健全な情報社会をめざして
 情報化レビュー・電子版
 第116号

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東洋の歴史から学ぶ 〜時代を生き抜く知恵と思考〜

第23回 「60年周期説」
   東洋思想における特色のひとつは循環の重視である。森羅万象は陰陽の循環によって営まれるとする。東洋史観では、循環の思想に基づいて歴史の流れを系統的に分類することで、世界や国家の盛衰を予測する。60年周期は代表的な長期波動で、干支暦の基になっている六十干支の理論から生まれている。その根拠になっているのは天体の運行や季節の変化である。古代人は、木星の12年周期と土星の30年周期の最小公倍数は60年であることを知っていた。現代の気象学は、氷河が厚くなったり溶けたりする周期がほぼ60年であると指摘している。水の都ベニスの水位や北半球の平均気温も60年周期で高低しているのである。

   東洋では、自然界に存在しているものは、すべて自然界の摂理からはずれることはなく、人間や人間集団といえどもその一部であるという「天人合一思想」が根底にある。そのため自然界の中に見出した法則を人間界にもあてはめ、その動向を考察するのである。60年を一つの区切りとすると、その波動が人間界を支配することになる。東洋史観では前半の30年は「陰旬」と呼び気運の下降期、後半の30年は「陽旬」で運気の上昇期と区分している。「陰旬」は国家主導で進み諸々の規制が強まり、「陽旬」は国民主導で生活向上や文化が発展する。原理は省略するが時代周期のスタートになるのは干支暦の戊辰の年である。このサイクルを近代史にあてはめると次のようになる。

周 期 陰 旬 陽 旬
1回目 1868-1897 1898-1927
2回目 1928-1957 1958-1987
3回目 1988-2017 2018-2047

   現在、世界は1988年(戊辰)からの「陰旬」にあり、日本のバブル崩壊、湾岸戦争、東西ドイツ統一、アジア通貨危機、9・11同時多発テロ、イラク戦争、そしてサブプライムに端を発した金融危機など、重大事件が多発している。1928年(戊辰)から始まる前の「陰旬」でも、世界恐慌、世界大戦、中国革命、朝鮮戦争などが起きている。干支暦から生まれた60年周期は、原理的には世界の波動を見るもので、特定の国を論ずるものではないが、日本と米国の歴史にあてはめてみよう。

   江戸時代は鎖国によって外部からの変動要因がなかったためか、260年の間に4回の60年周期の波動が明確に見られる。この衰退と再来のパターンは明治以降においても繰り返されている。1868年(戊辰)は明治維新という歴史的な変革期となっている。明治元年(1868)から明治30年(1897)頃までが下降期で、国家の権力が強く国民が押さえ込まれる時代ということになる。明治31年頃から上昇期に入り、昭和2年(1827)までが文化の大衆化の時代になる。昭和3年(1928)から2回目の60年周期が始まり、国家主導の時代となる。そして昭和4年(1929)からの世界恐慌の影響で急激な凋落を見せ世界大戦へ突入する。大衆の華やかさが出るのは、昭和33年(1958)から昭和62年(1987)頃までとなる。これは戦後の頂点をなす時期で「ジャパン・アズ・ナンバーワン」といわれ経済大国の一角を占める。そして昭和63年(1988)からは3回目の下降期に入り、国民は何かと圧迫され不安感が増大することになる。

   米国においても同様なサイクルが存在している。サザン・メソジスト大学のバトラ教授は、米国経済を200年にわたって検証した結果、インフレ率と貨幣増加率が30年周期で循環していることを見出した。そして30年あるいは60年ごとに両者が連動し恐慌状態を現出するとしている。1910年代の米国はインフレのピークにあったが、1929年のウォール街の株価大暴落と世界恐慌により、1930年代は両サイクルとも谷を描いている。1939年の世界大戦勃発を期に始まったインフレは1940年代にピークに達している。1970年代には石油インフレ、2000年代に入って資源インフレが現れている。こうした60年ごとの類似性は他にいくらもみられる。ちなみに2001年に世界を震撼させた「9・11同時多発テロ」は、アメリカ人にとって忘れられない1941年の「パール・ハーバー」から数えて60年目に当たっている。

   このような長期波動が存在しているとするならば、次の「陽旬」を迎える2018年頃まで、世界的に厳しい問題が次々と出現、困難な時代が続くと予想されるのである。世界の資本主義システムは大きな変革と規制を求められることになろう。

 

<著者プロフィール>
鴇田 正春(ときた まさはる)氏
情報化推進国民会議委員。
元青山学院大学教授 1961年、早稲田大学理工学部卒。
日本I.B.M専務取締役、顧問。関東学園大学経済学部教授兼経営学科長(99年―03年)、法政大学大学院社会科学研究科客員教授(01年―03)、青山学院大学大学院国際マネジメント研究科教授。05年定年退職。現在に至る。