コロナ危機に克つ:神津 里季生 日本生産性本部副会長インタビュー
労働組合の中央組織である連合の会長で、日本生産性本部副会長の神津里季生氏は、生産性新聞のインタビューに応じ、新型コロナウイルスの感染拡大への対応策について語った。医療や介護・公共など危機対応に欠かせない現場への重点的な配置も視野に置いた、マッチング機能を持つ雇用のセーフティーネット(安全網)の設置を訴えた。
雇用安全網の整備急げ 医療、介護などに支援手厚く
神津氏は新型コロナウイルスの感染拡大に伴う雇用状況について、「日本企業は内部留保があってよかったという指摘があるようだが、米国のように4分の1が失業手当を受けるなどという極端な状況までには至っていないのは確か」としつつも、「内在している(企業経営悪化の)リスクが高くなっていることは間違いなく、政府の企業支援の対策も後手に回っており、『もう持たない』という状況が出てくるのはこれからだ」と述べ、雇用状況の一段の悪化に警戒感を示した。
日本全体で見ると、新規感染者が減り、落ち着きを見せている。神津氏は、「これで一段落などと思ってはいけない。新型コロナウイルスは変異によって、さらに強力になり、秋から冬にかけて襲ってくるかもしれないし、新たな別の感染症の脅威に直面するかもしれない」と指摘。第二波の到来や新たな危機に備え、まずは雇用の安全網の整備を急ぐ必要があるとの考えを表明した。
神津氏は、求められる雇用の安全網として、スウェーデンなど北欧の例を取り上げた。スウェーデンでは政府、労働組合、経営者団体の三者が連携した仕組みを構築し、失業者のニーズをしっかりと聞いた上で、職業訓練のメニューを提供する。手厚い失業給付金を支給しながら、職業のマッチング機能を充実させ、事業者と労働者の双方にとって最適な組み合わせを追求している。
北欧型安全網は、理想的な労働移動をスムーズに行うことにもメリットがあるという。神津氏は「労働移動が少ないのは、労働組合にとって良いことのように思われているが、必ずしもそうではない。日本の現状の雇用制度は、働く側が我慢をすることで労働移動が起きない、労使双方の意欲をそぐ結果になっている」との見方を示した。
「北欧では雇用の安全網がしっかりしている代わりに解雇規制も緩く、経営者は労働者を解雇しやすい。一方、働く側も『職場になじまない、不満がある』と考えたら、すぐに辞めることができる。これはある意味、働く側の選択権を尊重した仕組み」と述べ、日本でもこうした仕組みを目指すことが必要との考えを示した。
中堅・中小企業では、コロナ禍対応で、経営者が自発的に「従業員シェアリング」を行う動きが出ている。自社で従業員を雇い続けることが難しい企業が一時的に従業員を出向させ、業界の垣根を越えて働き続けられる場所を提供する方法だ。
これについても神津氏は、「善良な経営者同士なら問題ないが、残念ながら、そうでない経営者も増えている。政労使がしっかり音頭を取って、社会契約的な考えに基づくシステムを構築すべきだ」と述べた。
また、国、地方自治体、公益団体、NPO法人などが持つ求人・求職に関する情報を共有し、人材が必要な事業所に、働き手が求めるニーズをマッチングさせる必要性も指摘し、神津氏は、「医療、介護をはじめ、コロナ禍で手厚い人材を必要とする場所に対し、重点的に人材を配置することも可能になる」と述べた。
このほか、神津氏は、新たな危機に備えた対応策として、憲法第25条の生存権で保障されている生活保護を受給しやすい運用への改善の必要性も訴えた。「(コロナ禍で)苦境に陥るのは全くの運不運であり、生活を立て直すまで生活保護を受けられればいい」と話す。
さらに、政府が実施する10万円の特別定額給付金について、「本当に困っている人に、必要な額が迅速に届く仕組みになっていない」と指摘。さらに給付付き税額控除制度を導入し、税制の透明化を図るべきとの考えを示した。
(以下インタビュー詳細)
コロナ対応で見えた新しい労働運動の可能性
メーデーで動画メッセージ
労働組合運動は、各種集会や大会、執行委員会など人の集まりによって成り立っている。しかし、今回の新型コロナウイルスの感染拡大によって、三つの密(密閉・密集・密接)となる人の集まる会合は回避せざるを得ない。今年のメーデー中央大会は、動画メッセージの配信によるウェブ開催となった。
アフターコロナの対策としてという視点だけではなく、これまで連合に集う仲間、そして連携をする組織の人たちとともに祝ってきたこのメーデーを、すべての働く仲間、すべての方々にメッセージを送る場として位置付けた。大変なことではあるが、ICTツールを使った活動をやってみて、新しい気づきもあった。
もちろん、来年のメーデーは人が集まれる形で開催したいが、コロナの影響がどうなっているかは見通せない。今後わが国が、リアルの会合によるコミュニケーションを再開するには、透明性をどう確保するか、検査体制の充実が重要になる。
働く現場では、インフルエンザと同様に、コロナに感染したら、感染を広げないように回復するまで休むという対応を当たり前にすることが大事で、そういう意味でも、すぐに感染を認識できる検査体制の確立は不可欠だ。
後方支援体制を充実させよ
現場で闘う人たちに対しては、後方支援にどう厚みをつけるかが検討課題だ。例えば、保健所頼りの検査体制について言えば、そのこと自体の見直しはもちろん、これまで、保健所が合理化の名のもとに人減らしや予算削減の対象になってきたことの是非も改めて問いたい。
