コロナ危機に克つ:政府の諮問委員会メンバー 小林慶一郎氏の提言

政府の新型コロナウイルス対応に関する「基本的対処方針等諮問委員会」のメンバーで、東京財団政策研究所研究主幹の小林慶一郎氏(慶應義塾大学客員教授)は、生産性新聞のインタビューに応じ、緊急事態宣言の解除に合わせ、検査と隔離を大幅な向上を可能にする医療体制の強化を急ぐべきとの考えを示した。

「医療」拡充 総力戦体制で 財政再建へ国際協調、不可欠

小林 慶一郎 東京財団政策研究所研究主幹/慶應義塾大学客員教授

――政府は5月25日、緊急事態宣言を全面解除した

「諮問委員会のメンバーの中でも、感染の再拡大を懸念する声は根強い。しかし、これ以上、経済を止められないという暗黙の理解があり、(緊急事態宣言解除は)やむを得ない判断だった」


――次なる感染拡大と経済悪化のリスクを緩和するために、何が必要なのか

「最も重要なのは医療体制の拡充を急ぐことだ。経済活動と国民生活への悪影響を考えると、2回目の緊急事態宣言は何としても避けたい。民間のシンクタンクの試算では、2020年4~6月期の経済成長率はマイナス20%を超える見通しだ。自粛経済に擁するコスト(損失)は、1年で100兆円、四半期でも25兆円にのぼる計算になる。緊急事態の再宣言をやるくらいなら、再びの自粛経済で失われる可能性のある資金を、医療体制の強化に先行投資し、損失を未然に防ぐほうが賢明だ」

――どの程度の拡充が必要になるのか

「日本はドイツや米国など他の先進国と比べて、検査数が極めて少ない。また、重症者用のベッド数や人工呼吸器の数も大きく見劣りしている。アジアではシンガポールの成功例がある。検査数も多く、重症化も抑え、低い死亡率を実現しており、参考になる。日本も、官邸主導で特別な司令塔を置き、経済界からもリソースの提供を受けるなど総力戦の体制でやれば、現在の10倍の増強は可能だ」


――日本では欧米ほどの医療崩壊は起きていない

「ある一定の人口に対する新型コロナウイルスによる死者数を比べると、確かに欧米に比べて日本は低い数字だが、中国や韓国などアジアの近隣諸国も同じように死者数は少ない。その理由はわからず、現段階で感染症対策の日本型モデルが他国よりも効果的であったという評価はできない」


――いつごろまでに拡充しなければならないのか

「今秋インフルエンザが流行すれば、1日数万人規模の診察・検査の受け入れが必要で、さらにインバウンド(訪日外国人客)で平常時の半分程度の1日あたり8万人の入国者があったとしたら、合計1日10万人規模の検査体制が必要になるわけで、現在の医療体制ではとても間に合わない。2021年の東京五輪開催に向けてインバウンドを増やすなら、秋ごろには成果を示し、日本の安全性をアピールする必要がある。半年程度の時間軸で、検査数や病床数などの数値目標を設定し、何としても実現してもらいたい」


――コロナとの闘いで、医療現場は疲弊している

「喫緊の課題として、政府の支援で医療スタッフやリソースの不足を補うことが必要だ。問題は今、経営難に直面している医療機関が少なくないことだ。感染拡大の早い段階から、コロナ以外の他の病気の患者の受け入れが減って収益減となったほか、感染者に対応している病院も人材・機材の不足で疲弊している。このままでは、コロナの第二波が来る前に、多くの医療機関が経営難で倒れてしまう恐れがある」


――医療機関を守るにはどうすべきか

「政府による医療機関に対する資金支援はもちろん、発熱外来の充実や保健所の機能拡充などによって、感染者を振り分ける仕組みの構築を主導すべきだ。コロナ対応の医療機関とそうでない医療機関に分け、危機時にスムーズに患者の流れをつくるシステムが必要だ」

――それでも、緊急事態の再宣言に追い込まれてしまったときの備えは

「緊急事態の再宣言をする際には、国民にさらなる我慢を強いることになるので、経済的な支援策とセットで行うべきだ。1~2年程度でワクチンや治療薬が開発されるという報道は、希望的観測に過ぎない。エボラ出血熱のワクチンの開発には6年かかったし、エイズのワクチンの場合は30年以上かかってもできていない。少なくとも、3~4年は危機が続くという覚悟で、個人や企業に対する補償を考えるべきだろう」


――個人への給付も、継続性が重要になるのか

「コロナ対策で収入減少に直面した個人には、所得連動型現金給付を持続的に実施すべきだ。例えば、毎月10万~15万円程度の現金給付を1年程度受け取りながら、その間に生活の再建に取り組んでもらう。転職や起業などによって、ポストコロナを見据えたキャリアの再構築を行うことも促していく」

――対象者の審査や不正の防止をどうするのか

「給付の対象者は、コロナ危機による収入減少を申告した人として、事前の審査はしない。もし、事後に不正申告が発覚した場合は、確定申告などで上乗せ課税して不正分を徴収する。事前審査がないから、嘘をついて給付を受けようとすると、あとでペナルティ増税があるので、あえて申告してこない。一方で、本当に困っている人には、上乗せ増税は課されない。コロナ危機による経済への打撃が想定よりも強く、長期化した場合は、給付期間を数年間に延長することも検討すべきだ」


――国の財政的な負担は重くなる

「この先、コロナ危機が長期化して、不況がさらに深刻になれば、経済危機を苦に自殺する人が増えてくるかもしれない。感染拡大による人命の喪失と、経済危機を背景にした人命の喪失との関係をどう考えるのか、政府には難しい判断が迫られている」


――財政危機が表面化するリスクも高い

「財政の持続性に関しては、柔軟な考え方が必要だ。そもそも、財政再建はなぜ必要なのかを考えると、赤字財政を放置することが財政破綻につながり、国民生活が混乱することを避けるためである。コロナ危機が目の前にあり、すでに国民生活に混乱をもたらしつつある。この非常時に、財政を出し惜しみすると、国民生活の混乱が収束せず、結果的に財政の改善も遠のいてしまう」


――コロナ後の財政再建はどうするか

「コロナ対策で政府の借金は相当増えるだろうが、コロナショックが収束した後で、増税や歳出カット、できるだけ緩やかなインフレ、デジタル投資などによる生産性向上がもたらす経済成長で、財政赤字を改善に向けられるはずだ」


――コロナ対策で、他の先進国も財政が疲弊している

「パンデミック(世界的流行)で財政再建は欧米先進国の共通の課題になった。この状態で一国だけが増税すると、資本逃避を招き、世界経済の混乱要因になりかねない。アフターコロナのグローバルな秩序として、国際協調による財政再建がキーワードになるだろう。財政の政策協調を図るため、『世界財政機関』のような仕組みを設け、財政再建のペースを合わせざるを得なくなる」


――世界的な金融緩和の流れはどうなるのか

「各国の中央銀行は金融緩和によって、マネーを潤沢に供給すると同時に、社債やCPの購入などを通じ、企業の資金繰り支援なども行っている。この流れは続くだろうが、加えて、財政が大きなテーマになる。中央銀行の協調とともに、財政当局の協調も必要になる。第二次世界大戦後の世界経済の秩序づくりのためにブレトン・ウッズ体制ができたように、コロナ後の新秩序についての模索が始まる」


*2020年5月26日取材。所属・役職は取材当時。

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