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2023年度第1回生産性シンポジウムを開催しました

2023年4月21日

公益財団法人日本生産性本部は2023年4月21日、オンラインにて2023年度第1回生産性シンポジウム「いま企業が直面する人材投資のジレンマとは~『人材投資のジレンマ』出版記念~」を開催しました。「人材重視」は日本企業の強みの一つであり、多くの企業で人材への投資に力を入れていると認識されています。しかし、統計的には、日本の人材への投資額は減少傾向にあり、国際的にみても決して多くはないのが実状です。また、人材への投資の正確な現状把握やこれまで重視してきたOJTの効果検証が十分できているかというと、心もとないという声も聞こえてきます。加えて、人材投資の方法論は、働き方の多様化、必要とされる専門性の高度化など、さまざまな変化にさらされています。これらの問題意識に基づき、日本生産性本部では、研究会を設置して日米企業へのヒアリング調査やアンケート調査を実施し、人材マネジメントの現状と課題、改革への方向性を提示してきました(同研究会の調査報告はこちら、日本生産性本部65周年記念大会でのパネルディスカッションはこちら)。この度、活動をまとめた「人材投資のジレンマ」(日本経済新聞出版)が出版されたことを機に、著者である研究会メンバー4名による成果の報告に加え、これから日本企業が人材への投資や人材マネジメントをどのようにするべきか、組織を強化しながら人材に活躍してもらうために必要なことなどについて議論しました。

目次
基調講演「人材投資のジレンマ」
守島基博 学習院大学教授
パネルディスカッション いま企業が直面する人材投資のジレンマとは
<パネリスト> 学習院大学教授 守島基博 氏
        慶應義塾大学大学院准教授 山尾佐智子 氏
        多摩大学准教授 初見康行 氏
       日本電気株式会社ピープル&カルチャー部門L&D統括部長 中島大輔 氏
<コーディネーター> 日本生産性本部生産性総合研究センター上席研究員 木内康裕

基調報告「人材投資のジレンマ」 守島基博 学習院大学教授

守島基博 学習院大学教授

はじめに、守島基博 学習院大学教授(研究会座長)より、「人材投資のジレンマ」と題した基調講演がありました。守島氏は、人材マネジメントの在り方が変わらないと、日本がいわゆる世界の強国であり続けることは難しいのではないかと述べ、今後、企業が取り組むべき点として①外部労働市場との戦略的な連携、②従業員の自律を前提とした育成の個別化・選択化、③働く人のマインドを高めるための投資、④働く人の組織エンゲージメントを高めるための組織開発への投資の4点を挙げました。一方、これらに取り組むことで、書籍タイトルの通り様々な「ジレンマ」を生み出します。すなわち、①外部労働市場との連携は、転職する人材が増加する可能性を高め、②育成の個別化・選択化は、高コストで効率が悪い上に配置転換を難しくします。さらに、③マインドへの投資は、効果が計測しにくく、④組織開発への投資は、効果が出るまでに時間がかかります。しかし、日本企業に活力を取り戻し、生産性を高めるためには、これらのジレンマを乗り越えて、人事改革を進める必要を訴えました。

パネルディスカッション  いま企業が直面する人材投資のジレンマとは

木内康裕 生産性総合研究センター上席研究員

続くパネルディスカッションでは、「いま企業が直面する人材投資のジレンマとは」をテーマに、議論が交わされました。
冒頭、木内康裕 生産性総合研究センター上席研究員は、労働生産性と人材投資の関係性について、生産性向上の実現にはより多くの「成果」(分子)を生み出すための研究開発やイノベーションなどだけではなく、「投入」(分母)の改善としての人材育成・人材投資の重要性が社会的、経済学的に近年のトレンドとなっていると指摘。しかし、日本の人材投資額は2000年代に入って減少傾向にあるうえに、国際的にも主要国と比較して大幅に低くなっており、さらに、企業は財務的に人材投資額を十分に把握できていないという声を紹介しました。そして、今回のパネルディスカッションを投資額だけではなく多面的に人材投資の中身を検討する機会と位置付けました。

山尾佐知子 慶應義塾大学大学院准教授

まず、山尾佐知子 慶應義塾大学大学院准教授は、現在、社内での人材育成や配置転換を通じたキャリア構築、長期安定雇用、キャリアの後半に報われる給与体系などを特徴とする内部労働市場型人材マネジメントが機能不全に陥っているのではないかと述べ、「多様性」をキーワードに外部労働市場を意識した人材マネジメントへの転換を求めました。さらに、人材投資は「個別化」が進むとしたうえで、自律型キャリア形成や従業員個人のニーズに合った成長投資が求められると指摘。同時に、多様な従業員を集団としてまとめ、人材投資の費用対効果を高めるためにも組織運営が変わらなければならないと訴えました。最後に、人材マネジメントの転換には様々なジレンマが生じるものの、今後一つひとつ乗り越えていくことを期待しているとのメッセージがありました。

