第1回:中計策定を通じた事業継承~東京精密発條~(2024年10月5日号)
中期経営計画策定を通じた事業継承
東京精密発條(本社=横浜市都筑区、従業員数55人)は、6月に就任した大西貴子・代表取締役社長のもとで、組織能力の向上や、設計や工場の生産性向上、製品の需要拡大などに取り組んでいる。
発條(ばね)を製造する会社として、1953年に創業した同社は、ばねの製造技術を生かし、工作機械周辺機器の開発設計や製造販売、金型製造販売などを行っている。 同社の売上の9割は、工作機械周辺機器の「スパルコン」シリーズ、「シャトルガード」シリーズ、「スクリューカバー/ポストカバー」シリーズの三つで占めている。
2002年に開発したプレスブレーキ用曲げ金型「ウイングベンド」は、金型交換がほとんど不要のため、スピーディーで経済的なプレスブレーキ(曲げ加工に使われるプレス機械)作業が実現できる。2015年には「ウイングベンドプラス」を完成させ、これらは国内外のプレス加工現場で使われている。

日本生産性本部では、金融機関からの紹介を通じて、2020年12月から同社のコンサルティングを始めた。「当初は事業承継の案件だと聞いていたが、話を聞いてみると、業績の立て直しが必要な時期で、前田高明社長(当時、現会長)の長女(大西氏)と次女に、経営や製造業のことを教えてほしいという依頼もあった。そこで、中期経営計画の策定を通じて、2人に経営を学んでもらい、それを機に新体制へ移行し、中期経営計画を遂行していくことになった」(河原信之・日本生産性本部主任経営コンサルタント)。
そこで、大西氏がチームリーダーとなって、次女、製造、設計の4人によるプロジェクトチームをつくり、中期経営計画の策定の作業をスタートさせた。「同社には、従業員のコスト意識が低い、属人的な業務が多い、製造の受入能力に限界があるといった様々な課題があった。全くの異業種から来た大西さんには、製造業そのものを理解してもらうことも含めて、現場に足を運び、取引先・外注先を深く理解してほしいと伝えた。会社の今後はどうなるのか、機械はどう動いているのか、現場の人たちが何を考えているのか、外注先の状況はどうなっているのかを理解してもらい、課題をたくさん発見してもらうようにお願いした」(河原コンサル)。
中期経営計画「個から組織へ!! 全員で稼ぐ組織に向けて」
2021年6月からスタートした中期経営計画「個から組織へ!! 全員で稼ぐ組織に向けて」には、経営理念・ビジョンや、外部環境分析(市場環境分析、製品分析、顧客別競合分析等)や内部環境分析(財務分析、組織体制等)による、具体的な経営戦略や施策展開方法などが盛り込まれた。
ビジョンを「『ものづくり+α』に挑み続ける」「全員で稼ぐ組織へ」「『見える化』推進」と定め、基本方針を「組織能力の向上(強い組織へ)」「収益力の回復(強い営業体制へ)」「収益力の強化(強い収益体制へ)」と定めた。
「組織能力の向上」では、個々の能力に支えられていた組織から、全体で支えていく組織に変えるために、「見える化」と「PDCAサイクル」の定着、目標管理制度の導入、取り次ぎ的な営業スタイルからソリューション営業への移行を図った。他部署との連携や日常的なコミュニケーションを強化するために、営業、設計、間接部門をワンフロアに配置した。
「収益力の回復」では、営業力の強化を図り、設計や工場の生産性向上を中心に実施した。3DCADの導入により、設計の生産性を向上させている。
「収益力の強化」では、新市場開拓、内製化推進、定期的な新製品開発を図った。 これらに取り組んだ結果、売上高は、1・7倍に増えた。
現在、作成中の新中期経営計画では、顧客への情報発信、新製品・新市場開拓、品質・納期の徹底、設備投資の推進、人材の確保などに力を入れていく。
「前回の中期経営計画を通じて、多くの課題が解決されたが、課題はまだ多く残っている。各部門が課題を自分のこととして推進できるように、今回の新中計では、大西さんを中心として方針を決定し、方針に沿った課題を各部門長が策定する方法を採用した。各部門から上がってきた課題とそれに対する施策を見ると、前回の策定時には考えられなかった組織能力の向上を感じている。これも常日頃から各部門に課題を投げ続け、現場との対話を続けた成果だと考える」(河原コンサル)。
売上至上主義から利益重視へ~大西貴子・東京精密発條代表取締役社長の話

