ニューノーマル時代の上司と部下の関わり方③(2020年9月5日号)

■深い、本物の対話の技法


「面談ごっこなんですよね、結局のところ」とある管理職研修の参加者が、自らの目標管理面談を振り返って飛び出した一言。曰く、魂のこもっていない極めて表層的な話に終始しているとのこと。その証拠に部下がやると誓ったことはおよそ実行されず、毎年、同じような言葉を儀式のごとく交わしているという。
1on1の対話においても同様で、当たり障りのない会話であればそれは単なるコストでしかない。雑談のようでいて、実のところ深い対話をしている、これこそ本物だ。では、どうすればそのような対話になるのか。氷山モデル(図参照)というフレームワークがある。

表層的な対話はこの氷山モデルでいうところの海面から出た部分、すなわち「結果」や「行動」に偏っている。目標の達成率はいかほどで、これから何をどのようにするのかといった具合である。この内容を話すこと自体が決して悪い訳でない。そうではなく、それだけしか話さないことが問題なのだ。心理学では「行動」「感情」「思考」がトライアングルのように結びついていると考える。例えば、面談で部下がある行動を約束したとしよう。このとき部下のアタマの中では「本当はやりたくないな」という感情や「でも役割を果たさなければいけないし」という思考が働いている。そして後日いやいやながら行動するといった具合だ。

深い対話では、このような感情や思考、さらにはそれらに影響を与えている氷山の海面下深くにあるものにも焦点を当てる。通常、ビジネスシーンでは感情を表に出すのはタブーだと考えられている。その仕事はやりたくないといえばプロフェッショナリズム、あるいはそれ以前に社会人としての資質を疑われる、と多くの人は考えるだろう。しかし人間である以上、感情はつきまとう。それを表に出さないのはやせ我慢をしているだけだ。深い対話では感情や、本音という名の思考を共有する。その目的はトライアングルの三つの要素のベクトルを合わせることに尽きる。三つのベクトルの方向性が前向きに揃うとき、すなわち「やりたい」「やる意味がある」「できる」になると人は幾多の困難をも乗り越えて行動を継続しようとする。対話で行動のみに焦点を当てるということは、感情や思考は部下自身でセルフコントロールするように、というメッセージを発信しているのと同じだ。当然のことながらそれができる部下ばかりではない。むしろ少なくない部下は体裁を整えるためにYesというが、ベクトル合わせに失敗をして行動が伴わない。

次に、氷山モデルの思考や感情に影響を与える要素とはどのようなものか、さらに深いレベルまで掘り下げてみよう。まずは自分の実力に対する自信の程度。本当に実力があるかどうかは別にして「まぁ、なんとかなるだろう」と考えられる人ほど困難な仕事を前にしても前向きな感情を抱きやすい。あるいは根源的な恐れ。愛想よくしていないと、相手の期待を裏切らないようにしないと、才能豊かでないと、自分を受け入れてもらえないといった無意識に近い恐れを人は抱いている。それができそうにないと直感的に感じるとき不安が頭をもたげ、思考がやらない理由を合理的に取り繕おうとする。これらのメカニズムに気づき、新しい反応のパターンを獲得することこそが人が成長することの本質だ。

そのためには海面下にあることに焦点を当てる必要がある。これまでの自分のパターンを自覚していかなる不都合がどのように生じているのかに気づくこと一生懸命に握りしめていたこれまでの自分の常識や慣習に少し距離をおいて対峙できるようになること、そして新しい反応パターンを選択肢に加えること。これらを支援することこそ深く、本物の対話を行うことの本質だ。とかく傾聴スキルといったハウツーが対話の解としてもてはやされる昨今において、そしてテレワークによるコミュニケーション機会が減少するニューノーマルにおいて、深い、本物の対話の価値がますます高まっていくであろう。(おわり)


筆者

栗林 裕也
日本生産性本部 人材開発コンサルタント
鉄道会社を経て現職。「人は組織内でどのように成長するのか」「どうすればより成果のあげやすい組織になるのか」をテーマに調査、コンサルティング、研修に従事。論文に「組織における管理職を起点とした人材の活性化戦略とは」(生産性労働情報センター)など。白百合女子大学非常勤講師。

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