第1回:観光庁「宿泊業の生産性向上推進事業」~ゆのごう美春閣~(2019年7月5日号)

■「三世代家族客を中心とした個人客」を開拓

岡山湯郷温泉の旅館「ゆのごう美春閣」(以下、美春閣。所在地=岡山県美作市)は、新たなターゲット顧客として「三世代家族客を中心とした個人客」を設定し、その開拓に取り組み、大きな成果を上げた。

2002年創業の美春閣は、湯郷温泉の高台に位置する県内最大級の本格和風温泉旅館(客室数84室)で、大浴場、露天風呂、野天・四季の湯など、朝夕合わせて最大8種類の温泉が楽しめる。

日本生産性本部では、平成30年度に観光庁の「宿泊業の生産性向上推進事業」を受託し、全国四つの旅館・ホテルでのコンサルティングと、全国15カ所での生産性向上に関する実践型講座「ワークショップ(ベーシック、アドバンス、マーケティングの3種類)」を開催した。ワークショップに参加した旅館・ホテルは、生産性向上の進め方、現状分析の

方法、改善活動の実施方法、継続のための改善活動の進め方などを学んだ。

美春閣は、同事業のコンサルティングの対象施設の一つで、生産性向上マーケティングのワークショップにも参加しており、それらで学んだことを生かして、新たな顧客ターゲットの開拓に取り組んだ。

従来は、団体客の減少で売上高が減少傾向にあった。団体客の中でも低価格の顧客層をターゲットとしていたため、価格競争に陥っていた。

新たな顧客ターゲットを開拓するにあたっては、まず、現状把握を行い、売上高、利益、外部環境などの現状分析や社員へのインタビューをもとに、自社のあるべき姿を明確化した。

インタビューで、家族客への対応が自社の強みだとわかった。定員数の多い客室を多く持ち、キッズコーナーやキッズスペースにも変更可能な宴会場を多く持っていた。また、B級グルメ風屋台やハローキティルームなどもあった。家族客に対しては、きめ細かいおもてなしを得意としていた。

これらの強みを生かし、価格競争からの脱却と客単価向上をねらいとして、個人客の中でも三世代家族客を新たなターゲットとすることとした。

三世代家族客に魅力的なプランを開発するために、「おもてなしシナリオ」を使って、顧客目線で宿泊体験のシナリオを描いた。イメージ顧客の館内での過ごし方を書き出し、顧客との接点を描き、顧客満足度を高めるシナリオに基づいて、サービスを組み直した。

さらに、三世代家族客向けに訴求すべく、ホームページや各種予約サイトなどを一新した。ホームページのトップページの表記を「家族三世代で楽しむ県内最大級の本格和風温泉旅館」とし、写真も、岡山の大自然の風景から、従業員が出迎えているものに変えた。三世代家族客にアピールするプロモーションムービーもホームページ内に設けた。検索エンジンに掲載される自社のキャッチフレーズも「家族三世代で楽しむ本格和風温泉旅館」に変更した。

これらの対策を実施した結果、「三世代家族客」向けプランは、2018年度に前年対比で販売数量は2.3倍、販売金額は1.7倍に増えた。自社ホームページ経由の個人客の予約も増加した。

永山久徳・ゆのごう美春閣代表取締役社長は、「現場も楽しんで改善活動に取り組み、多くのアイデアを出すことができた」と評価している。

■「おもてなしシナリオ」を体系化、共有化

(永山久徳・ゆのごう美春閣 代表取締役社長の話)

美春閣は団体旅行がピークを迎えていた頃に建てられたこともあり、施設面でもサービス面でも従来は団体客を中心に動いていた。

時代の流れに対応して、個人客にシフトしなければいけないと思っていたが、団体客のオペレーションを中心に考え、手の空いたときに個人客のオペレーションを考えるといった習慣が従業員にも経営陣にも染みついてしまい、なかなかそれを払拭できなかった。

危機感はあったが、何から手を付けていったらいいかわからない状態だった。客室を変えたり、バックヤードのレイアウトを変えたり、個人客向けの販売促進や広告に変えたりしたが、他の宿泊施設と比べると、個人客の比率は低いままだった。

今回の改善活動では、自分たちの強みをもう一度分析して見直し、三世代家族というターゲットに注目した。

おじいさま、おばあさまがいらっしゃったときにどう対応すればいいか、小さいお子様にはどういうサービスが必要かといったことは、ノウハウとしては蓄積されていたが、従業員全体には共有化されていなかった。今回、それらを整理して、誰でもわかる、三世代の「おもてなしシナリオ」を体系化することができ、大変役に立っている。

訴求ポイントをしっかり整理したうえで、各予約サイトにおいて、三世代プランの販売を行ったところ、昨年の夏以降、売上が大変増えている。我々が持っていた強みや、我々が積み上げてきたノウハウをお客様にわかりやすく伝えられたのではないかと思っている。今後は、普段、旅館を使い慣れていない世代の方にも訴求するポイントを整理し、発信していきたい。

■顧客価値向上による生産性向上を

(観光庁の「宿泊業の生産性向上推進事業」で中心的な役割を担った鈴木康雄・日本生産性本部主席経営コンサルタントの話)

今回の事業では、業務改善などの分母改善による生産性向上だけではなく、付加価値、売上、客数を増やす、分子改善による生産性向上にも取り組んだ。短期間で成果を上げるという制約もあり、すでに持っている自社の経営資源で活用されていないものに注目してみた。美春閣は、定員数の多い客室を多く持ち、家族客に対してのきめ細かいおもてなしという強みを持ちながら、団体客を主なターゲットとしていて価格競争に陥っていた。

売上や客数を増やすには、今持っている自社の強みは顧客価値として顧客に認めてもら

えるものなのか、認めてもらえるものであるならば、それを顧客にどう伝えるか、を見極めることが重要だ。

顧客価値向上のためには、顧客ターゲット、ニーズ、サービスプランの三つが適合していなければならない。きちんと顧客ターゲットを定め、そのターゲットが持っているニーズをとらえ、自社のサービスプランを設定したうえで、その宿泊施設でどんな体験ができるのかがイメージできるようなホームページに改定することが必要だ。

情報収集、予約、チェックイン、食事、チェックアウトといったプロセスで、どんなサービスを顧客に提供できるのか、あるべき望ましい対応とは何か、あるべき姿と現状とのギャップをどう埋めていくかを「おもてなしシナリオ」に書き出してみると、顧客価値向上のヒントが出てくる。部署ごとの業務の繁閑も「見える化」され、フロントの担当者が接客も担当するといった多能工化も図れる。

中小企業が多い宿泊業では小さな成功体験を積み重ねることが重要だ。成功体験が積み重なると、知識も経験も増え、その結果、能力も意欲も高くなる。今回の取り組みは、こうした成功体験を得る、よいきっかけになったのではないか。今後は、従業員の自主的、自立的な取り組みによる、新たなサービスプランの開発に期待したい。

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