「同一労働同一賃金」迫る施行に向けて③(2020年2月15日号)

■賃金制度をどうするか 処遇格差是正を通じ、企業も成長


前回は同一労働同一賃金を実現するにあたっての人事処遇制度のあり方について触れました。最後の連載となる第3回では、同一労働同一賃金の実現を踏まえつつ、自社の賃金処遇制度をどのように設計または再構築すべきか、検討方法について解説します。


まず取り組むべきことは、自社の雇用区分・コース区分において、仕事内容および賃金処遇について整理し、同一労働同一賃金の観点から優先的に課題解決が必要な部分を抽出することです。特に、第1回で述べた同一労働同一賃金ガイドラインにおいて、均等処遇とすることが明確に求められている諸手当を中心とした賃金については、不合理な格差があると判断される場合には優先的に是正する必要があります。図表は人事制度改定の支援先企業の事例であり、区分とそれに関連する仕事内容・賃金処遇の概要を整理したものとなります。この事例では、人事制度全体ふかんを俯瞰し、無期転換社員(図表右から2番目の列)および有期契約社員(図表右列)の月額給与水準の引き上げと、そのための評価・昇給の仕組みを有期契約社員にも導入し、退職金の仕組みを全社員に適用することを優先課題としました。尚、複数の企業の人事制度改定に携わる中で、賃金処遇の是正を検討するポイントは、正規社員・非正規社員という大きな雇用区分に加え、「全国転勤型/地域型などのコース区分における賃金処遇格差」「役職定年制を導入している企業でその前後の仕事内容と賃金処遇格差」「定年後再雇用または定年延長時の60歳超の仕事内容と賃金処遇格差」といった点が主に挙げられます。 


こうして課題を抽出した後は、実際に賃金処遇をどのように変えていくかを検討します。その際、賃金処遇に不均衡がある場合には、選択肢として大まかに高い賃金処遇を低い方に合わせるか、低い賃金処遇を高い方に合わせるかが考えられますが、労働契約法に定めるように労働契約の内容の変更において不利益となる場合は、慎重な対応が求められています。そのため、人事労務の実務においては後者の対応とすることが一般的です。例えば、特定の作業環境の業務に従事する際に支給される手当(特殊作業手当)が、雇用区分によって支給される対象とそうでない対象があった場合には、全社員に対して支給するように対応します。また、一律に賃金処遇が下がる仕組み(役職定年や定年後再雇用)がある中で、その前後で仕事内容が変わらない実態があるのであれば、仕組みを適用する前と同程度の賃金処遇水準にすることが必要です。


このように見直しを進めていくと、社員間の賃金格差の是正は、すなわち相対的に賃金処遇が低い社員の賃金水準の引き上げをどの程度実施するかという点にたどり着くこととなり、必ず総額人件費の増加における対応策を検討する必要性に迫られます。もちろん企業業績が良好で、人件費の引き上げが積極的に可能であれば問題ないのですが、限られた経営資源を再配分する場合には、同一労働同一賃金のための賃金処遇是正に伴って増えた人件費を、別の人事施策を同時に進めることで中長期的には本来の水準に戻していく必要があります。つまり、部分的な賃金処遇制度の改定に留まらず、人事処遇制度全体を踏まえた改定を検討する必要があるのです。その場合、人事制度の改定は社員全員に関わるものとなるため、労働組合や従業員代表などとの意見交換や制度改定に関する協議を継続的に実施することが望ましいです。

具体的に人件費をコントロールする手段としては、人員数の見直しと人事処遇制度の見直しの二つに分けられます。前者の人員数に関しては、組織全体の人員数や所定の等級・役職の人数を調整すること(上位の等級・役職のポスト数を減らす、昇格昇進の運用を厳格化するなど)が挙げられます。後者の場合には、同一等級内の賃金の上限額を引き下げることや、昇給額を抑制することが挙げられます。これらの手段は、複数の組み合わせを検討しつつ、制度改定の中で運用を開始してから何年でどの程度の人件費水準となるように調整すべきか見通しを立てつつ、最終的には新しい人事制度を導入し、想定された人事制度の運用の定着を図るという数年間にわたる取り組みが必要となります。


自社の人事制度を見直し、同一労働同一賃金を実現するうえでは、組織経営の観点から人事制度の全体を踏まえて変えていく必要があります。同一労働同一賃金への対応を通じ、社員間の不合理な格差が是正されれば、社員個々人が自身の賃金処遇についてこれまで以上に納得することができます。それが社員の定着率や意欲の向上につながれば、より企業が成長することができるはずです。(おわり)


筆者略歴

小堤 峻(おつづみ・しゅん)

日本生産性本部 雇用システム研究センター 研究員

大学卒業後、信託銀行で営業・企画業務に従事。20151月に日本生産性本部入職。担当領域は、民間企業および学校法人を対象とした人事制度設計支援、人事・労務の教育研修の企画・運営。中小企業診断士・MBA(経営学修士)。

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