2023年度第6回生産性シンポジウムを開催しました
2024年3月27日
2023年度第6回生産性シンポジウムが3月27日、「人材投資と生産性~生産性改革の実現に向けた人材投資のあり方とは?」をテーマにオンラインで開催しました。学習院大学経済学部経済学科教授の滝澤美帆氏、同経済学部経営学科教授の守島基博氏、BIPROGY(旧日本ユニシス)人的資本マネジメント部長の安斉健氏がパネルディスカッションを行い、生産性向上に向けて人材投資・人材育成をどう進めるべきかを議論しました。
人材投資 あり方探る 企業成長に研修費必須
シンポジウムでは、生産性向上の原動力となる「IT・デジタル化」、「教育・人材」、「イノベーション」と、「環境」、「所得分配」、「サプライチェーン」などの要因から、日本の生産性を評価し、これから労働生産性を向上させるために何をすべきかについて、特に人材投資・人材育成のあり方から考えました。
イントロダクションとして、日本生産性本部生産性総合研究センターの木内康裕・上席研究員が「生産性評価要因からみた日本の現状(「生産性評価要因の国際比較」から)」と題してプレゼンテーションしました。
木内上席研究員は「日本の教育・人材は、学力的な成績こそ良好なものの、主に企業による人材への投資や育成、成果(付加価値)を効果的に生み出す力に課題がある」と指摘した。
この後、滝澤氏は経済学の視点から、守島氏は経営学の視点から、安斉氏は企業の人的資本マネジメントの現場の視点から、日本企業が生産性向上を図るためにどうすべきかについて論じました。
滝澤氏は「日本の先行研究では、人的資本投資が生産性に寄与しているとの結果があり、人的資本投資額は企業のパフォーマンスとプラスで関係していることも明らかになっている。効果の発現までに時間を要する場合もあるが、教育訓練費(研修費)は投資であると捉えるべきだ」との考えを示しました。
守島氏は「従業員の生産性を上げる要因として、マインドへの投資」の重要性を指摘した。「働き手のマインドが組織や職務に向かっているかを判断するKPIのひとつが、従業員エンゲージメントである」とした。もう一つ重要な要素として「組織力開発」を挙げ、パーパス・ビジョンの共有や、インクルージョンのある組織づくりなどが重要になるとの考えを示しました。
安斉氏はBIPROGY人的資本マネジメント部の取り組みとして、「トップメッセージの発信と社内の制度・環境の整備、ターゲット層に応じた意識・行動改革という3つの歯車を回すことで、強い組織力を醸成し、組織能力変革の好循環を作り出すことに取り組んでいる」と紹介しました。
人的資本経営の現場から考える生産性改革 「人への投資」で生産性向上を
発言要旨
シンポジウムでは、学習院大学経済学部経済学科教授の滝澤美帆氏、学習院大学経済学部経営学科教授の守島基博氏、BIPROGY人的資本マネジメント部長の安斉健氏、日本生産性本部生産性総合研究センターの木内康裕・上席研究員が、主要先進国より低いとされる日本の労働生産性を改善するための施策などについて論議しました。発言要旨は次の通りです。
「無形資産投資バランス欠く」 滝澤美帆 学習院大学教授
無形資産を分類すると、パッケージ・ソフトウェアなどの情報化資産と、研究開発(R&D)投資などの革新的資産、企業固有の人的資本などの経済的競争能力に分けられる。
日本企業がICT投資やR&D投資が進んでいるにもかかわらず、労働生産性の上昇率が低迷しているのは一種の「パズル」である。ICT投資やR&D投資を行っても、それを有効活用できていないのではないか。使いこなせる人材が少ないとか、使いこなせるように訓練ができていないなどが考えられ、それらは無形資産投資のバランスの悪さを示している。
日本の人材育成が立ち遅れている背景には、1990年代後半の金融危機以降、従業員の非正規化が進んだことがある。米国のように、労働市場全体の流動化につながらず、従来の日本型雇用を踏襲する正規雇用と、流動化はするもののキャリアの上昇が限られる非正規雇用に分かれた。そして、企業は人材育成の節約に走った。
