論争「生産性白書」:【語る】髙倉 明 自動車総連会長

自動車総連(全日本自動車産業労働組合総連合会)の髙倉明会長は生産性新聞のインタビューに応じ、日本生産性本部が初めて発刊した生産性白書について、「新型コロナウイルスの感染拡大などの国難に際し、生産性向上へ向けてどう対処すべきかという姿勢を示した」と評価した。そのうえで、社会をよりよくするための社会対話「ソーシャルダイアログ」の必要性を訴え、日本の産業界や労働界の連携を呼びかけた。

社会対話で新たな仕組みを 生産性運動の精神「大変革」の指針に

髙倉明 自動車総連会長
生産性白書の初発刊について、髙倉氏は「自動車業界は100年に一度の大きな変革期にあり、産業界もデジタルトランスフォーメーション(DX)を迫られているこの時期に、生産性白書生産性運動の指針を改めて示したことは大きな意義がある」と話す。

自動車産業を巡る環境変化は、CASE(Connected=つながる、Autonomous=自動運転、Shared & Services=シェアリングとサービス化、Electric=電動化の頭文字)やMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)に代表されるように、最先端技術の導入や事業のサービス化の波だ。

髙倉氏は「コロナ禍で、大変革に対応した働き方改革も10年前倒しで進めざるを得ない。労働組合も変化を否定するのではなく、チャンスとしていく姿勢が必要だ」と語る。



1959年3月のヨーロッパ生産性本部生産性委員会によるローマ会議の報告についても触れ、「62年前に打ち出された生産性運動の精神であるが、今の時代にこそ必要なことが書いてある」と指摘する。

具体的には、「働く者の将来不安の払しょく」や「働きがい、生きがいを実感でき、意欲活力の向上につながる労働諸条件、職場環境、生活環境の構築」「新しい技術と新しい方法を応用せんとする不断の努力」などを挙げた。

そのうえで、白書の中で取り上げた「生産性運動三原則の今日的意義」の重要性を指摘。「三原則が掲げた理想は変えずに、今日の変革期に合わせた三原則のあり方を実行することが大事で、白書は私たちにそのことを考えさせるチャンスを与えてくれた」と述べた。

また、白書でも検討している「生産性に関する新たな指標の開発」についても、その重要性が高まっていることを指摘した。多くの働く人たちは日本の労働生産性が国際的に低く位置づけられていることに対し、「お客様目線で一生懸命働いているのにもかかわらず、なぜ国際的な評価が低いのか」と腑に落ちていないという。

髙倉氏は「付加価値を高めていくことや労働時間を短縮していくことが大事なのだろうが、実態に見合った指標を示すことで、多くの人が納得することができれば、改善策を見出し、生産性運動を広げていくことにつながるはずだ」と述べ、日本の産業界の長所と短所がわかるような指標づくりを求めた。

一方で、自動車業界について、電気自動車やハイブリッド車などの環境対応技術などは最先端であるにもかかわらず、世界標準を獲得できない現実を指摘した。髙倉氏は、欧米との差を「ソーシャルダイアログ」を徹底しているかどうかにあるとの考えを示し、「国内での競争に固執するのではなく、オールジャパンで世界標準を目指していく姿勢が重要になる」と述べた。

また、「失業なき労働移動」を促進するためにも、退職金のポータビリティの拡充や業界を横断する職能評価の指標づくりなど、社会的な対話を通じた仕組みづくりが重要になるとの考えを表明した。


(以下インタビュー詳細)

労働運動に求められる多様性 100年に一度の大変革に直面

世界経済はコロナ禍により大幅に景気後退した。自動車産業はその前から100年に一度の大変革に直面し、CASEやMaaSへの対応が急務となっていた。さらに政府がカーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を宣言したことから、ガソリン車の販売禁止や電動化に向けた動きが加速している。

こうした状況の中で、自動車産業の将来にわたる持続的な成長を実現するためには、先進技術での競争力とともに、産業自体の魅力を高めて、競争力の源泉である優秀な人材を集め、守り育てていくことが求められている。

少子高齢化や生産年齢人口の減少に伴う人手不足などを踏まえれば、産業内の労働条件の向上、働き方の改善、働く環境の整備などに取り組んでいくことも重要だ。

自動車産業はすそ野が広い産業であり、メーカーのみならず、部品・販売・輸送・一般業種などを含め、バリューチェーン全体に付加価値が適正配分される状態を構築することが重要であり、とりわけ、産業の競争力向上に向けて、中小企業の体質強化に資する活動にも注力が必要である。

また、自動車産業の魅力向上に向けては、非正規雇用で働く仲間も含め、すべての働く者の底上げ、底支え、格差是正に取り組み、産業の健全な持続性につなげていくことが急務だと考えている。

これまでも幾多の自然災害や経済危機などの困難な状況を、自動車総連に集う仲間の知恵と努力で克服し、危機をその後の改革の起爆剤にもしてきた。組合員・家族が安心・安定を実感して働き、生活できる環境を創り出していくために、時代認識に立った明確なビジョンを掲げながら、新たな試み「改革と創造」に果敢に挑戦していきたい。

