実践「生産性改革」:浅見 正男 荏原製作所取締役代表執行役社長CEO&COOインタビュー
荏原製作所の浅見正男取締役代表執行役社長CEO&COOは「実践『生産性改革』」のインタビューに応じ、2019年3月の社長就任から取り組んできたROIC(投下資本利益率)経営の浸透や人材の活躍促進などの生産性向上に向けた施策を紹介した。同社が指名委員会等設置会社移行後に誕生した初の社長として、営業利益率と株価の向上を同時に実現し、企業価値向上の目標を達成した6年間の歩みを振り返った。
ありたい姿を示し、企業価値高める 社会課題解決と稼ぐ力の両立を実現

取締役代表執行役社長CEO&COO
浅見氏は「荏原の社員は、社会課題の解決や社会貢献活動に対する気持ちが強いが、一方で事業の収益性が低い状態が続いていた。やりたいことをやれる持続性を高めるには収益力の強化が必要という意識を社内で共有した」と語った。
そして、2100年に想定される世界人口110億人時代の人類社会や地球環境の変化を見据え、まず「ありたい姿」を描き、そこから逆算して「やるべきこと」を示し、中期経営計画に落とし込んだ。長期ビジョン「E-Vision2030」で、2030年の目標を「社会・環境価値と経済価値の両方を向上させることで、荏原の企業価値を高める」と定めた。
「未来の荏原」の姿を実現するため、社会・環境価値では「世界で6億人に水を届ける」などの事業を通じた社会課題の解決の目標を掲げた。経済価値としては、持続可能な企業成長と効率的経営の実現のため、ROIC10.0%以上などの目標数値を掲げ、企業価値向上の目安を時価総額1兆円規模とした。
2020年から22年の3年間にわたる中期経営計画「E-Plan2022」では「更なる成長に向けた筋肉質化」をテーマに、グローバルなマーケットインを加速させ、23年から25年までの3年間の計画「E-Plan2025」では「顧客起点での価値創造=起業化」を掲げた。社会課題を見つけ、荏原の強みを活かして解決して、ビジネススケールに育てる取り組みを強化している。
また、グローバル調達・SCM戦略部の立ち上げや、全社マーケティング、全社品質保証など全社レベルでの生産性向上に対する対策を実施した。さらに「提案箱」制度や「社長が選ぶトップニュース」などを紹介する社内SNS「浅見のねばり」を立ち上げるなど、社員のエンゲージメント向上を促している。
浅見氏は「日々の業務では、自分の仕事がどのように社会につながっているのか見えにくい。社員、会社の取り組みをニュースとして紹介し、社会課題解決につながる価値のあることが起こっていると分かってもらいたい」と語った。
このほか、新規事業創出プログラム「E-Start」では、荏原グループが力を結集し、スピード感を持って時代の変化に対応した課題解決に取り組むために「荏原ならでは」の新規事業を全世界のグループ社員から募集。「荏原による宇宙ビジネス」の実現に向け、ロケットのエンジンポンプ開発プロジェクトなどが進行中だ。
同社は2025年3月26日付で、細田修吾執行役CFOが新社長に就任し、浅見氏が取締役会長に就任するトップ人事を発表した。浅見氏は「不便や不合理など頭に『不』の付く状態を探して解決すると、自然に喜んでもらえるということを言い続けてきた。自ら創意工夫する熱意で取り組む姿勢が社内に浸透し、ありたい姿に近づいている」と手応えを語った。
(以下インタビュー詳細)
ガバナンスの実効性強化続ける 攻めと守りのDXで戦略支える
浅見正男 荏原製作所取締役代表執行役社長CEO&COOインタビュー
荏原製作所は、「ゐのくち式渦巻ポンプ」を製作する大学発ベンチャー企業として1912年に創業した。創業者の畠山一清が掲げた創業の精神は「熱と誠」。自ら創意工夫する熱意で取り組み、誠心誠意これをやり遂げる心をもって仕事をすること。そして、何事も熱意と誠心をもって人に接すれば通じないことはないという思いを込めている。
草創期のエピソードとして、ポンプ設備の寄贈がある。当時の東京市全域への上水供給を担う淀橋浄水場(現在の新宿中央公園)は、水供給源として一本の用水路に依存していたが、1921年に発生した茨城県竜ケ崎を震源とするM7.0の地震で、東京への水の供給が止まる事態に直面する。この状況に危機感を抱いた畠山は、浄水場への揚水設備増設の必要性を東京市長らに説くが、市の予算不足によって実現しなかったという。しかし、畠山はあきらめず、浄水場への揚水予備設備を自費で設置し、市に寄贈した。そして、その2年後に発生した関東大震災によって浄水場への用水路はいたるところで決壊し、上水提供も停止した。しかし、寄贈した予備設備を、夜を徹して立ち上げ、上水供給は迅速に復旧した。世界中から、「東京のインフラはすごい」と称賛された。
ガバナンス改革に取り組む
