。事態が進展するかどうかの大きな分かれ目になる。

(大橋) 高い次元での合意をTPPにて実現できたということは、大きな意味がある。TPPというグループに入れないと勝手に新たなものをつくってしまうのではないかという見方をされる方もいるが、そうではなく、TPPがある種、アジア全体の経済統合に向けた推進力の源泉としての役割も担ってくるようにしなければならない。

(木村) 例外も多いが、本当にたくさんの原則も盛り込んだということが非常に大きいし、一つの標準になりうるところだ。
対談:TPPと日本の経済成長

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