論争「生産性白書」:【語る】坂田 幸治 電力総連会長

全国電力関連産業労働組合総連合(電力総連)の坂田幸治会長は、生産性新聞のインタビューに応じ、生産性白書でも掲げられている生産性運動三原則をベースにした労使交渉を通じ、中小組合の労働条件の改善を促す形での「格差是正」を進めていく考えを示した。また、カーボンニュートラルの実現を目指す動きをきっかけにした産業構造の大変革に備え、産業の垣根を越えた新たな対話の場を構築する必要性を提起した。

三原則実践で「格差是正」を 産業の垣根越えた対話の場を提起

坂田幸治 電力総連会長
坂田氏は生産性運動三原則に関し、「白書の中でも確認しているように、三原則の今日的な意義の重要性は増している。電力総連が策定している春闘方針の骨子は生産性運動三原則に基づいている」と述べた。

電力総連が、大手電力の労使交渉で力を入れている取り組みが「格差是正」だ。電力自由化時代に入ってから、電力間や異業種を含めた競争が激しくなっており、とりわけ大手と中小組合との間に待遇の格差が広がりやすい傾向にある。

賃金に関しては、「電力総連ミニマム水準」や「目標水準」など、目指すべき賃金水準を提示した上での労使交渉を促してきた。「賃金水準の指標を示したことで、労使が協議交渉するための土台を作ることになり、公正な配分につながっていく道筋ができつつある」(坂田氏)。

経済界・労働界の代表、関係閣僚でつくる「未来を拓くパートナーシップ構築推進会議」が打ち出した「パートナーシップ構築宣言」に対しては、労働組合側から積極的に働きかけ、電力会社の宣言を後押しした。


電力会社によるパートナーシップ構築宣言は、電力業界におけるサプライチェーン全体での取引適正化を広げるのが目的だ。坂田氏は「宣言で終わるのではなく、公正取引につなげ、適正工期を実現させていけば、組合員のワークライフバランスにも一定の効果がある」と話す。

また、電力自由化に伴う競争環境の激化で、電力各社の経営の独自性が強まっている。そのため、経営力の優劣や経営環境への対応により、各社の収支にも差が生じて、労使交渉の成否にも影響する可能性が高まっている。

電力業界で働く人たちは、大規模な自然災害が発生すれば、全国から被災地に駆けつけ、力を合わせて復旧作業に取り組むことが求められる。このため、労働条件に大きく差が出てしまうことは避けなければならないという側面もある。

坂田氏は「経営が厳しい時には、要求ができない組合も出てくるが、個社の収支だけで判断するのではなく、しっかりと労使で交渉し、適正な配分を求めていくことが重要だ。組合が現場の意見を経営に伝え、経営が状況を説明するという対話を重ねることで、現場の納得感は高まり、生産性も向上し、雇用の維持拡大にも通じる」と話す。

一方、脱炭素化へ向けた取り組みが加速することにより、産業構造が大きく変化することが予想されている。坂田氏は「本気で実現を目指すならば、原子力発電の活用拡大の議論は避けて通れない」と指摘した。

さらに、「産業の垣根を越えた連携がますます重要になるはずで、連合・経団連という枠組みをブレークダウンした、関連業界での労使対話の場を設けることが有効だ」と述べた。

(以下インタビュー詳細)

働く人のエンゲージメント向上が重要 電力の安定供給の実現が最優先

政府は、2050年のカーボンニュートラル実現を目指す方針を示したのに続き、2030年度までに温室効果ガスを13年度比46%削減するという新たな目標も表明した。現在、国の審議会において、第6次エネルギー基本計画の策定にむけた議論が行われているが、こうした目標達成のためには、再生可能エネルギーの拡大を軸にすることを念頭に検討が進められているようだ。

しかし、2030年という短い時間軸を考えれば、この目標は極めてハードルの高い野心的な目標と言わざるを得ない。電力総連としては、短い時間軸での目標達成にチャレンジするためには、再エネの拡大のみならず、原子力発電の活用拡大の議論は避けて通れないと考えている。

総合資源エネルギー調査会の原子力小委員会に専門委員として参加した。そこでも、このまま原子力の再稼働が進まない状況が続けば、原子力を支える人材や技術・技能の継承に支障が出る恐れがあると申し上げた。

東京電力の福島第一原子力発電所事故は大変大きな事故であり、原子力発電所の再稼働を進めるには、安全確保が大前提になることは言うまでもなく、しっかりと取り組んでいかなければならない。

一方で、モジュール型の小型原子力発電所など新たな技術も日本のメーカーによって開発されており、より安全性が高く、効率的な原子力発電のあり方も検討課題だ。こうしたことで、日本の技術力を世界に示し、経済、産業に活力を与え、生産性向上にもつながっていくと考えている。