企業データを用いた人的資本と生産性の研究(サーベイを含む)によると、「教育訓練は企業の生産性に対して正の寄与」(Morikawa、2021)や「人的資本投資を積極化させることは、労働生産性の水準によらず、生産性に対しプラスに働く可能性が高い」(小寺・井上、2018)、「人材育成投資は従業員の主観的な生産性向上に間接的に寄与」(初見、2020)など、人的資本投資が生産性に寄与しているとの結果を示している。
労働市場の流動化により、企業が従業員への教育訓練を手控える可能性を指摘する声もあるが、人への投資を行っていることについて、魅力的な企業であることをアピールする手段として捉えるべきだろう。
「マインドへの投資を進めよ」 守島基博 学習院大学教授
日本の労働者一人当たりの生産性が低いというデータが多い。生産性は、設備や人的能力など多くの要因に依存するが、忘れてはならないのはソフト要因であり、代表的なのは、働く人のマインド、つまり、ココロの状態である。
人はココロを持つ存在であり、納得して働くときのほうがエンゲージメントや生産性が高く、逆に落ち込む時には生産性が低くなる。生産性は、個人のマインドのあり方に大きな影響を受けると考えられるのである。
なぜならば、その他の資本と違って、人的資本を所有しているのは、あくまでも個人だからである。したがって、「その気」にさせないと、所有する人的資本を企業のために使ってくれない。人的資本が企業のために使われないと、仮に雇用していても、フルに活用されず、「人材の持ち腐れ」になる。その気になってもらうために企業が行う施策が人材マネジメントだ。
従業員のマインド面(感情・気持ち)の状態向上が生産性に大きな影響を及ぼすことを示した研究は数多い。マインド向上策の例は、ワーク・エンゲージメント向上や次世代リーダー候補としての自覚、企業理念・パーパス等への共感、自己効力感の向上などを促すものがある。人材投資は、マインド面にポジティブな影響を与える時、最終的には、生産性に好影響を与えることが明らかになっている。 もう一つの重要な投資として、組織力開発がある。従来型の組織開発は、飲み会や社員旅行、運動会など、人材が活き活きと働ける組織や職場を作るための活動で、日本企業はこれまである程度取り組んできた。ただ、近年、働く人や企業の変化に応じた新たなタイプの組織開発が求められている。
組織力開発の例としては、自社・自部門の存在意義や顧客や社会に与える価値を示すパーパスやビジョンを働き手と共有することや、人材の多様性を活用する組織、公平性、個の尊重、心理的安全性などインクルージョンのある組織や情報公開のある組織、組織文化の醸成などである。
「自律促すROLESを導入」 安斉健 BIPROGY(旧日本ユニシス)人的資本マネジメント部長
BIPROGYグループの未来の方向性を定めた「Vision2030」では、人材育成のあるべき姿を定め、それに向けて「キャリア自律」「事業戦略との連動」「学習する組織風土」をキーワードに、人財開発方針・施策を策定している。価値創出力を強化するための新たなケイパビリティ獲得を推進するなど、持続的成長のために人的資本経営を強化するのが狙いだ。
施策の軸となるのが「ROLES」だ。業務遂行における役割のことで、具体的な業務内容(JOB)、業務遂行上必要となるスキルを定義したものを意味し、経営戦略に基づいた各事業戦略で必要とする人的資本の種類・質・量を可視化する中核概念である。 ひとりの社員にとって、ROLESの担い手は「キャリアの中で順次に異なるROLEを担う」、「同時に複数のROLEを担う」「未経験の新たなROLEを担う」などさまざまだ。ROLESの役割を理解し業務を遂行することで個の多様性を高め、スキル・コンピテンシーを強化することができる。
ROLESによって、社員のキャリア自律を推進し、多様な価値を受容する人と組織をつくることができる。経営にとっては、人的資本の可視化による戦略策定と実行などの期待効果があり、組織にとっては、個人の多様性を活かした業務アサイメントの実現による組織能力の向上などの期待効果がある。
