共振するアートとサイエンス ~ AI時代の新経営 ~ ① 

競争戦略に変化の兆し

AIの登場は経営をどのように変えるでしょう?コロンビア大学のロジャースは「DX戦略立案書」(2021、白桃書房)において、DX下で戦略は新たな拡張を迫られるとしました。とりわけ重要なのが「データ」であり、筑波大学の立本も同様の指摘をしています(2020、一橋ビジネスレビュー)。AIはデータの塊であり、付加価値の源泉として、今日の経営者にとって無視出来ない存在です。


AIが対応する領域は広く、代表的なものに画像診断、予測、自動運転、画像生成、自然言語処理があります。とりわけ自然言語処理の領域は、「人間の言葉で機械に指示すること」を可能とします。つまり、人間は慣れ親しんだ言葉を通じてデジタル空間上の情報処理システムとシームレスな連結が可能となります。これをサイバーフィジカルシステム(CPS)と言いますが、AIの進化はデジタルとフィジカルの融合を進めます。その影響は、生産性の分母(投入工数の削減)と分子(付加価値の増大)の両面で著しいものがあるでしょう。

AIの中でも、ChatGPTは利用ハードルの低さもあって急速に認知度を高めました。ChatGPTとは「Generative Pre-trained Transformer」(生成型訓練済みトランスフォーマー)の意味です。TransformerとはGoogleが開発した高度な言語モデルであり、ChatGPTはこれをベースにしています。TransformerはChatGPT以外のAIにも採用され、今も発展しています。


筆者も日々のコンサルティング活動にChatGPTを用いています。具体的な企業名をあげて4Pの比較をさせたり、ファイブフォースで業界の分析を任せたり、有能なパートナーです。もちろん、ChatGPTにも苦手領域があります。プロフェッショナルな文章を書かせたり、高度な数学的処理をさせたりするのは難しいようです。とはいえ、箇条書きで研修骨子を書き出す分には悪くない出来映えですし、回帰分析程度ならいけそうです。使い方次第ということでしょう。


最近では研修で講師を務める折にも、「課題はChatGPTを使って解いてもOK」としています。すると、7割程の受講生がChatGPTで回答を作成してきます。完全に同じではないものの似通った内容で、しかし及第点の出来映えです。これに対して、自力で考えたと思しい回答は時に落第点もあります。この状況を見れば、やがて受講生のほとんどがChatGPTを使い始めるのが自然でしょう。その結果、平均点の向上と回答の個人差(分散)の縮小が進みます。生成AIの更なる普及は、多くの競争領域で品質の向上をもたらし、同時に、パフォーマンスの均衡を生む可能性があります。


本連載の関心はこの点にあります。ビジネスには競争が付きものであり、競争戦略とは「違い」の作り方を考えることです。AIがビジネスの参謀になった時代では、いかに「違い」を作るか?が、AI時代以前よりシリアスな経営課題になります。このことを本稿では「AI時代の分散の問題」と呼びます。この問題の解法を述べるのが本連載の趣旨です。


そもそも、どうしてChatGPTの回答は似通ったものになるのでしょう。筆者の試算によると、ChatGPT4・0の学習量は、日本語による本に換算して約160万冊、蔵書規模で言えば横浜市中央図書館(全国5位)に匹敵します。控え目に言っても、地球上でChatGPTと知識比べをして勝てる人間はほとんどいません。

しかしChatGPTは論理的に考えられません。膨大な情報の中から、「○○だったら~○○」というパターンを発見し、出力しているに過ぎません。大量の学習から得られたパターンのため、「結構正しい」一方で、あくまでパターンなので、インプット(質問など)が同じであれば類似のパターンが返されます。このため、テストのレポートであれ、広告のクリエイティブであれ、AIへのインプットに差がなければ、アウトプットは大外れのない一定の水準で均衡する、と推測出来ます。要は、面白みがないのです。AIへの過度な依存は、創造性の欠如をもたらし、競争優位性たる「違い」を損ないます。


ChatGPTのパターン


そもそも、「創造性」とは何でしょうか。強調したいのは、それが一部のアーティストやデザイナーの専有物ではないことです。例えば3歳の頃の私達は(記憶はないですが、多分)木のブロックを重ねることで「お城」「宇宙」「ジャングル」「動物園」…などを生み出しました。木のブロックを「レンガ」「未知の金属」「森」「獣」などに見立てて遊んでいるわけで、これをアートでは「異化」と呼びます。日常的に馴染んだものを別の角度から見ること・解釈をあたえることで、創造性をもたらす手法です。ビジネスでも、知の探索理論は自社領域から遠く離れた情報がイノベーションに結びつく可能性を述べており、異化の重要性を指摘しています。


これらは経営のアート的側面と言えます。アートという概念には様々な解釈が可能ですが、ここでは独自性や閃きを生み出す創造性という意味合いで用います。分散の問題を解くには、「アート」が重要な変数となります。

しかし、巷には「経営はアートかサイエンスか」のような二項対立の議論があります。確かに、創造性が生み出した「違い」が真に独創的であるほど、組織の中で多くの反発にあいます。本当に売れるのか?正しいのか?失敗したら誰が責任をとるんだ!……考えてみれば、世界には多くの優れた表現者・芸術家がいますが、彼ら・彼女らの作品はどうして影響力を持ち得たのでしょう?その類い稀なる創造性を賛美すべきはもちろん、「世に知られた結果である」という単純な事実を忘れてはいけません。世界中の「知られているアート」は、等しく否定や反発を乗り越えたものです。


アートが健全な経営的リアリズムの壁を乗り越えるため、今こそサイエンスとアートを二項対立から解放すべきだと思います。サイエンスは創造性を現実世界に連結する際に有効です。統計的に正しい調査で需要を可視化する。あるアイデアがコア・ターゲットのニーズと合致していることを定量的に示す。サイエンスの助けがあれば、経営層も新しい挑戦に前向きになるでしょう。

アートだけでは経営のリアリズムに太刀打ちできず、サイエンスだけでは新しい発見が出来ません。AIの時代に目指すべきは、アートとサイエンスの共振です。共振とは、物体の固有振動数と同じ周波数の振動を外部から加えることで、振幅自体が増すことです。アートとサイエンスは同じ固有振動数をもち、同時に用いることでそのパフォーマンスを飛躍的に高めます。


本連載では、アートとサイエンスの共振について、ChatGPTの活用に触れつつ論じます。次回は、アートの必要性をあらためて論じます。(7回連載予定)


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コンサルタント紹介

主任経営コンサルタント

高橋 佑輔

国会議員公設秘書として、担当選挙区において政策・広報・選挙等の戦略立案・遂行にあたる。
その後、中小企業のマーケティング 担当役員、経営再建担当役員を経て、日本生産性本部経営コンサルタント養成講座を修了。
本部経営コンサルタントとして、企業の診断指導、人材育成の任にあたる。筑波大学大学院修了(経営学修士)。(1978年生)

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