実践「生産性改革」:サイエンスアーツ 「バディコム」と様々なモノをつなぐ

現場で働く人たちのコミュニケーションアプリ「Buddycom(バディコム)」が日本生産性本部サービス産業生産性協議会(SPRING)「日本のサービスイノベーション2022」に選定されたサイエンスアーツの平岡秀一 代表取締役社長は、「実践『生産性改革』」のインタビューに応じた。働く現場のDXを後押ししているバディコムについて、監視カメラやドローン、介護用ベッドなどあらゆるモノをつなぐことで、音声を軸としたコミュニケーションの次なる革新の実現に意欲を示した。

現場のコミュニケーションを革新

平岡秀一 サイエンスアーツ代表取締役社長

間下氏は「日本企業の優秀な人材の一人当たりの生産性は海外と比べても高い。平均的に労働者もよく働くし、時間も守るし、サボらない。1円あたりの生産量で比べても引けを取らない。それなのに、国際比較では日本企業の生産性が低迷を続けている原因を考えなければならない」と話す。

机の前に座らない最前線で活躍する労働者のことをデスクレスワーカー(ノンデスクワーカー)と呼ぶ。農業、教育、ヘルスケア、小売、製造、輸送、建設など様々な産業に従事し、世界の労働人口の80%(27億人)を占める。

現場労働の生産性向上に寄与する有効なテクノロジーが提供されにくい状態が続いており、多くの企業が現場のDXの必要性を課題に挙げてきた。そうしたなか、コミュニケーション手段として活用されてきた無線機や電話に置き換わるアプリ「バディコム」の登場で、「多くの産業の現場作業にイノベーションが起こっている」(平岡氏)という。

バディコムはトランシーバーやインカムを超える機能を持つコミュニケーションアプリで、業務利用での音声グループ通話や映像中継、AIなど多彩な機能を持つ。スマートフォンやタブレットなどの情報端末にダウンロードして使う。音声テキスト化や翻訳機能を備え、外国人とのコミュニケーションやグループ通話、企業間通信などがスムーズに行える。

バディコムを活用し、多くのサービス業や製造業の現場がDXを実現している。ある鉄道会社では、乗務員室に設置された電話で行っていた車掌への情報伝達をバディコムに切り替えた。電話では巡回などで不在の時に留守録に伝達内容を残すしかなかったが、バディコムのグループ通話を活用することで、不在時も音声テキスト化できるなど、いち早く乗務員に伝達できるようになった。

また、小売店では、長時間、高額商品売り場に滞留している買い物客を特定し、店員が声をかけることで、成約率を大幅に引き上げたケースがある。アミューズメント施設では、顔認証のカメラとつなぐことで、常連客が来店した情報がスタッフ全員に届き、「○○さんいらっしゃいませ」と声をかけるなどホスピタリティの向上にも一役買っている。

このほか、バディコムとセンサー・介護用ベッドをつなぐことによって、介護者が現場で仕事をしている最中でも、「△号室の〇〇さんが起き上がりました」などと音声通知が入ることで、被介護者の状況を把握し、事故を防ぐことができる。

ユーザー数やグループ数の制限なしに、複数の通話ができる機能や現場の状況を動画で把握できる機能を活用したり、ドローンとつないだりすることによって、災害対策や消防、警備などの用途にも活用されている。

平岡氏は「現場のDXの余地はまだ多くある。ありとあらゆるモノやテクノロジーを、音声を軸にしたコミュニケーションツールのバディコムとつなぐことで、潜在的なニーズを掘り起こしていきたい」と意欲を示した。


(以下インタビュー詳細)

1億超の国民全員カバーも可能 潜在ニーズ、成長の余地無限
平岡秀一 サイエンスアーツ代表取締役社長インタビュー

平岡氏は大手電機メーカーのプログラマーとして、銀行や証券向けの勘定系システムを手掛けた。勘定系システムは性能が命で、証券では1秒で売り上げが変わってしまう。厳しい世界で培ったノウハウを生かし、魅力あるソフトウェアを作りたいと思って起業した。当初は資金が乏しく、コンサルティング事業で稼いだ。自転車操業で大変な思いもしたが、ある事業で成功し、まとまったキャッシュが手に入った。今と違ってベンチャーに積極的に出資しようという空気は薄く、チャンスを逃すまいと、手にした資金を元手にソフトウェア開発に乗り出した。

バディコムは、デジタル技術を活用し、音声に加え、写真、映像、テキスト、位置情報などでコミュニケーションできる環境を提供し、音声などの情報を同一グループ内のメンバーの端末に一斉送信できる機能を持つ。

トランシーバーやインカムなどの音声通話に頼っていた現場の仕事が、音声のテキスト化や映像の機能を加えることで、コミュニケーションの質が飛躍的に上がる。多くのお客様から「生産性が向上した」と満足していただいている。

デロイトトーマツミック経済研究所が調査した「現場DXをホリゾンタルに展開するデスクレスSaaS市場の実態と展望2023年度版」において、音声(映像)コミュニケーションツール出荷数(ノンデスクワーカー向け)3年連続シェアナンバーワンに認定された。

