従業員の多様な価値観を活かし、個人と組織の充足と発展に結びつけるために

価値観という言葉は企業内のコミュニケーションや意思決定、仕事総合満足度、従業員エンゲージメント等に関連してよく使われる言葉だが、今回はこの価値観について考察してみたい。


価値観とはその人が持つ是-非、善-悪、快-不快などを決めるフィルターとなるものであり、価値観の違いは人々のコンフリクト(摩擦・対立)を引き起こす要因となるものである。そして、多様性を持つ全世界の全ての人に共通する「普遍的に正しい価値観」というものは存在しないのではないかとも考えられる。例えば、「安定」という価値観と「挑戦」という価値観に関しても相反する意思決定を支えるものとなりやすいが、特定の前提条件を入れなければそれぞれに一理あるものとなる。言い方を変えれば正しいものと正しいものの対立が生じることがあると考えた方が的を射ているであろう。


但し、会社には前提条件となるものが存在する。例えばそれは会社が掲げる価値観そのものであり、時として、経営理念であり、会社のパーパス(目的)、経営方針、環境要件等である。そのような与件に照らし合わせながら、経営者や管理職、従業員が価値判断を行っていくことは各人の納得度や判断の妥当性を高めていくことになる。私が日本国内の勤労者約3万人を対象に実施した調査(1回目調査3万人、2回目調査2,544人)では、仕事の総合的な満足度には、年収などよりも、自分の価値観が満たされているかどうかが最も影響を与えていることがわかった(調査資料は下部からダウンロード可能)。あらゆる局面で従業員の価値観を考慮することは、組織にとっても有効に働くだろう。


一例を挙げるとコミュニケーションだ。一般的に企業では方針・戦略展開が重視される。会社全体での方針や方向性が部門にブレークダウンされ、管理職や職場リーダーから現場第一線社員に具体的な指針や行動が落とし込まれていく。しかし、行動面で同じ結果になるとしても相手(現場第一線社員)の価値観に見合ったコミュニケーションを取れているか否かということは相手の価値観の充足やモチベーション、その後の組織貢献度に大きな違いとなって表出する。例えば、上司がある部下にプロジェクト活動への参画を求めるシーンがあるとしよう。「仲間」が大事な価値観である部下ならば、「同僚のAさんもBさんもCさんもプロジェクト活動に参加するけど一緒に参加してみない?」というようなトークが心に響くかもしれない。「尊敬されること」が大事な価値観である部下ならば、「このプロジェクトを任せられるのは実力者であるキミ以外に考えられない。是非、力を貸して欲しい」というようなトークが心に響くかもしれない。「楽しさ」が大事な価値観である部下ならば、「楽しくワクワクするプロジェクトにしていこうよ」というようなトークが心に響くかもしれない。このようにプロジェクトへの参画を要請するという結論は同じであっても、言い方により相手(部下)の受け止め方は大きく異なり、その後のパフォーマンスにも影響してくる。


また適材適所の概念も大切である。能力やスキルを重視した適材適所は多くの経営者や管理職の方々が取り入れているものと思われるが、価値観に応じた適材適所もそれ以上に重要となるケースが多いのではないだろうか。例えば、「革新」や「挑戦」を重視する社員はルーティン業務よりも新規プロジェクトなどの方が意気揚々と取り組む可能性が高くなるだろうし、「安全・安定」志向が強い人は先が見えず、失敗する確率が高い新規プロジェクトは苦痛になり、モチベーションダウンに繋がる可能性が高いであろう(アイデア出し等の発散フェーズを経たアイデアの絞り込み等の収束フェーズにはそのような人もプロジェクトに入れた方が良い場合もある)。


「好きこそものの上手なれ」ということわざもある通り、価値観に適合している仕事に対しては、人は好意的な態度を示したり、ポジティブに捉えやすかったりするので、直近のアウトプットだけではなく、その後の成長も期待できる。


近年、経営の最重要課題として設定する企業も増えている「イノベーション」との関係性についても触れておく。多様な価値観、異なる価値観の組み合わせは新たなインサイト(無意識下にある潜在ニーズの掘り起こし・発見)の創出や価値創造を生み出すことに繋がる。従業員の同質性は「改善」には有効だが「イノベーション」には向いていない。冒頭で述べた通り、価値観の違いは対立を引き起こし、その対立はトレードオフ(一方を立てれば一方が立たず)を生み出しやすいが、あえて、両方を満たせる新しい商品やサービス、手法を追求していくことなどをお勧めしたい。近年脚光を浴びているデザイン志向などの領域においても異質なものの組み合わせはむしろチャンスを生み出すものと考えられている。心理的安全性の確保と多様性への相互理解をベースに好奇心・共感を育むようにすればポジティブなチーム形成と共にイノベーティブなアイデアが生み出される可能性も増していくことであろう。


以上のようなことを意識し、価値観の違いをテコとして活用していくと、従業員の多様な価値観を活かすことができ、個人と組織の充足と発展に結びつけることが可能となる。


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※本コラムは筆者の見解に基づき作成されたものであり、当本部の統一的な見解を示すものではありません。

コンサルタント紹介

主席経営コンサルタント

加瀬 元日

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。
株式会社ナイキジャパンにて、新規事業創出(直営店ビジネス)及び全国チェーン展開体制の構築業務を担当。
日本生産性本部経営コンサルタント養成講座を修了、本部経営コンサルタントとして、企業の診断指導、人材育成の任にあたる。
(1972年生)

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