しかし残念ながら、東京電力柏崎刈羽原子力発電所(新潟県)で、発電所社員が他の社員のIDカードを無断で持ち出し、中央制御室まで不正に入室する事案が発覚した。核物質防護設備の機能の一部が喪失し、複数個所において不正侵入を検知できない可能性がある状態になっていたことも明らかになった。

これらは東京電力だけの問題にとどまらず、日本の原子力全体に対する信用・信頼を大きく毀損してしまった。核セキュリティに関わる問題なので、現場には守秘義務がある。労働組合として現場実態を把握するべきだったが、現実には難しかった。

東日本大震災以降、地震や津波などの自然災害については労使で議論され、しっかりと対策が講じられている。これに対し、テロに備えたセキュリティ対策については、強い懸念や危機感を持つまでには至っていないことは、大いに反省しなければならない。

原子力発電施設等に対するテロは、日本社会の安全を脅かすことはもちろん、組合員の生命に関わる問題でもある。労働組合としても、労使をあげて対策を講じていく必要がある。デジタル技術等のあらゆる方策を十分に活用して、保安体制のさらなる強化・拡充をしていくべきだろう。

インフラ維持への理解を


東京五輪の開会式で、エッセンシャルワーカーを称える演出が行われた。その中で、東電パワーグリッドで働く組合員が1人参加した。電力関連で働く多くの組合員が、報われた気持ちになったのではないか。

新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、医療現場で働く人たちには多くの称賛の声が寄せられている。当然のことだ。これに対し、電力をはじめ生活に欠かせないインフラを守っている人たちの頑張りへの理解は、まだ十分とは言えない。

特に、電気は「使えて当たり前」と理解されている。ただ、その「当たり前」をいかに守るかについて、現場は相当な苦労を重ねている。

ひとたび自然災害が発生し、設備に被害が出れば、当たり前のように使っていた電気が使えなくなり、現場は早期にその「当たり前」を取り戻すために全力で復旧作業にあたる。被災された方から「電気を使えるようにしてくれてありがとう」と感謝されることが、現場で働く者たちのエンゲージメント向上につながっている。

だからこそ、私たち労働組合は、現場で働く人たちの作業安全の確保と、その働きの価値に見合う処遇・労働条件を作っていくことが重要だ。

連合は、コロナ禍で働くエッセンシャルワーカーの処遇が、必ずしも働きの価値に見合ったものになっていないという課題を提起し、改善を求めている。電力総連の中小組合の中にも、賃金水準が社会水準に到達していない組合も少なくない。また建設現場などでは、依然として長時間労働が改善されていないケースも散見されている。

一定期間の猶予が与えられていた建設業の労働時間の上限規制については、2024年4月から施行される。電力総連としては上限規制に留まることなく、さらなる働き方の改善・改革を進めていく必要があると思っている。そのことが働き手のエンゲージメントを高めることにつながるからだ。

ここ数年成果を上げてきた「電力総連ミニマム水準」や「目標水準」など、目指すべき賃金水準の実現にこだわった取り組みを継続・定着させることで、「格差是正」を積極的に推進する。300人以下の加盟組合における賃金水準は社会水準を下回る状況にあり、社会機能の維持を担う者にふさわしい賃金水準を確保することで、電力関連産業の持続的な発展に不可欠な人材の維持・確保につながるよう取り組みを強化する。

高まる冬の電力不足懸念


昨年末から年始にかけ、断続的な寒波により電力需要が大幅に増加する中、悪天候による太陽光発電量の伸び悩みや、コロナ禍等の影響でLNGの調達ができないために火力発電所の稼働に支障が出るなど複数の要因が重なり、いつブラックアウトが起きてもおかしくない危機的な状況に陥った。

この状況が一時的なものなのかというと、そうではない。今冬においても中国のLNG需要の高まりなどから、電力供給力が確保できない状況になるのではないかとの懸念が高まっている。

現在の主力電源はLNG火力と石炭火力であるが、LNGの調達コストの上昇や石炭火力の発電効率目標が43%に引き上げられる等、極めて難しい状況にある。石炭火力の既存設備でこの規制をクリアしているものはごくわずかだ。脱炭素の観点から石炭火力を止めろと言われても、供給力の確保が難しくなり、現実的ではない。

石炭火力で働く人たちの意見を聞く機会があった。石炭火力は太陽光発電の調整電源として機能しているという。いわゆる「非効率」と指摘される小規模の石炭火力設備だが、「非効率」という理由だけで簡単に切り捨ててしまうと、再エネの活用も進まなくなってしまうと語っていた。

リプレースして高効率化すればいいという意見もあるが、その場合は大型化になり、ベース電源として活用できても再エネに対する調整電源としての役割を最大限発揮できなくなる側面もある。

水素やアンモニア、CCUSを活用したカーボンフリー電力の開発も進められているが、技術面や安全面、コスト面等でクリアしなければならない課題も多い。

安定供給のための電源をどうバランスさせていくかは大きな課題である。



*2021年8月5日取材。所属・役職は取材当時。

関連するコラム・寄稿