従業員の健康と経営活動(ウェルビーイング経営①)
「ウェルビーイング(well-being)」とは、世界保健機関(WHO)」の憲章による”健康”の定義において、”病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態(well-being)にあること”(日本WHO協会訳)として使われたことによって広まった概念となります。心身が単に健康と言うだけでなく、”幸福”であるとか”いきいき”している状況をも含んでいると考えられます。
企業の現場では、主体的に働くことや創造性を発揮して働くことのベースとして、健康やそれを超えた「ウェルビーイング」を経営に取り込むことの重要性が注目されつつあります。
ここでは、「ウェルビーイング」を経営として取り組むことの重要性を指摘した報告書「これからの健康いきいき職場づくり~“Society 5.0時代・ポストコロナ時代の健康いきいき職場づくり”に向けて~」(”健康いきいき職場づくりフォーラム、2022年2月)より、従業員の健康への注目とこれまでの動向について概説しながら、「ウェルビーイング経営」とはどのようにして始まったのかを見ていきます。
- この記事のポイント
職場のメンタルヘルスに関連した取り組みの沿革
企業でのメンタルヘルスの”問題化”と対応
職場のメンタルヘルスを巡る問題は、1984年に民間企業でのうつ病の労災認定があったこと、自殺者数の増加、2000年の過労自殺の最高裁判決などにより、社会問題として認識されるようになりました。
2000年代中盤には、メンタルヘルス不調による離職、休職等が急増し、企業経営の面からもメンタルヘルス対策が重要になってきました。
このような中、2000年に厚生労働省より「事業場における労働者の心の健康づくりのための指針」 (現在の「労働者の心の健康の保持増進のための指針」 の前身となるもの)が公表されたのを皮切りに、以降本邦では事業場における職場のメンタルヘルス対策が普及してきました。
2015年には50名以上の事業場でのストレスチェック制度実施が義務化されました 。
さらには、メンタルヘルスに大きな影響を及ぼすパワーハラスメントについては2020年大企業において対応が義務化されるなど、行政主導によるメンタルヘルス対策推進の動きは強化されていきました。
これらの動きに合わせ、企業では長時間労働対策を中心に対応が進められていきました。
取り組みの成果と課題
これら対策の結果、メンタルヘルス対策を行う事業場の割合は増加し、令和2年には6割を超えました。特に50名以上の事業場では90%を超えるまでになっています。
とはいえ、企業のメンタルヘルス対策は解決に至ったとは言えず、例えば日本生産性本部の調査では、いわゆる「心の病」の増減については、右の図のように「横ばい」と回答する企業が最多を占め、減少には至っておりません(出典・公益財団法人日本生産性本部 メンタル・ヘルス研究所 第10回「メンタルヘルスの取り組み」に関する企業アンケート) 。また、精神障害等に起因する労災請求件数も増加傾向にあります。
これまでの対策は、企業側から見ると法的・行政的なリスクのマネジメントを主眼として行われてきたとも捉えられます。しかし、こうしたアプローチだけでは、2000年代以降の企業現場の大きな変化に対応しきれなかったと考えられ
ます。「リストラ」に代表される、雇用の不安定化、労使関係の変化、人事評価制度刷新等の変化が、職場コミュニケーションや助け合いの減少に繋がり、従業員のメンタルヘルス不調の増加に影響を与えていることも指摘されています。
職場環境やコミュニケーションの変化は、経営やマネジメントの影響が大きいと考えられます。しかし、メンタルヘルス対策は産業保健スタッフ中心でなされることが多く、こうした要因への対策を取りづらい面がありました。そのため、経営層・人事労務部門がより積極的に関わり、経営視点で従業員の心の健康を捉え、対策を行っていく必要性が生じてきました。
こうした考え方は、現在、多くの企業・組織で共有されています。
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健康づくりを巡る新たな潮流
ポジティブメンタルヘルスへの関心の高まり
2000年代には、職場のメンタルヘルス対策に、これまでとは異なるアプローチが生み出されました。その大きな流れの一つとしてポジティブなメンタルヘルスに関する動向があり、その代表が従業員のポジティブな仕事への関わりについて注目したワーク・エンゲイジメントです。
ワーク・エンゲイジメントはバーン・アウトの対概念で、「仕事に誇りとやりがいを持ち」(熱意)、「仕事に熱心に取り組みエネルギーを注ぎ」(没頭)、「仕事から活力を得ていきいきしている」(活力)状態として定義され、活力にあふれ、仕事にも熱心に関わるとされています。
これに関連するモデルとして、「仕事の要求度・資源モデル」があります。仕事の要求度を低減させるだけでなく、作業・課題、部署、事業場の各レベルの仕事の資源を向上させることが、ストレス低減にもワーク・エンゲイジメント向上に繋がり、最終的に従業員のウェルビーイングに寄与することが明らかになりました 。
(右図:仕事の要求度・資源モデルとワーク・エンゲイジメント:出典・慶應義塾大学島津明人教授スライドより)
これにより、職場のメンタルヘルス対は、疾病対策にとどまらず活気やウェルビーイングまで見据えた活動と捉えられるようになりました
健康経営の広まりとプレゼンティーズムへの注目
産業界においても、この時期に従業員の健康づくりに対する関心が高まってきました。
経済産業省は健康経営に係る各種顕彰制度として、2014年度からは「健康経営銘柄」など健康経営に取り組む優良な法人を「見える化」することで、従業員の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に取り組んでいる企業として社会的に評価を受けることができる環境を整備することを目指しており、申請法人の数も増加しています。
その過程で注目を集めるようになった概念として、心身の体調不良が原因による欠勤、休職等業務自行えない状態を指す「アブセンティーズム」、出勤はしているが健康上の問題でパフォーマンスが上がらない状態のことを指す「プレゼンティーズム」があります。いずれも健康問題がもたらす損失として、健康経営における重要な概念であると位置付けられるようになりました。
(右図表:健康経営概念図
出典・経済産業省ヘルスケア産業課「健康経営の推進について」(令和3年10月)
特に、プレゼンティーズムでは、パフォーマンスが上がらない要因として、メンタルヘルスの観点、その背景にある職場環境からの考察もなされるようになりました。
そして、健康経営の文脈においても、職場やマネジメントのあり方、その延長線でよりポジティブな要素が重視されるようになってきました。
そのことは「健康経営度調査」で、アブセンティーズム、プレゼンティーズムに加え、ワーク・エンゲイジメントも成果指標の一つに取り上げられたことにも表れています 。
これらの動きと並行して、2012年に日本型ポジティブメンタルヘルスの標準理論として「働く人の健康」「働く人のいきいき」「職場の一体感」の三つを重視する「健康いきいき職場づくり」が提唱され、その推進プラットフォームとして「健康いきいき職場づくりフォーラム」が設立され、健康経営の動向にも影響を与えてきました。
「健康いきいき職場づくり」の最大の意義は、「健康」を幅広く捉え、職場環境やマネジメント、働き方の充実が企業や従業員の成長に資すること、健康管理部門だけではなく、人事、労働組合等も含め、経営として関与することが重要であることを、産業界に浸透させた点にあると考えられます。
これまで概観したように、従業員の心身健康の保持・増進を、企業の価値と持続可能性の向上という形で経営につながるものとして捉える新しい潮流が生み出されてきました。そして現在、内外の環境変化が、健康を進めた意味での「ウェルビーイング」を経営として重視する先進的動きも注目されつつあります。
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