企業経営の新視点~生産性の日米独ベンチマーキングからの学び⑨

第9回 物流業界の生産性向上図る

木川眞・ヤマトホールディングス特別顧問(ヤマトグループ総合研究所理事長)は、生産性新聞の連載企画「企業経営の新視点」のインタビューにおいて、物流における産業基盤として世界の潮流になっている「フィジカルインターネット」を日本で普及させることで、業界全体の生産性を向上させていくことが重要だと強調した。また、人材育成やデジタル化などによる生産性向上の必要性も指摘した。

経営改革は自前主義の脱却から


木川 眞 ヤマトホールディングス特別顧問/
ヤマトグループ総合研究所理事長

経営改革を進めるためには、自社のみならず、他社、他業界、産学官などと連携して、新しいビジネスモデルの構築や、業務プロセスの革新を実行することが求められるが、そうした連携を図っていくためには、日本企業の持つ自前主義からの脱却がポイントだと木川氏は指摘する。

「日本の自前主義は世界に冠たるものだが、高度成長期を支えた日本の雇用制度が、新しい時代に合うような形でうまく変化できず、人材が流動化しなかった。デジタル時代に合った人をどう増やしていくか。これは一企業だけで取り組む課題ではないが、まずは人の流動化をうまく進めることだ。そのためには、思い切った人事制度や雇用のあり方の変革、さらに今、日本は人口減少社会に入っているので、外国人の雇用まで含めて、日本人だけの雇用制度をどう作るかというよりは、グローバルに通用する制度をうまく作りながら、新しい人材を高度化させる。そのための努力を企業が行い、国もまたサポートすることが重要だ」。


世界の潮流となっている「フィジカルインターネット」


ヤマトグループはフィジカルインターネットの先駆者であるジョージア工科大学と覚書を締結し、取り組みを進めている(2019年9月3日撮影)

物流業界における連携の取り組みとして、世界の物流の潮流となっているのが、物流事業もオープンプラットフォーム化して、各社が余分な投資をせず、お互いに経営資源を使い合って、インターネットでデータを運ぶようにモノを運ぶ「フィジカルインターネット」。木川氏は、それを日本で普及させる取り組みを行っている。

「運輸業が製造業と比べて生産性が低いのは世界中共通しているが、なぜ日本ではそれがより低く、追い付けないのかというと、デジタル技術に対して、しっかり取り組んでいけるだけの産業基盤や産業構造がないからだ」という。

「社数でみると、日本のトラック事業者のほとんどが中小事業者であり、大手のトラック事業者も中小事業者の支えによって事業が成立しているのが現実である。そうした中小事業者が、ドライバーを抱えながら、自分たちで必要な投資をして、人を雇い、拠点を作り、それぞれが独自のネットワークを作り、自分たちだけで使っていることが、業界全体の生産性を上げられない原因だ」と指摘したうえで、「フィジカルインターネットに踏み出すことによって、社会の共通認識にもなっているドライバー不足への対応にもなるし、何よりも業界全体の生産性が向上する」とそのメリットを強調する。

「フィジカルインターネット」のねらいについては、「デジタルデータを活用した物流の効率化だけでなく、プラットフォーム的にリアルのネットワークや人的経営資源をオープン化し、共有化する。その両方で、デジタルとフィジカルの融合を実現することによって物流の世界で生産性を上げ、適正利益を上げ、そしてその成果の一部をあまねく全ての日本の産業にお返しする、ということを目指し始めた」と語る。


サービス品質を見直すきっかけになった宅配クライシス


近年、物流業界では、Eコマースの需要拡大に伴い、個人向けの宅配荷物量が急増して、配送する側の運送会社の体制が追い付かず、サービス水準の維持が難しくなり、従業員の人手不足に陥るといった問題が起こった。これは、「物流クライシス」「宅配クライシス」と呼ばれている。

それについて木川氏は、「それぞれの事業者が、一生懸命人を増やして、車両も増やして、ネットワークも強化して、我々の成長を支えてくれるはずのEコマース需要を取り込んでいこうと取り組みを進めてきた。しかし、それを上回るスピードでEコマースが伸びてきて、『宅配クライシス』が起こった。我々は、経営者として、そういう将来の姿を描きながら対応してきたはずだが、それを上回る世界の潮流についていけなかった。もっとデジタル技術を使って、省力化のための投資をしたり、仕事のやり方を変えたりすればよかったという反省がある」と述べた。

一方で、宅配クライシスは、サービス品質を見直すきっかけになったという。

「サービス水準を引き上げるのではなく、最適なサービス、つまりお客様が望んでいるレベルでのサービスを複数用意する。昨年開始したEAZYは、対面でのお届けに限らず、『玄関ドア前』『車庫』『自転車のかご』など多様な受け取り方を、受け取る直前まで何度でも変更、ご指定いただけるサービスとなっており、そういうことに初めて取り組んだ、画期的な取り組みだった。かつ、これは大事なことだが、付加価値生産性を上げるためには、生産性の式でいうと、分子の部分を上げないといけない。つまりサービスに対する適正な対価をいただく。配達料無料キャンペーンというのは『ちょっとこれはやりすぎでしょう』ということを初めて言えるようになった」と語る。


付加価値を高め、生産性を向上


DX(デジタルトランスフォーメーション)時代におけるサービス産業の生産性向上については、「サービスの水準を下げるのではなくて、お客様のニーズに合わせていろいろなバリエーションを持つ方向に変わったが、問題はそこから後だ。品質を上げたいというモチベーションの高い社員をたくさん増やさなければならない。ロボット化や自動運転で仕事を楽にする、あるいは人がやる仕事をなくすということだけでは、決してサービス産業は成長しない。機械に使われる人材を増やすのではなく、デジタル化戦略の中で、機械、AIといった技術を使いこなせる人材をいかに増やすかということになる。差別化されたところは、徹底的に適正なプライシングメカニズムによって生産性を上げ、単純労働に近いようなところは、できるだけ仕事のやり方を変えていく。働き方改革を行うことによって、労働時間を減らし、時間当たりの生産性を上げるという方法も必要だ。一方で、機械化によって人が要らなくなる部分は間違いなく我々の業界にもある。そこで要らなくなった人を外すのではなく、そういう人たちを新しい仕事領域に転換できる仕組みを用意しておくことが重要だ」と語る。


サービス産業の新たな戦略


また、サービス産業の新たな戦略については、「物流における新しい仕事領域とは、やはりそれはデジタルデータを十分に活用できる領域で、広く言えばマーケティング。デジタルデータを活用してお客様のニーズを徹底的に捉えながらやるという、GAFAなどがやっているような、サービスを提供するプラットフォームであると同時に、そこに膨大に存在するデータをデータベース化して、デジタルデータとして活用しながら、新しい情報のプラットフォーマーになるというもの。その両輪をうまく回しながら、全体の付加価値を上げていき、雇用吸収力も引き続き高めていく戦略を、サービス産業全体で構築しなければならない」と強調した。

(日本生産性本部 国際連携室)

*2020年11月25日取材。所属・役職は取材当時。

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