健全な情報社会をめざして
 情報化レビュー・電子版
 第266号

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巻頭言

『伝えること=聞くこと:福島での経験から』

                     
リテラジャパン 代表
国際原子力機関(IAEA) コミュニケーションコンサルタント
情報化推進国民会議 委員

西澤 真理子

   私の専門は科学の言葉を社会に伝えること、リスクコミュニケーションだ。だから当然、話す力で勝負する。そう信じてきた。
   それが、大きな誤解だということを5年前の福島での経験で学んだ。

   2011年3月の福島第一原発事故から半年後、筆者は福島県飯舘村から依頼を受け、住民が一時避難している仮設住宅の集会所で、少人数の勉強会を開催した。従来型の、壇上から安全を説くような説明では不十分だと思い、筆者が中心となって企画したものである。

   会場では放射線の専門家が、放射線とは何で、それがどう体に影響して、どの程度であれば害になるのか、科学の話を分かりやすい言葉で話した。筆者は、会の空気を和ませるために、講師と参加者が畳の上に円座に座るといった場を設計し、講師の話を補足しつつ、参加者の質問を促した。

雰囲気は意図したように和やか。参加者からは意図したように、たくさんの質問が出た。われわれ説明者の方は、「ああこれでうまくいった、一方通行型の説明から少し進んだね、こういうやり方をもっと広げよう」、と満足して帰路についた。

   これが自己満足であったことが分かったのが、後日の個別インタビューであった。 

   参加者のお母さん方からは、「(勉強会で聞いたことを)全く覚えていない」、「何が分からないかも分からなかった」「バナナは子どもに食べさせることを止めました」「覚えているのは、ラドン温泉くらいかな」、と口々に言われてしまった。
   バナナは天然の放射性物質のカリウム40が含まれているので放射線の説明の具体例でよく使われる。それが「危ない」と誤解された。ラドン温泉は放射線を帯びるラドンの効果をうたっているが、福島にも多いために印象に残ったのか。

   では何が知りたかったのか、と聞くと、「日々の生活で必要なことです。例えば、ししゃもは小さいからセシウムがたまりやすいのではないかと不安だし、水道水も怖いからペットボトルの水を買っている。三陸産のワカメは?地元の野菜は?など、具体的なことを知りたいのです。テレビもインターネットでも危険だという話だらけで、誰を、何を信じていいか、もう分からないのです」、そう正直に話してくれた。

   自分達がよいと信じたやり方、勝手な思い込みに、実は、相手が付き合ってくれていたのだ。科学の話ではなく、生活の話をすべきだったのに。
   この経験は、「伝えるには聞くことから始める」という基本姿勢を教えてくれた。

   伝えるにはまず聞くこと。ビジネスの最先端でも常識になっている。
   ハーバード大でリーダーシップ教育を教えるハイフェッツ氏は、「企業は表や数字を使って表現したがる。だが、数字では伝わらないことが世の中には沢山ある。数字は必ずしも真実ではない。聞く力をもち、相手の言わんとしていることに耳を澄ますことがリーダーシップには重要だ」、と話す。

   リスクコミュニケーションの鍵を握る「聞く力」は、リーダーシップの条件でもあることを知り、この分野の難しさ、面白さが見えてきた。

   この春、国連の国際原子力機関(IAEA)で、危機コミュニケーションのコンサルタントに就任した。福島での経験を世界で共有したい。産経新聞のインタビュー記事がある。ご一読いただけると幸いです。

         IAEAコンサルタントに就任した西沢真理子さん「福島の経験を未来に役立てたい」