CX(顧客体験)とは:DXで重要性が増すCX向上のポイント
昨今、DXとともにバズワードとして、CX(顧客体験/カスタマー・エクスペリエンス)の重要性が指摘されています。本コラムでは、CX(顧客体験)とはそもそも何なのか、なぜ今注目を集めているのか、そしてどのようにデザインし、マネジメントしていけばいいのかについて解説いたします。
※2022年5月9日掲載
CX(顧客体験)とは
昨今、耳にすることが多くなったCXですが、Customer experienceの略語で日本語では一般に「顧客体験」と訳されます。製品/サービスの購入検討段階から利用段階に至る過程において、顧客が企業との様々な接点(顧客接点)で感じる体験を表す言葉として使われています。
しかし、これだけでは漠然としており、CX(顧客体験)の意味するところやその特徴を捉えることは難しいと思われます。では、CX(顧客体験)に込められた意味合いやその特徴とは何なのか、それを紐解く鍵が「経験価値」と呼ばれるマーケティング上の考え方になります。
例えば、私たちがスマートフォンを購入するのは、スマートフォン自体を所有すること以上に、スマートフォンを使って電話やメール、様々なアプリを活用することが主な目的だと思われます。つまり、私たちにとって、スマートフォンという製品そのものよりも、それを使うことで可能となる「経験(もしくは体験)」が重要であり、そこにより高い価値があると言えます。このように、顧客にとっての価値を製品や提供サービスよりも「経験」に着目する考え方を「経験価値」と呼びます。実はCX(顧客体験)で言うところの「体験」は、この「経験価値」で着目する「経験」に由来します(英語ではどちらもExperienceとなり、本コラムでも以降「体験」と「経験」を同義として扱います)。この「経験価値」において着目される「経験」は主に右図の5つの領域にわたります。そのため、CX(顧客体験)における「体験」もこれらの領域に関わる経験と捉えることができます。
さらに、Lemon & Verhoef(2016)によれば、CX(顧客体験)は1回限りの「体験」ではなく、過去の体験が現在の体験に、さらに現在の体験が未来の体験に影響を及ぼす形で時間軸を持っており、この過去~未来のつながりをカスタマー・ジャーニーCustomer Journeyと定義しています。そして、個々のCX(顧客体験)は左図のように、商品/サービスの購買プロセスにおいて、様々な顧客接点(タッチポイント)での顧客行動を通して体験されるものとして描かれています。なお、購買後の顧客の適切な商品/サービス利用を積極的に支援し、次期の顧客体験での継続購買に繋げていく取り組みは「カスタマー・サクセス」と近年呼ばれ、サブスクリプション(継続課金)型の事業モデルにおいて特に重要視されています。
なぜCX(顧客体験)に注目が集まるのか
では、なぜ今CX(顧客体験)の重要性が指摘されているのでしょうか。その背景には3つの環境変化が大きく影響しています。
一つは顧客接点の多様化・複雑化です。現代の企業は従来からのオフラインのチャネル(卸売・小売)・メディア(TV、新聞・雑誌等)に、オンラインのチャネル(直販サイト・ネット通販等)・メディア(Web広告・比較サイト・SNS等)が加わったことで、様々なチャネル・メディアに応じた販促や顧客対応が必要になっています。特に、SNSによる影響は大きく、顧客から顧客への口コミや推奨等は企業側が影響力を与えることが難しくなってきています。そのため、企業側としては、より経営資源や機能を統合して、適切にCX(顧客体験)を向上させていく重要性が高まってきていると言えます。
もう一点は、顧客価値の「コモディティ化」になります。一般的に、顧客価値(顧客にとっての商品/サービスの価値)は、商品/サービスの性能や品質から得られる「機能的価値」と、その商品/サービスのイメージや使用を通して得られる情緒的な側面を表す「感性的価値」に区分されます(「機能的価値」に支えられて高い「感性的価値」が構築されたものがブランドと言えます)。
これまで多くの企業ではブランド構築を目指しつつも、結果として「機能的価値」を中心に製品/サービスの改善・開発が進められてきました。しかし、「機能的価値」は模倣されやすいため、様々な製品/サービスにおいてコモディティ化が進むこととなりました。このコモディティ化から抜け出す差別化の視点として、及び社会全体としてのサービス経済化も相まって、製品/サービスの利用「経験」から得られる価値(=経験価値)に注目が集まるようになりました。その結果、経験価値を創り出すCX(顧客体験)のデザインやマネジメントが重要となってきております。さらに、現在では「経験」の主体は顧客であることから、あくまでも企業側は価値提案を行うに過ぎず、いかに顧客と価値を共創していくか、その工夫や仕組みを構築するかということが顧客価値創造のポイントになりつつあります。
3点目が、コロナ過を通じたDX(デジタル・トランスフォーメーション)の急速な進展が挙げられます。コロナ過を通して、対面での営業活動やサービス提供などが制限され、リモートワークが日常的になってきたことで、オンライン空間での営業やサービス提供の比重が一気に高まってきています。従来はオンライン上の活動を補助的な位置づけとしてきた企業も、リアルとオンラインを織り交ぜたハイブリッドな活動や新しい取り組みが求められ、それらに適応するために社内の様々な仕組みや制度を変革する必要性(=DX)に迫られています。その一環としてまさに顧客接点での変革として、改めて顧客体験を描き直して、提供していく重要性が高まってきております。
CX(顧客体験)をどのようにデザインするか?