また、様々な人に関するデータをタレントマネジメントシステムに一元化し、人の育成や適正配置といった人財戦略全般を推進する「HRプラットフォーム構想」に取り組んでいる。HRプラットフォームにより、「組織能力の向上」「人的資本の可視化」「個人のキャリア自律」を加速させ、「Vision2030」の実現を目指している。
「付加価値創出が弱い」 木内康裕 日本生産性本部上席研究員
日本生産性本部では、生産性を多面的に評価した上で国際比較を行い、これからの生産性上昇のあり方を検討するための材料とする研究を進めている。「生産性評価要因の国際比較」の中で、生産性評価要因から日本の現状を見てみると、生産性向上要因の中で、「人材・教育」は米、独を上回っている。PISA(OECD生徒の学習到達度調査)やPIAAC(OECD国際成人力調査)などの調査における評価が高いからだ。
しかし一方で、「IT・デジタル化」や「イノベーション」は、46カ国平均こそ上回っているが、OECD加盟国の平均並みである。それぞれの要因を見ると、「付加価値創出力」が平均を大きく下回っていることが分かる。
つまり、インフラなど、目に見えるところは頑張っているが、付加価値を生み出すところに繋がっていない。それが、生産性向上につながらない理由として考えられる。人にどう投資し、育成していくのかが問われている。
関連リンク
登壇者
滝澤美帆 学習院大学経済学部経済学科教授
2008年一橋大学博士(経済学)。日本学術振興会特別研究員(PD)、東洋大学教授、ハーバード大学国際問題研究所日米関係プログラム研究員などを経て、2019年より現職。中小企業政策審議会、財政制度等審議会など中央省庁の委員を歴任。主な著書に「グラフィック マクロ経済学 第2版」(新世社、宮川努氏と共著)、「コロナショックと働き方」「コロナショックの経済学」(中央経済社、宮川努氏編)などがある。
守島基博 学習院大学経済学部経営学科教授
1986年米国イリノイ大学産業労使関係研究所 博士課程修了 。人的資源管理論で Ph.D. を取得後、カナダ サイモン・フレーザー大学経営学部Assistant Professor。慶應義塾大学総合政策学部助教授、同大大学院経営管理研究科助教授 ・教授、一橋大学大学院商学研究科教授を経て、 2017 年より現職。厚生労働省労働政策審議会委員、中央労働委員会公益委員などを兼任。2020年より一橋大学名誉教授。著書に「人材マネジメント入門」 、「人材の複雑方程式」、「人材投資のジレンマ」(分担執筆)(すべて日本経済新聞出版)、「人事と法の対話」(共著、有斐閣〉などがある。経営アカデミー「人事革新コース」コーディネーター。
安斉 健 BIPROGY株式会社(旧日本ユニシス)人的資本マネジメント部長
早稲田大学政治経済学部卒業。日本ユニシス株式会社(現 BIPROGY)入社後、主に人事部門、経営企画部門にてキャリアを形成し、人事部門では人事給与・労務管理の実務から人事制度設計・運用、採用・育成等、幅広く経験。経営企画部秘書室長を経て、2023年4月より現職。社名変更から2年目となるBIPROGYにおいて、人的資本の可視化、グループ人財戦略の立案・推進等、人的資本経営の強化に取り組んでいる。 経営アカデミー・マスター(2018年人事革新コース)。経営アカデミー運営幹事。
木内康裕 公益財団法人日本生産性本部 生産性総合研究センター上席研究員
2001年、立教大学大学院経済学研究科修了。政府系金融機関勤務を経て日本生産性本部入職。生産性に関する統計作成・経済分析が専門。アジア・アフリカ諸国の政府機関に対する技術支援なども行っている。国際的にみた日本の労働生産性の実態など主要国との比較にも詳しい。 主な執筆物に「労働生産性の国際比較」(2003~2006年、2009年以降各年版、日本生産性本部)、「人材投資のジレンマ」(分担執筆、日本経済新聞社)、「新時代の高生産性経営」(分担執筆、清文社)、「Productivity Transformation」(分担執筆、生産性出版)など。