2000年代の初めに起こったコンプライアンス問題への反省から、ガバナンスの実効性強化の取り組みに力を入れてきた。ガバナンス改革への取り組み着手をフェーズⅠとすると、現在はフェーズVまで続いている。フェーズVでは、GV(ガバナンス・トゥー・バリュー)という独自のスローガンを掲げ、取締役会のパフォーマンスを進化させ、企業価値を向上させていくことを目指している。
この間、執行役員制導入で執行と監督の分離、取締役の減員、社外取締役の招聘、指名・報酬委員会の設置などが行われ、フェーズⅢ期間の2015年に指名委員会等設置会社へ移行、2019年、その指名委員会によって初めて、私が社長に指名された。
指名委員会の構成は、社外取締役が委員長で、過半数が社外取締役で占められ、現役社長は含まない。指名委員会が次期社長候補者を選定し、取締役会が承認する。社長不再任の基準も設定している。
現社長を含まない指名委員会が主導して社長承継プランを策定・実行する。指名委員会が執行側とタッグを組み「人材育成」と「社長の選定」に時間をかけて計画的に実施するほか、社長の任期上限を6年と定め、次の社長選任に向け6年間の社長承継プランを新たに作成する仕組みだ。
半導体需要に対応
当社は流体・回転・熱・制御などの技術を武器に、建築・産業、エネルギー、インフラ、環境、精密・電子の五つのカンパニーで事業を展開している。
精密・電子分野は、流体技術や回転機械技術を応用し、1980年代から参入した半導体関連がけん引役だ。2001年に熊本工場(K1棟)の操業を開始し、CMP装置などの半導体製造装置の量産に特化した生産拠点となっている。2016年には工場を増設し、K2棟の稼働を開始。24年には、新生産棟(K3棟)が竣工した(=右手写真)。半導体市場は、2030年には1兆ドル(約150兆円)の市場規模になると予想されている。生産拠点の拡充によって、世界の需要の拡大に対応したい。
当社の長期ビジョン「E-Vision2030」の旗印として「技術で、熱く、世界を支える」という言葉を掲げている。産業機械メーカーらしく「技術」を磨き、「熱く」という言葉は創業の精神「熱と誠」から取った。そして、支えるのは「世界」だ。
社会・環境価値と経済価値を同時に向上させていくことで企業価値を高め、グローバルエクセレントカンパニーを目指している。
生成AI活用で攻めのDX
経営戦略の実現を後押しするため、DXによる可視化と生産性向上の取り組みを進めている。グローバル一体経営を実現するための荏原のDX戦略には「攻めのDX」と「守りのDX」がある。
攻めのDXは、AIを活用したDX(業務効率化・新たな価値創造のための生成AI の活用・AI画像解析の応用など)や、3Dデジタル技術・xR技術を活用したDX(設計と生産の革新を起こすデジタルツイン・デジタルトリプレットなど)、データを利活用したDX(人的資本経営に向けたデータの利活用など)だ。守りのDXは、グローバル経営情報の見える化やグループのグローバル業務標準化、柔軟性・汎用性・拡張性のある情報システムの採用などがある。
また、生成AI活用を攻めのDXの重要な戦略の一つと位置付け、2023年にはデータストラテジーチームが主体となり、情報通信統括部・EOL(技術/技術開発/知的財産領域)とともに生成AIプロジェクトを立ち上げた。
過去から蓄積された社内の多くのデータ・ナレッジに対し、複数の生成AIモデルで検索などができるセキュアな環境を構築し、各事業部のユースケースの試行を開始した。新しい技術を随時取り込みつつ、各国の規制動向も注視したうえで、今後、コア業務への活用を視野に入れていく。生成AIの利用により、これまで難しかった非構造化データ(ネイティブな形式のまま保存され、使用時まで処理されないデータ)の活用も含めたデータドリブン経営も進める。
生成AIを活用した新プラットフォーム「EBARA AI Chat」を独自開発し、全社チャットボットに採用した。社内情報と生成AIを組み合わせ、業務効率化とエンゲージメント向上を目指す。データソースの言語に関係なく、外国語での問い合わせにその言語で回答できる仕組みを導入することで、日本語を母国語としない社員の障壁を和らげ、エンゲージメント向上につなげている。
今後、国内外のグループ会社にも展開し、グローバルでの業務効率化を進めるとともに、生成AIをあらゆる事業・業務プロセスへ組み込んでいくことで、ビジネスを加速させる。
多様な人材の活躍を促進
ダイバーシティ推進にも力を入れている。2022年8月に社長直轄のダイバーシティプロジェクトを組織化し、23年3月にはダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン推進部が発足した。
当社では、ダイバーシティは前提、エクイティは手段、インクルージョンがありたい状態と捉えている。多様な人材が互いを認め合い、会社の発展・向上に向けて挑戦できる姿を実現するために、「人材マップ」と「技術元素表」を作成し、荏原グループの技術と人材の見える化を進めている。他社との業務提携も行いながら、新たな価値の創発に取り組んでいく。
*2024年12月23日取材。所属・役職は取材当時。