では、どのようにCX(顧客体験)の向上を図っていけばいいのでしょうか。その具体的な手段の一つが「カスタマー・ジャーニー・マップCustomer Journey Map」と呼ばれる手法になります。
カスタマー・ジャーニー・マップとは、上述のCustomer Journey上の一部のプロセスに焦点を当てて、顧客の行動と接点、さらに顧客心理の変化や関連する質・量的データを図のように可視化し、各場面や場面間における課題を分析する手法です。既存商品/サービスにおけるCX(顧客体験)の改善から新しい商品/サービスにおけるCX(顧客体験)のデザインまで広く活用することができます。
昨今ではデザイン思考における代表的なツールとして有名ですが、元々は品質管理の考え方をもとに考案されたサービス提供のプロセス・課題を可視化するツールであったサービス・ブループリントService blue-printと、デザイン(もしくはサービス・デザイン)の分野で培われてきたユーザー中心設計の考え方から生まれた方法論であるとされています。このカスタマー・ジャーニー・マップを活用し、様々なチャネル・顧客接点を統合してシームレスなCX(顧客体験)をデザインすることが重要だと言われています。
カスタマー・ジャーニー・マップの描き方
しかし、実際にカスタマー・ジャーニー・マップを描こうとした際に意外に悩ましいのが、書籍やインターネット上で様々なカスタマー・ジャーニー・マップのフォーマットが溢れており、どれを参考に描けばいいのかが分かりづらいといった点が挙げられます。フォーマットによっては、質的・量的データは検討要素に含まれていなかったり、サービス・ブループリントと一体となって、組織内でのプロセスを詳細に検討するものも見受けられます。
結論から述べると、カスタマー・ジャーニー・マップに“正解”といえるフォーマットはありません。ただし、共通する項目としては「場面」「顧客行動」「顧客接点」「顧客の心理(感情)」「課題」等が挙げられます。実務上はこれらの項目に加えて、検討したいテーマ(新規事業の検討、既存サービスの改善など)によって必要な項目を適宜加えていくことが望まれます。
例えば、各場面における顧客体験の強化を意図した場合、各場面における「課題」を単純に挙げるのではなく、その場面における「望ましい顧客体験(の概要)」と「経験価値の種類」、その体験を実現するための「課題」を挙げることで、より尖った形で顧客体験をデザインすることができると期待されます(なお、描くステップや社内での議論の進め方に関しては、加藤(2018)にわかりやすく解説されています)。
望ましいCX(顧客体験)の実現
実際に、カスタマー・ジャーニー・マップを社内で描くと、各場面や場面間の課題を発見することができるとともに、部門間連携の重要性について共通認識を持つことができます。その上で、次に課題となるのが、描いたCX(顧客体験)をどのように実現し、マネジメントしていくかということになります。
望ましいCX(顧客体験)を実現していくためには、リアル・デジタルいずれの商品/サービスにせよ、各接点における望ましい体験(経験価値)の創り込みや改善が必要となります。例えば、接客サービスであれば顧客接点となる従業員のトレーニングやマニュアル整備、モチベーション向上などを図っていく必要があります。もしくは、スマートフォン・アプリと連動した商品等であれば、スマートフォン画面上のUI(ユーザーインターフェース)/UX(ユーザー・エクスペリエンス)の適切な設計・変更等が必要となります。
*UI:Webやアプリの画面構成(より広義にはコンピューター等と人の接触面を指します)
*UX:商品/サービスの利用を通して得られる経験(CXの一部と捉えられます)
この顧客接点における体験の創り込みや改善は、その規模・レベルによってバックヤードの仕組みの構築・変更、必要な人材の採用等も必要となります。さらに、組織としてのビジョンや経営幹部のリーダーシップ等も重要となってきます。つまり、経営全体をシステムとして捉えて、経営自体もデザインしていくことが求められます。この経営全体をシステムとしてデザインしていく方法論を、日本生産性本部が事務局を務める経営品質協議会では「顧客価値経営ガイドライン」として体系化し、各種研修プログラムを提供しております。
「顧客価値経営ガイドライン」の枠組みで自社の経営を振り返る無料簡易診断はこちら
経営全体をシステムとしてデザインしていく「経営デザイン研修」はこちら
CX(顧客体験)のマネジメント
また、顧客体験を創り込んだ上で、意図したどおりのCX(顧客体験)につながっているか、その検証を行い、適切にCX(顧客体験)をマネジメントしていく上で重要になるのがCS調査になります。特に、顧客体験の流れや顧客接点に沿った設問の設計と測定がその後の改善につなげるためのポイントとなります。この点に関しても、日本生産性本部が事務局を務めるサービス産業生産性協議会(SPRING)では、日本最大級の顧客満足度調査JCSIの経験・蓄積を活かして、各社のCX向上に役立つCS調査の実施・分析を支援しております。