プラグから医療器具へ


MaaSは、白書でも指摘している製造業のサービス化の動きである。自動車メーカーが独自に進めるというよりは、さまざまな異業種との連携が必要になる。 トヨタ自動車などが進める実験都市「Woven City(ウーブン・シティ)」がその典型例だ。あらゆるモノやサービスがつながる未来の実証都市には、さまざまな業種や組織の知恵や技術、サービスが結集されるだろう。

自動車産業は550万人を擁するすそ野が広い産業だ。異業種から自動車市場へ参入する動きも加速しており、付加価値を高める取り組みを果敢にやっていくことをためらってはならない。

完成車メーカーに部品を供給している中小企業の中には、電動化技術の進展により、自動車だけでは事業が継続できない会社も出てくる。他の市場への転身に挑戦する動きもある。

例えば、エンジンプラグの会社がセンサー技術を生かして医療器具の市場へ参入し、コロナ禍で業績を伸ばしている成功例もあると聞く。電動化によってエンジンの需要が減少すれば、相当数の中小企業が変革を迫られる。

労使で知恵を出して取り組むことがまず重要だが、政府の支援も大事になってくる。自動車総連としては、企業独自でやるべきことと政府に要請すべきことをしっかりと峻別し、改革を後押ししていきたい。

こうした変革の中で、さまざまな業種が絡み合ってきて、企業や産業をまたいで人・モノ・カネが動き始めており、今後さらに加速していくことが予想されている。

自動車総連としては「働く者と一緒に取り組んでいく」という視点は全く変わらない。企業や他の労働組合とどう連携を取るかが重要になる。変化を否定しても仕方がないので、前向きにとらえていく。労使一体で危機を乗り越えていくことが大事だ。

賃上げのモメンタム意識を


生産性運動三原則の中の「成果の公正な分配」については、この機会にその重要性を再確認する必要がある。OECDの調査でも明らかなように、日本の賃金を時間当たりでみると過去21年間では主要国の中で唯一のマイナスだ。経済のグローバリズムの中で株主に相当手厚く配分していることが推測できる。

21年の春季労使交渉に関連し、経団連の中西宏明会長も日本の所得水準がOECDで下位にあることを指摘し、「賃上げのモメンタムを意識して検討することが第一歩。わが国全体の所得水準や生産性の向上に資する方策について、労使間で議論を深めていく必要がある」と述べている。

われわれ労働組合が賃金にこだわるのは、賃金があらゆる「人への投資」のベースになっていて、賃上げが働く者の安心感や働く意欲、活力につながると考えているからだ。大手企業は賃金以外にも、人への投資のメニューが豊富にあるが、中小企業にはそれがない。自動車総連も7割が中小の組合で、賃金にスポットを当てることが、全体の底上げにつながると考える。

とはいえ、さまざまな考え方があるのは事実で、春闘の時期に労使でしっかり論議をすることが大事だ。せっかく投資をするなら、効果が出ないと意味がない。議論の中から、好循環にもっていくようなやり方を導き出すことが重要になる。

賃金のほかにも、従業員の教育の必要性は常に訴えている。日本は多能工が多いので、新たな技能を身に付けるための教育は基本だ。しかし残念ながら、最近の日本企業は教育にかける費用が相当減ってきているのも事実だ。労働現場で教育を疎かにすると労働安全を危うくしかねないので、組合としても常にチェックしている。

さらに、すそ野の広い自動車産業としては、バリューチェーンの中での適正な成果の配分についても配慮が必要であり、自動車総連では早期から取り組みを実施してきた。

多くの人たちの付加価値の積み重ねによって自動車ができあがる。完成車メーカーの従業員が取引先に出向し、取引先の困りごとを理解し、一緒に改善活動をする取り組み等は以前より実施しているが、こうしたバリューチェーン全体での付加価値の向上やその成果の公正な分配は今後さらに重要性を増す。

経済産業省などが、取引の上下関係の適正化を指導しているが、実際には付加価値が適正に配分されないことも起こりうる。自動車でいえば、部品を製造する金型を保管しておくための費用をどう配分するかなど不明確な部分も多い。また、現金化が遅れる手形での取引も中小企業を苦しめている。

こうしたバリューチェーン内で発生する諸問題については、同じ働く仲間である労働組合が積極的に関与し、取引の上下関係が影響しないようなルールづくりなどに取り組んでいる。

また、変化の激しい時代の中でダイバーシティ(多様性)の推進は極めて重要だ。多様な人たちを働く仲間たちとして受け入れ、多様な意見をまとめていくための度量が労働組合には求められている。

労働運動には愛が必要だ。愛と信頼、そして勇気をもって、労働運動を進めていかなければならない。愛とは相手の立場を考えられることであって、多様な人たちのことを自分のこととして考える度量が必要だと考えている。

*2021年4月7日取材。所属・役職は取材当時。

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