共振するアートとサイエンス ~ AI時代の新経営 ~ ③
目的は創造性の源~AIで代替できない領域
アート(創造)の領域は長く人間の専売特許でした。けれども、アートを「目的(なぜやるのか)」と「機能(何をやるのか/どうやるのか)」に2分割した時、後者の領域では今後生成AIが存在感を高めていくと思われます。
ジェームス・W・ヤングは、著書「アイデアのつくり方」(1988年、CCCメディアハウス)の中で、「アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ」と述べました。ChatGPTのような生成AIは情報を様々に組み合わせて新しい着想を提示します。同じ仕組みで、イラストを描いたり、マニュアルを作成したりできます。
しかし、AIは創造することに内発的な目的を持ち得ません。目的があるから試行錯誤するのであり、例えば「ユーザーに喜んでほしい!」という「目的」がなければ、顧客満足度を高めるアイデア自体が生まれません。「目的」は、アイデアを注ぐ器です。器がなければアイデアは形にならず、また器を超えてアイデアを注ぎ足すことも出来ません。
目的を持つことは、創造性の機能自体も高めます。ユーザー層Xの購買意向改善を担当しているマーケターを考えます。対策を検討している最中、ふとしたことから「他社の広告aはXの好感度が高い」という情報を得ました。そうであれば、「広告aにはXのニーズを満たす要素があった」と仮説を立てることができます。広告aを分析することで、Xの支持を得るアイデアが生まれるかもしれません。
ある「結果」を踏まえて、その説明仮説を立てる思考法をアブダクションと言います。実は、ヤングは同じ著書の中で「新しい組み合わせを作り出す才能は事物の関連性を見つけ出す才能に依存する」とも述べています。まさにアブダクションです。上の例では「広告aの成功」を「Xの購買意向改善のヒント」に結びつけました。しかし、なぜ広告aに注目出来たのでしょうか。世間には情報が溢れかえっており、見逃してもおかしくないように思います。
ここに「目的」の力を指摘することができます。目的は情報への感度を高め、質の高い情報収集を可能とします。マーケターが「広告a」に注目出来たのは、ユーザー層Xの購買意向改善を考えていたためです。そうでなければ、「広告aの成功」は類似の広告bやcやdと同じ「ありふれた広告の成功例」でした。目的が広告aの成功を創造のヒントに異化したのです。
機能としての創造(情報の組み合わせやアブダクション)はAIによって代行可能ですし、むしろ人間よりパワフルです。しかし、機能を発揮するには目的が必要であり、目的こそが創造性の機能を高めます。そこにAIが代替できない人間の役割があるのです。

図は目的の形成パターンをまとめたものです。これまでのビジネスでは象限①および②の論理的な目的形成が原則とされてきました。組織も個人も論理的な意思決定を重視し、手戻りなく、上位の意思決定を着実に実現していくやり方です。再現性の高いアプローチですが、それがためかえってAIとの差別化は困難です。
AI時代に注目すべきは、象限③の「個人による創造的な目的形成」です。ここでの「個人」は必ずしも自分自身に限りません。自分以外の特定のユーザーについて、その考えや価値観をデプスインタビューなどで深掘りし、意思決定に活かすことも含みます。
個人による創造的な目的形成およびその実行は、組織による論理的目的形成を前提とします。象限の組み合わせでは、①+③です。組織が論理的(サイエンス)に創造の外枠を決定し、その枠の中で個人が感性を活かして創発(アート)します。逆に言えば、サイエンスによる評価を前提として、それまではなるべくアートの自由を保障する仕組みがあるべきです。このために、アートとサイエンスには計画的な反復、つまり創発と評価がアジャイルに繰り返されることが望ましいです。
組織のサイエンスと個人のアートが計画的に反復する構造は、新規事業の開発においてみられます。事業開発に実績をもつ企業では、構想の初期段階は着眼点のユニークさや提案者の熱意といった感性的項目の評価を優先します。そこで認められたアイデアは、プロトタイプを投入することで市場の反応を確認し、その後でようやく、可能性が認められたものに限定して売上目標や既存事業とのシナジーといった戦略面まで評価を拡大します。「アイデアが面白いなら、まずは試してみよう」という姿勢が根底にあり、売上や利益といった数値は後から段階的に精緻化します。
何を面白いと思うか、という感性は人それぞれであり、器で言えば「形状」にあたります。ユニークな形状であれば、注がれたアイデアも目を引くでしょう。そして感性は固有です。自分由来の価値観や信念に加え、他者からの影響も受けるため模倣が困難です。これを経路依存性があると言います。
固有性はAI時代の戦略的キーワードです。カンヌで話題になった映画「PERFECT DAYS」では、役所広司扮する清掃員がカセットテープやフィルムカメラを愛用していました。カセットテープの音はフィジカルです。その音は機器の物理的手触りや経過した時間の記憶と結ばれ、「だからこその音」として鳴ります。近年アナログメディアが見直されている背景には、固有性を評価する動きがあると思います。
ビジネスでも同様です。オーセンティックリーダーシップという考えがあります。「自分らしさに基づくリーダーシップ」とでも言えばよいでしょうか。リーダーが語る言葉は、ビジネス誌の見出しを継ぎ接ぎしたものではなく、固有の経験や価値観に基づく方が説得力を持ちます。
AIは疲れを知らないハードワーカーであり、驚くほど忍耐強い相談相手です。同時に感情を持たない計算機であり、没個性的な情報の塊です。そんなAIに圧倒的な違いは生み出せません。人間が違いを生み出すためにAIを使うのであり、その違いは自分自身の固有性に源泉を持ちます。
早稲田大学大学院の入山章栄教授は、今の時代は様々な職能を経験して「個人内多様性」が高いメンバーほど活躍しやすい、としました。個人的に同感です。そうでありながら、効率性に偏った経営改善や失敗を恐れる組織文化の影響、また標準化の逆機能(本来のルーティンは余裕を生み出し、新しい挑戦を後押しするためのものですが、逆に決められたこと以外をしづらくなること)により、人本来の固有性が組織に埋没していることがあります。
そこでは、人間回帰が重要な経営課題となるでしょう。AIの時代には、イノベーションに結ばれるような大きな目的(信念、価値観、関心、構想など)を持ち、自らの感性を発揮できる人材が求められます。そのための育成計画と意思決定システムの確立が必要です。(次回は7月25日号に掲載予定)
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コンサルタント紹介

高橋 佑輔
国会議員公設秘書として、担当選挙区において政策・広報・選挙等の戦略立案・遂行にあたる。
その後、中小企業のマーケティング 担当役員、経営再建担当役員を経て、日本生産性本部経営コンサルタント養成講座を修了。
本部経営コンサルタントとして、企業の診断指導、人材育成の任にあたる。筑波大学大学院修了(経営学修士)。(1978年生)
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