コロナ危機に克つ:変わるホテル・宿泊業界

新型コロナウイルスの感染拡大に伴って大きな打撃を受けたホテル・宿泊業界は、緊急事態宣言の解除を受けて、営業の本格回復に向けて感染防止策の徹底に取り組んでいる。コロナ禍で感染の脅威を経験した利用客の不安感を払拭することが、結果的に復活の近道になると考えるからだ。

対面型接客を抑制 不安心理の払拭最優先

都心のシティホテルでは、ホテルの入り口には、サーモグラフィカメラを設置し、発熱者のスクリーニングを実施するほか、従業員もフェイスシールド姿で接客している。また、地方の観光ホテルや旅館では、大浴場での入場人数の制限や浴場での貸しタオルの中止、共用品を定期的に消毒している。

レストランサービスでは、料理の説明を口頭からメモに変えたり、メニューをスマートフォンで読み取るサービスも。ビュッフェはセットメニューへの変更を検討し、ビュッフェを実施する場合はスタッフが料理を取り分けるなど感染対策を強化する。

全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会と日本旅館協会、全日本シティホテル連盟は、新型コロナウイルスの感染防止策の基本原則を記した「宿泊施設における新型コロナウイルス対応ガイドライン」をまとめた。

従業員と宿泊客および宿泊客同士の接触をできるだけ避けること、チェックイン、チェックアウトでの密の回避、マスクの着用(従業員及び宿泊者・入館者に対する周知)、施設及び客室の換気、従業員の毎日の体温測定・健康チェックなど基本原則や留意点を共有している。

自動化・無人化の契機に
帝国ホテルエンタープライズ 大脇善夫代表取締役社長に聞く

新型コロナウイルスの感染拡大を経験し、接客はどう変わるのか。ホテル、レストラン、企業の迎賓施設、保養所、研修施設などの運営を手掛け、おもてなしのプロである帝国ホテルエンタープライズの大脇 善夫代表取締役社長に聞いた。

大脇 善夫 帝国ホテルエンタープライズ代表取締役社長

――新型コロナの感染拡大防止対策は

「宴会部門を除き、宿泊と飲食はライフラインの一部と位置付けられ、制限はあるが営業を続けてきた。ウイズ・コロナの環境の中では、最高レベルの感染対策を実施し、まずは、お客様に安心していただける空間を提供することが重要になる」


――具体的には

「お客様同士、お客様と従業員が適切なディスタンスを確保すること、フェイスシールドやマスクを着用し、飛沫感染を防止すること、徹底した消毒を行うことの3点を徹底している」


――従業員にはどう伝えているのか

「ウイルスは目に見えないので、お客様の不安を取り除くことが大事。ホテルの取り組みを見て、安心していただくことがポイント。また、従業員自身と家族の感染予防は極めて重要で、プライベートでも手洗いや消毒、十分な睡眠と食事など免疫力を維持・向上させるなどの基本動作を徹底するように伝えている」

――ウイルスが目に見えないことが問題だ

「新型コロナウイルスの実態はまだ解明されていない。最高レベルの感染予防を維持するためにも、新しい対策が出てくれば、それを追加していく。緊急事態宣言が発出された4月の時点では、フェイスシールドを取り入れることは思いもつかなかったが、老舗の百貨店が営業再開時、フェイスシールド姿の店員が買い物客をもてなす姿がテレビ放送され、視聴者に認知され、何の違和感もなくなった。ホテルのスタッフがフェイスシールド姿でお迎えすることで、訪れる人たちに安心感を与えるのなら、積極的に取り入れるべきだ」


――帝国ホテルエンタープライズはホテルのほか、病院内の飲食施設や研修センターも運営している

「コロナ対策の細かい対応の基本ラインは、帝国ホテル本社の対策本部の方針を伝え、最終的には事業主に判断していただいた。帝国ホテルの考え方と違うケースもあり、勉強になった」


――郊外型の宿泊専用のホテルはテレワーク需要を取り込んでいる

「新興のベッドタウンのビジネスホテルでは、テレワークプランを提供し、ホテルレストランでは持ち帰りの弁当を提供した(気温の上昇を受けて中断)。テイクアウトサービスは、緊急事態宣言中の祝い事を催す場所がない人たちのニーズにこたえたのが始まり。弁当の電話注文を取り、ドライブスルー方式で提供した。メニューは2~3種類で限定50食。これで稼ぐつもりはないが、危機をチャンスに結び付ける成功例となり、今後の参考になった」


――今回の新型コロナの感染拡大をどう感じたか

「ホテルマンとして、最もショックを受けたのが、新型コロナの感染予防を徹底しようとすると、人によるサービスを全否定しなければならなかったことだ。人による心のこもったおもてなしは帝国ホテルの伝統であり、それを否定されると、これからどう差別化していけばいいのか、全社員が悩んだ。結論としては、お客様の安全・安心を最優先に、今できることをしっかりやっていくことしかない、ということだった」


――感染防止を契機に変えたものは

「帝国ホテルの本店は効率化以外にも重要な部分があるので簡単には変えられないが、運営を受託しているホテルやレストランに関しては、ビジネスユースが多く、チェックインやチェックアウトの無人化を進めていく。スマートフォンが発達し、客室内の電話を使う人も減っており、チェックアウトの手続きが必要なくなっている。公共交通の自動販売機や自動改札機が普及したように、ホテルの自動化も、コロナ禍をきっかけに進んでいくだろう。レストランを含め、QRコード決済などのキャッシュレス決済も進む」


――新型コロナの教訓は

「今回は準備不足で十分にできなかったが、海外から帰国時の2週間待機の際に、お客様の都合で自宅に滞在できない場合の受け入れもホテルとしての社会的使命であるという思いを強くした。それには、従業員の安全面も配慮する必要があり、現在パナソニックにお願いして、病院用運搬ロボットの技術を応用し、食事やシーツなどの客室への配達をロボットが行うことに取り組んでいる。今後、感染が再拡大した場合に備えて、導入を検討している」


――国内観光の客足が戻る見通しは

「外出の自粛期間中、多くの人が自宅のテレビやインターネットで美しい自然に恵まれた観光地や名所などの風景に触れたはずだ。新型コロナウイルス禍が収束すれば、観光を我慢していた人たちが、これまで行かなかった場所も含めて、観光地に飛び出していくだろう。それまでに全国すべての宿泊施設でのクラスターの発生を防ぐことが極めて重要になる。ホテル旅館の業界が一丸となって、防止対策を徹底し、お客様の警戒心を取り払うことで、国内旅行は爆発的に増えると予想している。今我慢すれば、きっと光が見えるはずだ」


*2020年6月10日取材。所属・役職は取材当時。

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