災害現場のDXにも効果的


バディコムは1グループあたり2,000ユーザーの同時発信を検証済みだが、通話人数は理論的には無制限で、サーバーを増やせば、1億超の日本国民をカバーすることもできる。こうした機能を生かし、行政のDXにも貢献したい。

このほど、バディコムは、三菱総合研究所が総務省の請負事業の一環として行う「日本の公共安全LTEの実現に向けた実証試験」における「PS-LTE実証用アプリケーション」に採択された。

台風やゲリラ豪雨などといった異常気象に伴う河川氾濫、土砂災害などが毎年のように全国各地で発生し、大きな被害が発生している。災害発生時に、各防災関係機関が、被災現場の画像や映像情報などを共有しながら連携して対応にあたることが必要不可欠だ。

諸外国では、消防、警察など、公共安全業務を担う機関において、「公共安全LTE」の検討・実用化が進められており、災害の多い日本でも同様の取り組みが必要だ。

バディコムはこれまで、北海道庁、新潟県庁、長野県企業局、北九州市交通局、柏市消防局など様々な自治体で利用いただいている。「公共安全LTE」の実証実験を通じて、より多様なネットワーク環境でのサービス提供の実現や各防災関係機関における情報共有・業務連絡の円滑化に貢献していきたい。

サイエンスアーツのソフトウェアは、自社開発にこだわっている。メーカーとして、自分が勤める会社の製品を設計するのと、他社から注文を受けて設計するのとでは、仕事に対する思い入れが違う。浪花節と言われるかもしれないが、開発に対する気持ちの入り方を大事にするエンジニアは多い。デジタル人材の採用が難しいと言われる中で、サイエンスアーツは開発人材の採用が順調だ。

その一方で、製品の販売や料金回収は代理店やパートナー企業を通じて行っている。「直販をすれば、もっともうかるのに」と言われるが、スマートフォンの販売ルートを持っているパートナーに任せたほうが、パートナーももうかるし、当社も39人の少数精鋭体制ながら、最大の成果を上げることができている。餅は餅屋に任せ、利益をシェアするやり方を徹底したことで、この技術を広げたいという仲間が増え、販売数も増えている。

営業は、パートナーセールス部隊とダイレクトセールス部隊の二つの部隊に分けている。ユーザー企業からのお金の回収は必ずパートナー企業が行い、パートナーセールス部隊はパートナーからお金を回収する。ダイレクトセールス部隊は直販するわけではなく、パートナーとユーザー企業の定例ミーティングに参加して、顧客のニーズをくみ取っている。

生産性向上のためには、企業経営者は「あきらめずに理想を追うこと」が重要だ。資金が枯渇して、くじけそうになったことも多々あったが、自分が描いた理想を信じて、追い続けることで道が開けた。

開発は「自前」にこだわり、販売は直販ではなくパートナーと共創する。この形を実現するためには、まずは大手企業のお客様やパートナーを獲得することが何よりも重要だった。

確実にキャッシュを手にしようと思えば、中堅・中小企業市場から攻めるほうが無難だが、長い目で見ればコストがかさむ。最初は辛いが、大手のお客様やパートナーを獲得することができれば、それをきっかけに、ビジネスが大きく広がる。その上、彼らが持っているチェーン網や販売ルートを使って、手がかかる料金の回収などを任せることも可能だ。

「大手企業の仕事を獲得できなければ、中堅・中小企業を取ることも難しい」と信じて、初志貫徹した。運が良かっただけかもしれないが、理想を曲げずにやり切ったことで、ビジネスの歯車が回り始め、成長軌道に乗っている。

使いやすさで海外勢を圧倒

バディコムと同様のサービスは、米国を中心に発展しており、米大手が先行している。米大手が日本市場に参入してきたとき、脅威に感じたが、多彩な機能とコストパフォーマンスでバディコムが圧倒したと自負している。

米国勢の製品と比べた競争優位性は、多彩な機能とコストパフォーマンスだけでなく、使いやすさがある。スーパーや警備などの現場で働く人たちは60歳を超えた高齢者も多く、ボタンを押すだけで使える直感的な操作性が喜ばれている。

オフィスワーカーとデスクレスワーカーの環境の違いを考えると分かりやすい。リモートワークの環境下で使われるようになったウェブ会議システムのようなアプリケーションは現場には不向きだ。オフィスの中と違って、現場の環境は予測しにくく、手がふさがっている場合もある。簡単に使えて、音声や映像もクリアなものを提供しなければならない。

バディコムに対する潜在的なニーズは大きく、これからまだまだ成長の余地があると考えている。

サイエンスアーツの社員がバディコムをスキーのゲレンデで使って、とても便利だったという。スキーやスノボを楽しんでいると、LINEなどのスマートフォンの通信アプリで連絡を取るのは難しい。バディコムの音声のグループ通話や地図機能を使ってコミュニケーションすれば、誰がどこで滑っているかが一目瞭然で、友達との連絡を取りやすかったと聞く。

バディコムの商流が大手企業から中堅・中小企業のマーケットへと拡大していくその先に、コンシューマーマーケットも視野に入ってくるだろう。

今は国内市場で展開しているが、将来は海外向けに打って出ることも検討したい。



*2023年10月18日取材。所属・役職は取材当時。

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