企業経営の新視点~生産性の日米独ベンチマーキングからの学び⑤

第5回 コロナ禍における企業経営と雇用を考える

コロナ禍で雇用情勢は悪化する一方だ。ウイルス感染拡大の収束がみえないなかで、雇用を守るために企業経営はどうあるべきか。海外と日本の状況を比較しながら、考察したい。

世界的な失業率の上昇


新型コロナウイルス感染が世界的に拡大し、社会・経済活動が停滞する中、失業率は上昇傾向にあり、労働時間も大きく減少している。国際労働機関(ILO)は2020年4月~6月期の世界の労働時間が2019年10月~12月に比べ10.7%減少したと発表した。

米国における失業率は、ロックダウンが続いた4月には14.7%とリーマンショックを超える高水準となり、経済活動が段階的に再開している7月時点でも10.2%となった 。また、日本生産性本部が連携する米国ブルッキングス研究所 (以下BK)が給与データを分析したところ、4月下旬時点で賃金水準の下位5分の1の労働者のうち37%が失業状態にあったという。上位5分の1の労働者では9%であり、その差は歴然としている。さらに米国では、低賃金労働者や特定の人種グループに感染が集中しているとのデータもあり、これらの層の感染拡大防止と失業問題の解決は喫緊かつ重大な問題となっている。

一方、日本の2020年4月~6月期実質GDP成長率はマイナス7.8%、年率換算ではマイナス27.8%と大きく落ち込んだ。財務省法人企業統計(1月~3月期)によれば、売上は前年同期比で全産業では7.5%落ち込み、サービス業は13.3%減となった。製造業では輸送用機械が特に影響が大きく、売上6.2%減、経常利益マイナス58.7%と大幅減となった。経済情勢が厳しい中、日本の6月の完全失業率は2.8%と、これまでの2%台前半から上昇傾向が続く(下図参照)。 6月の有効求人倍率は1.1倍と低下し続け、雇用情勢がさらに悪化することも予測される。また、休業者は、4月には597万人まで急増し、6月時点で236万人いる。雇用調整助成金制度の課題もある中、「隠れた失業者」の存在にも注視が必要だ。

※総務省統計局データより作成

コロナ禍における雇用の維持拡大に向けた方策


さらなる状況の悪化を回避するために、企業には何ができるだろうか。BKが7月に発表した記事「Reopening America: Three ways to preserve jobs (アメリカを再稼働する:雇用を維持する三つの方法)」は、労働者の雇用維持がより早い経済回復に繋がると論じている。企業にとっては、雇用維持によって従業員を新たに雇用・教育するコストを抑えることが可能だからだ。この記事では雇用を維持する方法としてワークシェアリングと従業員シェアを取り上げている。日本の状況と比較しながらみていきたい。


ワークシェアリング

米国や欧州のワークシェアリングは、従業員の勤務時間を短縮しながらも従業員の給料を大幅に削減することはせず、その補填を政府が行っている。リーマンショック後、欧州諸国で広く活用され、米国でもコロナ禍の雇用支援策として、政府が同制度の拡充や整備のための資金を確保している。日本における雇用調整助成金と同じく、雇用維持の重要政策である一方、緊急避難的措置でもあり、記事でも「ワークシェアリングに長期間依存すればゾンビ企業を生む」と警鐘を鳴らしている。

日本では、ワークシェアリングは厚生労働省によって「短時間勤務や隔日勤務など、多様な働き方の選択肢を拡大することについて社会全体で取り組む」ものとして位置づけられており、欧米における支援制度とは異なる。日本生産性本部が7月に実施した「第2回働く人の意識調査」 で雇用維持策の一環としてワークシェアリングに対する考えを聞いたところ、「給与を減らしてでも雇用を維持するべきだ」が40.5%である一方、「給与は減らさず、雇用を削減するべきだ」が19.5%、「わからない」と回答した割合が39.5%であり、ワークシェアリングを是認する人は半数以下だった。また、是認する割合は、勤務先への信頼度と正比例する傾向が見られた。 日本におけるワークシェアリングは政府に財政的に依存するものでもなく、不況下での失業を抑え、雇用維持に寄与するものと考えられるが、調査からは働く人が必ずしも積極的ではないことが窺え、労使での十分かつ迅速な協議が必要だ。

※「第2回働く人の意識調査」より

従業員シェア

「世界経営者意識調査『ポストコロナの世界と企業経営』」の設問「新型コロナウイルス感染症のパンデミックによる長期的な影響や変化のうち最も重要なこと:人的資本管理(従業員/人材)」に対する日本のCEOの回答 (最大3つまで選択可)

米国では、その他の有効な手段として、一時帰休となった労働者を人手の足りない他の企業とマッチングさせる、従業員シェアが活用されている。記事では米国の大手百貨店・メイシーズが休業とした従業員を、大手小売のウォルマートが一時的労働力として活用する事例が紹介されている。中国のアリババグループのスーパーマーケット盒馬鮮生や、大手小売の盒馬、蘇寧でも同様の取り組みが行われている。BKの記事では「従業員シェアが、労働者がフルタイムの雇用を手にし、企業は需要に応じて従業員の増減の調整を臨機応変に行う、新たな形の雇用策となること」が理想だとしている。

日本でも、緊急事態宣言下において多くのサービス業が休業を余儀なくされた際に、同様の動きが見られた。レジャーサイトを運営するアソビューは、従業員が在籍したまま、人材不足に悩む他の業種に1年間出向する仕組みを構築した。また、全国で「塚田農場」等の居酒屋チェーンを運営するエー・ピーカンパニーは、休業とした従業員を、需要が拡大する小売業等に派遣した。同社は、従業員の休業を解消するだけでなく、従業員が他業種で学び、新しい視点や価値を持ち帰ることを期待しているという。

当本部が米国の連携先であるコンファレンスボードと協働して行った世界経営幹部意識調査(C-Suite Challenge)「ポストコロナの世界と企業経営」では 、日本の経営者も世界の経営者と同様、新しい働き方の採用、フレキシブルな労働力の活用を重視しているという結果となった(右図参照)。これは、日本企業がコロナ禍の苦境を通じ、新たな雇用の在り方を模索しようとする意識のあらわれとみられる。企業は、雇用を守るためにも、従業員の新たな働き方について検討することを迫られている。

コロナ禍でも、コロナ後でも価値創造を担う人材育成を


ワークシェアリングも従業員シェアも、コロナ禍において一定の雇用維持の効果が期待できる。また、従業員の需給調整や、労働力の補充といった一時的な策にとどまらず、従業員の他業種での経験は従業員の学びや気づきに結びつき、それにより新たな付加価値の創造や、業種を超えた人材交流が生む新たなイノベーションに繋げることができるだろう。

企業にとっては、短期的にはコロナ禍における生き残りが喫緊の課題となるが、中長期的には持続可能な社会を構築するための重要なプレイヤーとして、失業率の上昇を抑制し、格差拡大による社会の分断を阻止することが求められる。雇用を維持し、新たな付加価値を創造する人材を育成していくことは、コロナ禍でも、コロナ後においても企業の責任である。


(日本生産性本部 グローバルマネジメント・センター 寺西 菜緒 他)

関連するコラム・寄稿