初見康行 多摩大学准教授

次に、初見康行 多摩大学准教授は、当研究会が実施した「人材育成に関する日米企業ヒアリング調査およびアンケート調査」の調査結果について報告しました。調査結果では、人材育成投資はスキル面の育成だけではなく従業員のマインド面(感情・気持ち)の向上にも役立っており、マインド面の状態が生産性に大きな影響を及ぼすことが分かったと指摘。具体的には、①次世代リーダー候補の自覚、②企業理念への共感、③自己効力感(自分の能力や可能性に対する自己信頼の気持ち)、④ワーク・エンゲージメントの値が高い従業員は、自発的な行動・思考が増えて主観的な生産性が高まることが確認されており、人材の能力・価値を引き出すためには従業員のマインドという無形資産に投資することが不可欠だと述べました。また、外資系企業は日系企業に比べてマインド面に働きかけるコーチングやダイバーシティ&インクルージョンへの取り組みなどの実施率が高いことを紹介し、背景として従業員の多様性への配慮を挙げました。最後に、組織・チームへの投資の充実度に比例してジョブ・エンゲージメントも上がるという調査結果を挙げ、個人だけでなく、組織・チームなど「働く舞台」そのものへの計画的・体系的な投資を実行していくことが求められるとしました。

中島大輔 日本電気ピープル&カルチャー部門L&D統括部長

最後に、中島大輔 日本電気ピープル&カルチャー部門L&D統括部長が現在取り組んでいる社内変革について紹介しました。同社は、ビジネスモデルの転換を背景に、専門性を持ちつつこれまで経験したことのない領域を自ら学び、分野を超えた共創・挑戦という組織行動が求められるようになっていると説明。変革のために、”NEC Way”における行動規範・行動基準や”2030VISION”における目指す社会像、「HR方針」における人事施策の方向性など、目指す方向を共有すること重視していると語りました。具体的な施策は、社員の声をベースに取り組んでおり、個々の施策と会社としての大きな目的を結ぶシナリオが社員にクリアに伝わっているかを意識していると述べました。最後に、変革の核になるのはやはりマインドやカルチャーであり、同社が一連の制度改革に先立って約10年前から実施し、国内で延べ10万人以上が参加した“Town Hall Meeting(社長と社員との対話会)”を通じて社員が変革について理解できていることが原動力ではないかと締めくくりました。

登壇者

学習院大学経済学部経営学科教授 守島基博 氏

1986年米国イリノイ大学産業労使関係研究所 博士課程修了 。人的資源管理論で Ph.D. を取得後、カナダ サイモン・フレーザー大学経営学部Assistant Professor。慶應義塾大学総合政策学部助教授、同大大学院経営管理研究科助教授 ・教授、一橋大学大学院商学研究科教授を経て、 2017 年より現職。厚生労働省労働政策審議会委員、中央労働委員会公益委員などを兼任。2020年より一橋大学名誉教授。著書に『人材マネジメント入門』 、『人材の複雑方程式』(ともに日本経済新聞出版)、『人事と法の対話』(共著、有斐閣〉などがある。経営アカデミー「人事革新コース」コーディネーター。

慶應義塾大学大学院経営管理研究科准教授 山尾佐智子 氏

津田塾大学国際関係学科卒。神戸大学大学院国際協力研究科(経済学)、英国マンチェスター大学ビジネススクール(国際経営論)の修士課程を経て、豪州モナッシュ大学にて経営学Ph.D.を取得。2009年豪州メルボルン大学レクチャラー、2016年同大学シニアレクチャラー。2017年より現職。専門は国際人的資源管理論。主な論文に「グローバル人材とそのマネジメント:国際人的資源管理研究から得られる知見」(一橋ビジネスレビュー2021年夏号、東洋経済新報社)などがある。

多摩大学経営情報学部准教授 初見康行 氏 

同志社大学文学部卒業。株式会社リクルートHRマーケティングにて法人営業、人事業務に従事。一橋大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得退学。2017年、一橋大学博士(商学)。いわき明星大学(現:医療創生大学)准教授を経て、2018年より現職。専門は人的資源管理。主な著書に『若年者の早期離職』(中央経済社)。

日本電気株式会社ピープル&カルチャー部門L&D統括部長 中島大輔 氏 

明治大学文学部卒業。日本電気株式会社にて人事、人材開発、事業開発等の業務に従事。2012年から経済産業省に出向し産業人材政策を担当。会社に復帰後は、ビジネスモデル開発やそれを加速するエコシステムづくりに従事。2017年ビジネスイノベーション企画本部長、2021年NECマネジメントパートナー人材開発サービス事業部長に就任。2023年度より現職。社外においても大学教員等の立場から次代を担う人材の育成に取組んでいる。経営アカデミー 運営幹事

日本生産性本部生産性総合研究センター上席研究員 木内康裕

立教大学大学院経済学研究科修了。政府系金融機関勤務を経て、日本生産性本部入職。 生産性に関する統計作成・経済分析が専門。労働生産性の国際比較分析などのほか、アジア・アフリカ諸国の政府機関などに対する技術支援も行っている。主著に、「新時代の高生産性経営」(分担執筆、清文社)、「PX:Productivity Transformation ―[生産性トランスフォーメーション]企業経営の新視点―」(分担執筆、生産性出版)など。