財政の問題で片づけてしまうと、いざ人命を守ろうとするときに機能しないことが分かったことは、今回の教訓だ。
私自身は今は応援することしかできず、もどかしい毎日だ。「働きすぎて健康を害さないか」「メンタル面の不安は大丈夫か」など、心配は尽きない。
連合は、5月12日の「看護の日」にちなみ、毎年5月に医療・介護フェスという中央集会を開催している。今年は集会の開催は見送りせざるを得ず、「医療・介護・福祉現場の最前線で働く仲間にエールを送ろう!」と題して、医療や介護・福祉の現場で働く組合員とすべての組合員が連携し、つながる場をつくることにした。
「医療・介護・福祉現場の最前線で働く仲間にエールを送ろう!」特設サイトを公開し、構成組織・地方連合会・単組の仲間からは、医療・介護・福祉従事者へ「ありがとう」など感謝のメッセージを、医療・介護・福祉現場の組織からは、職場の実態を伝えるメッセージを撮影し、特設サイトに投稿している。
ところが世の中には、現場でリスクを背負って働いているこうした仲間たちに対し、誹謗中傷やハラスメントを行う人たちがいる。本来、感謝すべき人たちにそのような仕打ちをすることはとても残念であり、許せない。二度と起こらないよう、政府や関係機関への要請に力を入れている。
後手の対策、しかも小出し
これまでの日本政府の対応は、その場しのぎで、後手に回り、小出しで曖昧なものに終始している印象だ。事業者や国民は「出口」が見出せず、相当イライラしている。
政府の対策はお世辞にも万全とは言えず、新型コロナウイルス感染による死亡者数が欧米の先進国に比べてかなり低い数字にとどまっているが、その理由は何なのかがわからない。
コロナウイルスは変異によって、さらに強力になり、秋から冬にかけて襲ってくるかもしれないし、他のウイルスによる感染症の脅威に直面するかもしれない。こんなゆるゆるの政策で、次なる危機に対応できるのか。新規の感染が落ち着いているからと言って、決して、コロナの危機が去ったとは思ってはいけない。
もっと強烈な脅威が来るという前提で、医療用のマスクや防護服などを確保しておくことを含め、社会の成り立ちや危機への対応策をしっかりと組み立て直さなければならない。国民の命を守るための政策には赤字国債を発行してでも必要な財源を確保すべきだ。もちろん、ただでさえ心配な財政破綻のリスクが大きくなる。コロナ危機への対応と並行して、税財政のあり方を根本から考え直さなければならない。あってほしくないことだが、万一財政破綻したときの対策も必要で、国民の命に直結するものを最優先にし、事後の対応策を準備しておくべきだ。
団結権の重要性の認識を
2019年4月1日から、働き方改革関連法が順次施行されている。時間外労働の上限規制などの労働基準法の改正と、いわゆる同一労働同一賃金の法整備の二つが柱だ。
時間外労働の上限規制の導入については、これまで青天井となっていた残業時間に罰則付きの上限が設けられるもので、大企業は19年4月から、中小企業は今年4月から始まったが、コロナの感染拡大の影響で、やっておくべきことが、どこまでできているか懸念がある。
同一労働同一賃金の法整備は、正規雇用労働者とパートタイム・契約・派遣等の雇用形態で働く労働者の不合理な待遇差が禁止される。今年4月から適用され、中小企業におけるパートタイム・有期雇用労働法の適用は21年4月から。しかし、何が均等でどういうバランスが理想なのか、労使で普段から申し合わせがないと、うまく機能しないだろう。
日本国憲法第28条では、労働三権(労働基本権)を規定している。労働者の権利として、「団結権」「団体交渉権」「団体行動権」といった三つの権利を認めている。
なかでも、労働組合の活動を認める団結権の重要性は、コロナ禍の中で再認識されている。普段から労使で話し合っているおかげで、コロナ危機の最初の段階でも、休業の仕組みなども利用して、慌てることなく対処することができた労使は少なくない。
現在、雇用労働者全体に占める労働組合加入者の割合を示す「組織率」は17%を下回り、過去最低を更新し続けている。団結権の恩恵を受けない労働者が8割を超えている状況を何とかしなければならない。
さらに、個人事業主やフリーランスといえども、ほとんど労働者と同じ環境に置かれている人も少なくない。こうした人たちは、今回のコロナ禍のような危機的状況になれば、厳しい状況に陥るケースが多い。労働者性を認めるところは認めて、労働者の権利をきちんとカバーすべきではないかという問題も提起している。
分断を避け、人類全体が協力を
今回の新型コロナウイルスの感染拡大は、ワールドワイドに極めて深刻な影響を及ぼしており、第二次世界大戦以来の大きなインパクトを与えている。
米国と中国が、新型コロナウイルスの発生源に関し、対立を深めるなど、コロナ後の新秩序をめぐり、政治、経済面で分断が進んでいるように見える。
そんなことを続けていたら、人類はコロナの脅威に克つことはできない。ワクチンや特効薬の開発には、情報を共有し、技術的にも協力していく必要がある。
国連を軸に第二次世界大戦後に築いてきた国際協調の枠組みが、コロナ禍でおかしなことにならないようにするには、米中の双方に良好な関係を持ちうる日本外交の役割は重要だ。独仏などのEU諸国と力を合わせて、人類が協力して、コロナに立ち向かっていく土台を築いていくべきだ。
*2020年5月18日取材。所属・役職は取材当時。