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2023年度第3回生産性シンポジウムを開催しました

2023年10月11日

公益財団法人日本生産性本部は2023年10月11日、オンラインにて2023年度第3回生産性シンポジウム「新たな豊かさに向けた生産性向上とは~生活の豊かさ(well-being)を実現する手段としての生産性向上の基盤を考える~」を開催しました。2023年に入り、日本経済はようやくコロナ禍による落ち込みから脱却しつつあります。ここからは、コロナ禍で痛感した日本経済の弱点を克服し、再び生産性向上に取り組む必要があります。ただ、グローバル化や少子化の中での従来型の生産性向上は容易ではありません。むしろ、生産性向上の基盤となる資本蓄積のあり方によって、新たな豊かさを実現することを目標にすべきだと考えます。このような考え方をもとに、本シンポジウムでは、宮川努 学習院大学教授をお招きし、1人当たりのGDPを目標としつつ、かつ広範な生活の豊かさ(well-being)を実現する手段として、従来の生産拡大型資本だけでなく、人材の充実や環境改善をもたらす資本の蓄積について、ご説明いただきました。

1.日本経済の現在地

2023年に入り、日本経済は全体としてようやくコロナ禍以前の水準に戻りました。しかし、コロナ禍の中で日本政府の硬直性やデジタル化の遅れが明らかになり、何とか国民の忍耐で乗り切った感は否めません。

2.「長期停滞」がもたらした日本経済の課題

日本経済がコロナ禍で直面した課題は、失われた30年、いわゆる長期停滞において日本が抜本的な改革を避けて通ってきた結果と言えます。他の先進国と比べて日本の問題が根深いのは、バブルの崩壊による金融危機が欧米先進国より10年早かったため、そして、金融危機の時期に起きたIT革命という新たな技術革新に乗り遅れたためです。また、デフレ下での経営姿勢の保守化などを理由に、貯蓄が投資を大きく上回る状況が続き、日本の企業の現預金は、2000年度末の141.5兆円から2022年度末は295.1兆円へと倍増しました。そこで、先日、岸田政権は経済対策の5つの柱の1つとして、国内投資促進を挙げました。

3.投資と生産性向上

投資(資本蓄積)の不足は、潜在成長率の低下をもたらします。2023年に入って需給ギャップが解消されたと言われていますが、その要因は、需要が回復したことのみならず、資本蓄積不足により生産能力が落ちてきたことも大きいです。資本蓄積は、生産性向上の重要な要素です。また、生産性向上がなければ、長期的な賃金の上昇も望めません。

4.多様な投資を通した豊かさの向上

今、日本にとって必要な投資は、デジタル投資、人材投資、環境投資です。人材や組織は、それ自体が生産性を上昇させるというよりも、研究開発投資やソフトウェア投資(デジタル投資)と補完的な関係にあります。しかし、日本では研究開発投資やソフトウェア投資を増やし、人材投資や組織改革投資を減らすという、バランスを欠く投資戦略が続いてきました。一方で、環境投資は、経済だけではなく、生活を豊かにする投資です。しかし、環境の改善は生活水準を向上させますが、そのための労働投入によって、労働生産性は低くなります。そこで、環境改善による生活水準向上を評価するために、環境の悪化部分(汚染物質排出分)を実質GDP成長率から引き、改善部分を足した汚染調整済経済成長率(1995年~2000年の年平均)を内閣府が試算したところ、実質GDP成長率に比べて0.5%ほど高い数値となりました。。

5.2020年代の日本の選択

これからの日本にとって最大の課題は少子化です。国立社会保障・人口問題研究所の予測では、2050年の日本の人口は1億460万人、2070年には8700万人になる見込みです。一方で、ヨーロッパの主要各国は人口6000~8000万人で、日本より高い1人当たりGDPを実現しています。日本がその人口数になるのは、2050年を超えたあたになると思いますが、それまでの間、どのような投資を通じて国を豊かにするかという戦略を立てることができます。少子化は避けられない事実であり、大胆な目標と実践、それに対する政府の支援が必要です。中心となるのは、あらゆる面での投資です。投資は短期的には需要を増加させ、長期的には供給能力を増やします。これが生産性の向上につながり、結果的に賃金の上昇をもたらします。

これからは、多様な投資の組み合わせで、世界がうらやむようなサービスを提供できる国家になるチャンスではないかと思います。例えば、少子化に対応した大胆な制度の見直しが必要です。教育や医療など、非市場的なサービスの源泉となる資本の蓄積も必要です。重要なことは、リーダーが明確な目標を示すことです。政府が力を入れている人への投資に関しては、各省庁の政策の持ち寄りになっていますが、これでは現場は目標を定めて動けません。「新しい資本主義」を標榜するのであれば、外資の積極的な導入や非市場的なサービスの充実も含めた「投資庁」や「人材庁」を作るくらいの大胆な政策が必要です。それが本当の「新しい資本主義」の政策かもしれません。

登壇者

宮川 努 学習院大学教授

1956年生まれ。1978年東京大学経済学部卒業、1978年~1999年日本開発銀行(現日本政策投資銀行)勤務、1999年から学習院大学経済学部教授。2006年経済学博士号取得(一橋大学)。専門はマクロ経済学、国際マクロ経済学、日本経済論。著書に「日本経済の生産性革新」(日本経済新聞出版)、「長期停滞の経済学」(東京大学出版会)、「生産性とは何か」(ちくま新書)、「インタンジブルズ・エコノミー」(淺羽茂氏、細野薫氏と共編、東京大学出版会)、”Intangibles, Market Failure and Innovation Performance”(Bounfour氏と共編、Springer)等がある。 経済産業省「サービス産業×生産性研究会」座長、総務省統計委員会委員、同国民経済計算部会部会長、経済産業研究所ファカルティフェロー等公職経験も多数、最近は生産性向上における無形資産の役割や企業成長に関する実証研究等に取り組む。