私は、他の企業で働いていたが、父親である前田高明前社長から声がかかり、2019年4月に入社した。
会社を継ぐことは全く考えていなかったが、工場を見たり、製品を見たり、話を聞いたりしているうちに、「もっとこうしたらいいんじゃないか」と思う自分がいた。父に乗せられた感じがして悔しいが、今では感謝している。
入社して1~2年ぐらいは、継ぐまでの覚悟ができていなかった。中期経営計画の策定に積極的に関わっていく過程で、会社の理解が深くなり、会社を継ぐのは町工場経営者のDNAを持つ私しかいないと思い、社長になる決心がついた。
今年の6月1日に3代目の社長に就任した。当社はこれまでは売上至上主義なところがあったが、現在は利益を重視している。機械化の推進や新製品の開発、従業員の教育制度・キャリアプランの充実などに力を入れている。女性比率は現在2割程度だが、徐々に増やして、男女半々になるようにしたい。
河原コンサルのコンサルティングを受けて3年近くになるが、経営の初心者である自分に目線をあわせてコンサルティングをしてくれている。目指すべき姿、進むべき道を一緒に考えてくれている。「こんな考え方があるんだ」ということに気づくことができて、コンサルティングの日を楽しみにしている。
目を見張る課題解決能力~河原信之・日本生産性本部主任経営コンサルタントの話
本件は、事業承継という当初の依頼から、戦略策定、営業、人事、製造などの全般的なコンサルティングに移行している。私は、当初の課題がなくなったらコンサルティング契約は終わりにすべきとのスタンスをとっている。大西さんは「当社には問題や課題はたくさんあるので毎回見つけてくる」と返されている。そんなやりとりもあり、今では、問題発見能力・課題形成能力は目を見張るものとなった。中期経営計画の策定などを通して、課題の発見・解決能力が高くなった。中期経営計画を常に手元に置いて進捗管理しており、私が訪問するときは、ボロボロの中計を持ってコンサルティングに臨んでおり、計画達成への意識が強い。
従業員との向き合い方も真摯だ。当初は経営を知らないこともあり、従業員との距離感が難しいと感じているようであったが、今では、従業員から信頼されるようになった。不思議なことに、重要な局面では、取引先、前職の上司や先輩、以前に同社を辞めた人、支援機関の人などが、様々なアドバイスをしてくれ、協力者や目にかけてくれる人が出てくる。
私はコンサルティングを行う際には、お客様が何を期待しているかを重視している。お客様はテキストに書いていることには興味はない。コンサルタントの得意分野に引きずり込まれることも期待していない。現実の問題や課題をどうやって具体的に解決するかを提示することに徹し、その成功の確率を上げていくことがコンサルタントに求められる役割ではないか。
◇ 記事の問い合わせは日本生産性本部コンサルティング部、電話03(3511)4060まで。(4回連載予定)
コンサルタント紹介

河原 信之
都市銀行、会計事務所を経て現職。大学卒業後、都市銀行にて渉外・融資業務、会計事務所にて監査業務・税務業務・コンサルティングに従事。日本生産性本部経営コンサルタント養成講座を修了後、本部経営コンサルタントとして、製造業、サービス業、小売業を始めとする多種多様な業種での、経営戦略の立案、新規事業立ち上げから再生支援までの幅広いコンサルティングと人材育成の活動をしている。
(1977年生)
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