共振するアートとサイエンス ~ AI時代の新経営 ~ ②
競争はフラット化へ~AIも道具、結果は人間次第
現代では経営の「一機能」をAIが代替することは当然になりました。製造業では不良検出や工程の動作解析に画像認識AIが活用されていますし、小売では発注に連動した需要予測AIが欠かせない存在になりつつあります。製品開発の効率がAIによって大幅に改善したという話も聞きます。その活躍場面は生成AIの登場によって日常の領域まで拡張し、議事録をAIに任せている企業や、問い合わせ対応にAIを用いている企業も増えています。生成AIが特に大きな影響を及ぼした業界はマーケティングでしょう。クリエイティブ生成と配信の半自動化が実現しており、過去のデザインやパフォーマンス結果といった学習アセットをAIに与えることで、自動でイラストやロゴが生成され、それを人間がチェックしています。このように、著作権や機密情報の扱いなどに難しさも抱えながら、AIを経営に生かす取り組みは積極的に進められています。
では、経営そのもの、特に意思決定をAIに任せることはできるのでしょうか?今のところ、AIを重要な意思決定のパートナーとすることへの評価は定まっていません。そこで、AIによる「戦略策定機能」を評価するため、次の実験を行いました。私のクライアントに戦略策定の進め方およびプロンプト(AIへの指示の書き方)を講義し、ChatGPT(有料の4・0)を使って戦略を立ててもらったのです。
実験は一定の成果を得ました。テーマは「ある地方の宿泊施設のマーケティング戦略」でした。インプットに用いた情報は、観光業界の動向に関するレポート、当該地域の観光情報、予約サイトに掲載された施設紹介および口コミデータです。ChatGPTは、地域の観光情報を元に、どのような観光ニーズがありうるかを分析し、それに応じて見込客をセグメントしました。「シニア」「若年女性」「ワーケーション」「歴史・文化愛好家」「自然愛好家」などです。そして、セグメントに対する自社と競合の相性を分析し、「歴史・文化愛好家」向けに「伝統的な食事と、地域の伝説を体験できる宿泊プランを作成すべき」という提案を行ったのです。
コンサルタントの立場からは、AIの貢献として次の2点を高く評価できます。①戦略策定ノウハウの速やかな移転ができたこと。ChatGPTを使ってクライアントが自主的に戦略策定プロセスを進めることは、受動的な学習と比べて大きな効果がありました。②高速PDCAが実現したこと。アドバイザー役をChatGPTが担うことで、クライアントにとっては「24時間手軽に、かつ安価で相談できる体制」が実現しました。これらは、人的資源が不足しがちな中小企業にとって大きなメリットと言えそうです。
この実験は、AIが「意思決定」そのものに影響を及ぼしうることを示唆しました。しかし、現時点での影響は限定的です。相談相手としては良いですが、決定は人間が行わなければいけない、というのが結論です。
生成AIがアウトプットするのは膨大なデータから抽出した「もっともらしいパターン」であるため、情報公開やその分析が進んでいる市場では回答の均質性が高まります。実際、同じプロンプトを「別の地域にある競合」を想定して実施したところ、地域や名称は異なるものの、実に似通った出力が得られました。逆に未知の領域が多い分野では、妥当な回答が得られないケースがあります。これでは、戦略をAIに依存するのは非現実的です。少なくとも現時点のAIは、人を出し抜き、差をつけることが苦手です(人類社会への脅威という観点からは安堵できます)。
このことは生成AIに限りません。AIによる画像認識や需要予測といった「機能」は熟練者のスキルを代替する、あるいは未習熟者のスキルを向上させる技術です。例えばコールセンターにおけるAI導入実験では、最大の恩恵を受けたのはローパフォーマー層で、ハイパフォーマー層への効果は限定的でした(アンドリュー・マカフィー他DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2024年3月号)。AIはパフォーマンスを底上げしますが、その効果には天井があります。AIの恩恵をより受けるのは、相対的に劣る側なのです。
程度の差こそあれ、AIは競争をフラット化します。戦略的展望が欠けていた企業は一定水準の戦略を獲得して成長へのきっかけを掴むかもしれません。卓越したスキルが競争力の源泉だった企業は、競合とのスキル差縮小という憂鬱な経営課題を抱え込むかもしれません。こうして生まれた競争的均衡を打破する力は何でしょうか。AIはツールですから、より優れたツールの開発で優位を得ることはできます。専門領域を深めたAIの開発やカスタマイズ、あるいは性能を保持したままでの軽量化などです。しかしそれは、フラット化する領域を多少制限するだけかもしれません。
本連載が注目するのは、道具は使う人間次第、という考え方です。AIの時代には、AIを道具として使い倒す力、つまり、アートの発想が重要です。
私はビジネスにおけるアートのアプローチを、手法を重視する「機能型」と、理由や動機を重視する「目的型」の二つに分類しています。多くの会社で導入されたデザイン思考は、依頼を達成するためのデザイナーの考え方を体系化したもので、前者に分類されます。シックスハットなどの発想術も前者に分類されるでしょう。対して目的型には、芸術家の思考方法をビジネスに応用しようとするアート思考があげられます。デザイン思考の中でも、デザイン主導型アプローチはこちらに分類すべきかもしれません。
現在のビジネスシーンでは、「機能型」のアートが強く求められている印象を受けます。創造性を発揮できないのはスキル(機能)を習得していないからだ、という認識は部分的には正しいと思います。しかし、考えてみれば明らかですが、目的を欠いた機能はありえず、機能を欠いた目的は無力です。両者は不可分であり、デザイン思考を学んだだけで豊かな発想は身につきませんし、アート思考を学んだだけで優れた作品を生み出せるわけではありません。
例えば、前回はアートの手法として異化に触れました。異化は物事の見方を変える手法であり、「機能型」のアプローチです。3歳児は自由な発想であらゆるものを異化しますが、社会人は常識に縛られていて、そうはいかない。これは異化を生むためにより多くの試行が必要になる点で質的な劣化であり、量的アプローチで代替できます。発想法の古典「アイデアの作り方」(ヤング、CCCメディアハウス)には、「資料」を収集することの重要性が述べられています。未知の膨大な情報を集めることで、組み合わせ=試行回数を増やし、異化の機能を高めるのです。組織における多様性の必要も同じ文脈で説明できます。アーティストの多くも、自身の表現対象について実に多くの情報を集めています。
異化は機能ですので、AIによる代行が可能です。大きな図書館を丸呑みしたような知識量をもつAIは、求める限り延々と情報の組み合わせによる「異化」を試行します。これをもってAIには創造が可能と主張する声もあります。しかし、どれほど高機能なAIであっても「目的」がない限り創造はできません。AIの時代には、人による「目的」の創造こそが必要です。
「目的」を改めて重視する動きは、近年のパーパス経営やステークホルダー資本主義への注目とも結ばれるのではないでしょうか。(次回は6月25日号に掲載予定)
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コンサルタント紹介

高橋 佑輔
国会議員公設秘書として、担当選挙区において政策・広報・選挙等の戦略立案・遂行にあたる。
その後、中小企業のマーケティング 担当役員、経営再建担当役員を経て、日本生産性本部経営コンサルタント養成講座を修了。
本部経営コンサルタントとして、企業の診断指導、人材育成の任にあたる。筑波大学大学院修了(経営学修士)。(1978年生)
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