「クリエイティビティとビジネス」②
「未来洞察」で環境変化を乗り切る
ビジネスにおいて未来を知ることは、戦略立案のためにも重要なことの一つです。未来を知る方法として、これまで知られてきた未来予想に加えて、未来洞察という領域があることはご存知でしょうか。この二つは英語でも異なる概念として認識されています。未来予想はフォーキャスト、未来洞察はフォーサイトといいます。未来予想が、確実性が高い未来をできるだけ確度高く予想することを重視するのに対して、未来洞察はあり得る未来の姿を想定することに活用されます。
ビジネスを取り巻く環境がこれまで以上に不確実になる中、確実性が高い未来を「予想」するだけでは、突発的に発生する想定外の未来の姿に対応できないことがリスクになります。我々がこのことを痛感したのが、新型コロナウイルスによるパンデミック危機です。未知のウイルスの存在にここまで社会経済が揺さぶりをかけられるとは、多くの人々にとって想定外だったのではないでしょうか。
『クリエイティビティとビジネス』という本連載の中で未来洞察のことを取り上げるのは、まさにここにクリエイティビティの力が役に立つためです。ビジネスにおけるクリエイティビティの一つの役割は、一見関係ない要素を新しいパターンでつなぎ、新しい意味や価値を創出することにあります。未来洞察では、この後ご紹介するホライゾン・スキャニングやシナリオといった方法において、このクリエイティビティが発揮されます。
未来洞察の方法論の一つとして知られているのが、ホライゾン・スキャニングと呼ばれる手法です。ホライゾン・スキャニングは、幅広い情報源から未来に影響を及ぼす可能性がある兆し(ウィーク・シグナルズ)を探索するという方法です。ポイントは、幅広い情報源から広く浅く兆しを収集することです。知っている情報や、知らないことは認識しているがまだ情報がないという領域の外にある、知らないことさえ知らなかったような領域にまで探索の範囲を広げられるとよいでしょう。
私自身も普段からこのホライゾン・スキャニングを実践しています。日本語よりも幅広い範囲の情報が得られる英語の情報源を中心に、毎日数百の記事のタイトルにざっと目を通し、気になるものをブックマーク。ブックマークしたものから毎日一つのペースで自分のXのアカウントにコメントを付けて投稿をしています。もう何年もこの習慣を続けているので、Xアカウントの投稿を見返すと未来の兆しのクリッピング集になっています。面白いことに、兆しの一つひとつは小さなものでも、大きなトレンドにつながるものは、断続的に同じテーマのものが現れ、一つのストーリーになっていくのです。
ホライゾン・スキャニングの次に行われることが多いのは、ホライゾン・スキャニングで探索した小さな兆しを束ねて、シナリオをつくることです。シナリオとは、複数のあり得る未来の姿を文章やビジュアルで表現したものです。重要なのは、複数作成することと、起こるかどうかわからないけれど、起こると社会や経済にインパクトをもたらす世界を記述することです。シナリオを作成する上で、もう一つ大切なのは複数の兆しを束ねて、統合的にストーリーをつくることです。
物事を統合的に考えることは、クリエイティビティの重要な要素の一つです。ジェームス・ヤングは世界でもっとも読まれている発想法の書籍の一つである『アイデアのつくり方』(今井茂雄訳、CCCメディアハウス刊)の中で、「アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない」という名言を遺しています。まさに創造とは、要素同士の新しい統合によってなされるのです例えば、スマートフォンもこの統合によって創造された典型例です。スマートフォンは、コンセプトとしては電話とパソコンを統合し、技術としてタッチディスプレイや高速通信などを統合することで生まれたクリエイションです。
シナリオ作成においても、ホライゾン・スキャニングで探索した兆しを用いて、同様の統合を行います。例として、私が普段のホライゾン・スキャニングにおいて見つけた兆しを元にシナリオを検討してみましょう。テーマは「修理(リペア)」です。近年欧米では、サステナビリティを背景に、ユーザー自身が製品の修理を行うことができる権利を担保する法整備が進んでいます。別の兆しとして、フェア・フォンという企業が、部品がモジュール化されていてユーザーが自由に交換できるスマートフォンを販売しています。さらに、ユニクロでは世界中の店舗で修理やリメイクの受付をするようになったという兆しもあります。
こうした兆しを束ねて統合すると、企業が製品を製造して、ユーザーがそれを利用、不要になると廃棄するというこれまでの製品のあり方に代わり、企業はモジュール化された製品を製造して、店舗でそれらの交換や修理を受け付けるようになり、修理を通じたユーザー同士のコミュニティが形成されるというシナリオを想定することができます。もしこのような未来の姿が一般的になったら、メーカーは製品や流通の戦略を大きく変えていく必要があります。ビジネスにおける未来洞察は、これまでにない不確実で複雑な未来において、クリエイティビティを発揮して、起こるかどうかわからないけれど、もし起こったら社会や経済にインパクトをもたらすものを想定し、将来を見据えた戦略策定に活用されるのです。(次回は7月5日号に掲載予定)

岩嵜博論氏(いわさき・ひろのり)
武蔵野美術大学 クリエイティブイノベーション学科 教授/ビジネスデザイナー
博報堂においてマーケティング、ブランディングなどに従事。
2021年より武蔵野美術大学クリエイティブイノベーション学科に着任。
専門はストラテジックデザイン、ビジネスデザインなど。
著書に『デザインとビジネス~創造性を仕事に活かすためのブックガイド』 (日本経済新聞出版)など。
イリノイ工科大学Institute of Design修士課程修了
京都大学経営管理大学院博士後期課程修了、博士(経営科学)。
関連リンク
2024年9月~11月「経営ビジョン構想力向上のためのパーパス経営セミナー(第3期)」
第1回9月20日「パーパス経営とは何か?」 第2回10月11日「未来洞察で社会を探索する」
第3回10月25日「統合思考でパーパスのコンセプトを策定する」 第4回11月15日「ステークホルダーと共創する」
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