さらに一歩進んだCX(顧客体験)の創造に向けて
以上、CX(顧客体験/カスタマーエクスペリエンス)に関して、その定義やなぜ注目を集めるのか、さらにCX(顧客体験)のデザインやマネジメントについてお伝えしてきました。これらの取り組みを行うことで、シームレスなCX(顧客体験)が実現し、継続購買や新規顧客の紹介などに繋がっていくことが期待されます。ただし、従来のCX(顧客体験)の改善や向上によるものが主であり、斬新なCX(顧客体験)が得られる商品/サービスを創造することを目指す場合には、もう一歩踏み込んだ取り組みが求められます。具体的には2種類の方向性があります。
一つは最近注目を集める「アート思考」のトレーニングを通じて、社員個々人の「観察力」を高めていく取り組みが挙げられます。
実際にカスタマー・ジャーニー・マップを描いた経験のある方の中には、思っていたほどには斬新なアイデア等が出てこないとお感じになった方もいらっしゃるかと思います。その背景として、そもそもカスタマー・ジャーニー・マップを描く際には、一定程度以上の顧客理解が前提となります。そのため、デザイン思考では「共感マップ」と呼ばれる顧客観察の着眼点を併用したり、斬新な着眼点を得るためにエクストリーム・ユーザーと呼ばれる特徴的な顧客の観察が推奨されています。ただし、観察力が不足していると、「共感マップ」を活用したり、エクストリーム・ユーザーを観察しても、なかなか優れた洞察を得ることが難しいと言えます(逆に、この観察力の違いこそが、デザイナーやクリエイターがクリエイティブたる所以かもしれません)。
そこで、この観察力を高める目的で、一見、ビジネスとは関係のない芸術作品を鑑賞したり、デッサンや造形を通じて、先入観や固定観念なく自分の眼で純粋に“観る力(観察力)”を養う「アート思考」に注目が集まりつつあります。
もう一つの方向性としては、顧客との「価値共創」を設計していくことが挙げられます。近年のマーケティングやサービス学では、前述の通り「経験」の主体は顧客であることから、顧客価値は企業と顧客の双方が共創していくものだと考えられるようになってきています(専門的にはサービス・ドミナント・ロジックという考え方になります)。この考え方を拠り所として、顧客と価値を共創していくための工夫や仕組みを構築していくことで、従来の発想では生まれなかった顧客価値、および顧客体験の創造が期待されます。この「価値共創」に関しても、SPRINGでは日本サービス大賞の受賞事例の蓄積・研究を活かして研修プログラムとして体系化を進め、提供しております。
ぜひ「アート思考」による観察力の底上げや「価値共創」の設計も視野に入れて、自社のCX(顧客体験/カスタマーエクスペリエンス)向上について、検討していくことをお勧めいたします。
参考文献:
Katherine N. Lemon & Peter C. Verhoef, (2016). Understanding Customer Experience Throughout the Customer Journey, Journal of Marketing AMA/MSI Special Issue Vol.80: 69-96.
池尾恭一・青木幸弘・南知恵子・井上哲浩『マーケティング』有斐閣, 2010.
武山正直「サービスデザインと視覚化の技法」『慶應義塾大学日吉紀要.社会科学』23, 15-35, 2012.
山口周『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』光文社, 2017.
加藤希尊『はじめてのカスタマージャーニーマップワークショップ』翔泳社,2018.
※本コラムは、現状で信頼できると考えられる各種資料・判例に基づいて作成されていますが、その正確性、完全性を保証するものではありません。また、本コラムは筆者の見解に基づき作成されたものであり、当本部の統一的な見解を示すものではありません。
-
-
日本生産性本部では、顧客体験の向上に関わる各種研修・コンサルティング、CS調査に関するご相談も実施しております。ご希望の際には以下のお問い合わせよりご依頼ください。
筆者略歴
小林 秀行(こばやし・ひでゆき)
日本生産性本部 顧客価値創造センター プロジェクト・マネージャー大学卒業後、日本生産性本部に入職。経営品質の向上支援、経営幹部を対象にした研修(主に戦略・財務領域)の企画・運営、新規事業開発等に従事。経済学修士。INSEAD DVBA Programme修了
-
お問い合わせ先
公益財団法人日本生産性本部 コンサルティング部
WEBからのお問い合わせ
電話またはFAXでのお問い合わせ
- TEL:03-3511-4060
- FAX:03-3511-4052
- ※営業時間 平日 9:30-17:30
(時間外のFAX、メール等でのご連絡は翌営業日のお取り扱いとなります)