コロナ危機に克つ:菊地 唯夫 ロイヤルHD代表取締役会長インタビュー

ファミリーレストラン「ロイヤルホスト」などを展開するロイヤルホールディングスの菊地唯夫代表取締役会長(サービス産業生産性協議会幹事)は、生産性新聞のインタビューに応じ、新型コロナウイルスの感染拡大により、打撃を受けた日本の外食産業の復活へ向けた処方箋について語った。コロナ禍後は、外食、中食、内食の垣根が低くなる一方、人材の重要性が一段と高まると指摘し、繁閑の差のリスクを埋めるための人材シェアリング構築の必要性を訴えた。

食の産業で人材シェア連携を 繁閑の差を埋め、リスク低減

菊地 唯夫
ロイヤルホールディングス代表取締役会長

コロナ禍で、外食産業の業績は明暗が分かれた。持ち帰りサービスを得意とするハンバーガーチェーンなどのファストフードに需要が集中する一方、ファミリーレストランなどのイートインのサービスは需要の大幅な減少を余儀なくされた。

また、生活必需品を扱うスーパーマーケットは、緊急事態宣言中も消費者にとって貴重な食の購入先となり、需要が集中。食材が売れたほか、弁当や総菜などの中食も好調だった。

菊地氏は「ウイズ・コロナでは、外食も、テイクアウトやデリバリーに力を入れる店も出てくるだろう。これまで、食の市場は、家で素材から調理したものを食べる内食と、総菜や弁当などの中食、レストランやカフェなどの外食に分かれていたが、それらの垣根は必然的に低くなってくるだろう」と推測する。

今回のコロナ禍で、業績が好調だったスーパーやファストフードは人材の獲得が必要になる一方で、店舗閉鎖などの構造改革に取り組む外食産業では人材の余剰感が生まれる。

しかし、コロナ禍後の食の市場の状況次第では、スーパーやテイクアウトサービス、デリバリーサービスの需要が減少する可能性も低くない。菊地氏は「こうした繁閑の差は食の産業には付き物で、人材をシェアできるプラットフォームがあると、経営のリスクを低減できる」と話す。

食の総需要は少子高齢化で縮小傾向にあるとはいえ、食の業界が異業種で連携し、人材シェアリングのエコシステムを組めば、大きな経営課題である人の採用の解決策となる。

これまで、外食産業ではピークとオフピークの繁閑の差を埋めるために、非正規社員の人件費をコントロールしてきた。しかし、最近の人手不足により、人材を囲い込む傾向が強まり、非正規社員を人件費の調整弁として機能させることが難しくなっている。

菊地氏は「企業にとって人材は最も大事な経営資源であり、食の業界が繁閑の差で右往左往する経営から脱却するには、人材シェアリングが有効な手段の一つである」と指摘する。

人材シェアリングは、従来の取引や連携などに基づいて実施される出向や派遣と違い、組織や業種、地域などの既存の枠組みを越えて、複数の企業や団体が、働き手を共有するエコシステムの仕組み。宅配サービスなどの人材シェアリングはすでに始まっている。

欧米や中国などでは、オンラインサービスによる人材のシェアリングがある。人口減少に向かう日本の労働市場にとって、有効な人材活用法になることが期待されている。

人材シェアリングの効果は働く側にもある。人手不足の中で、複数の条件提示を受けて、働き始めた店舗が、需要の急激な変動を受けて、経営不振になり、解雇されることは珍しくない。そうした場合も、人材シェアに登録している他の業績好調な店舗へスムーズに移籍できるからだ。

また、人材シェアリングを機能させるための大きな課題は、働き方が企業ごとに特徴がありすぎて、働き手が習熟するのに時間と手間がかかることだ。各企業は、働き方はなるべく均一化できるようにテクノロジーの活用を通してシンプルにしておくことが重要になる。

人材シェアリングをめぐっては、労務管理の煩雑化や事務負担の増加、情報漏えいや知的財産の流出などを懸念する声もある。こうしたリスクを低減するため、シェアリング人材を共有する事業体でのルールづくりが重要になりそうだ。

(以下インタビュー詳細)

「DX化」一足飛びで 将来のためでなく今必要に

常識超えたインパクト

新型コロナの感染拡大は、当社グループの事業に大きな影響を及ぼしている。2月中旬以降、航空便の大幅な減便や運休が顕著になり、機内食事業で搭載数量が減少。イベント中止や出張抑制、テレワークの推進が強まり、ホテル事業やコントラクト事業(空港ターミナル・高速道路、事業所内)の売り上げが減少した。

さらに、政府の緊急事態宣言が出された4月には、多くの店舗で臨時休業や営業時間短縮を実施した。5月の連休中には外食事業で店内の飲食を中止し、テイクアウトやデリバリー、店内販売に限定した営業を行うなど、大きく減収した。

これまで、多様な事業ポートフォリオを持っていることで、危機に対する耐性は強いと思っていたが、今回のコロナ禍でそれが過信であることに気づかされた。常識では計り知れないインパクトだった。

中間期の業績予想を下方修正し、150億円を超える損失が出ることを明らかにした。悪い数字をなるべく早く公表し、一刻も早く手を打つのが狙いだ。従業員には不安を抱くのではなく、危機感を共有して、ポストコロナの社会がどうなるかを考え、構造改革を進めようと訴えている。

人件費の固定化が経営を圧迫

今回のコロナ禍で外食のビジネス環境が大きく変わった。飲食店の店長には「FLコスト」をコントロールし、収益を安定化する手腕が求められる。「F」はFoodで原材料を示し、「L」はLaborで人件費を示す。売上から経費を引いたものが営業利益だが、その経費の多くを占めるのがFLコストだ。

これまで、ピークとオフピークの繁閑の差を埋めるために、非正規社員の人件費をコントロールしてきた。現場の店舗では正社員と非正規社員がチームを組んで仕事をしているが、繁忙期には非正規社員に多く働いてもらい、人件費を変動的なコストとして調整してきた。

しかし、最近の人手不足により、変動費として扱ってきた人件費が、知らず知らずのうちに固定化していた。非正規社員に辞められると困るから、囲い込みを進めた結果だ。

ここ数年、景気が安定し、インバウンド(訪日外国人)需要が増加していて、売上高が高水準だった。利益率は変動費と固定費の分配の差なので、固定費の上昇を問題視できなかったが、コロナ禍による急激な減収で、その問題があぶりだされた。人口減少社会では、非正規社員を人件費の調整弁として機能させることはできない。

外食産業が繁閑の差で右往左往する経営から脱却するには、食の業界が連携し、人材シェアリングのエコシステムを構築することが有効な手段の一つになりうる。

人材シェアリングをうまく機能させるには、働き手が習熟するのに時間と手間がかかる特異な働き方をなるべく均一化することだ。

飲食の世界にもOMOの波

コロナ禍による消費者行動の変容に対応し、外食産業もテイクアウトに乗り出している

外食業界は、視認性の高い一等地に出店することが、集客の最大のポイントだった。それがスマートフォンの位置情報を使って誘客するすべを知り、テイクアウトやデリバリーで稼ぐことが可能になった。場所が持っている価値が希薄化し、イートイン主体の外食ビジネスの多様化が進むのは間違いない。

外食にとってのテイクアウトやデリバリーは、効率的に生産されたコンビニエンスストアの弁当などの競合も存在し、「ブルーオーシャン」ではない。1億人の胃袋をめぐる食の市場は、外食、中食、内食の垣根を越えた大競争へと発展するだろう。

イートイン主体のリアルのレストランでは、店に行かないと食事ができない。しかし、そこには、「行ってみたら満席だった」とか「食べたいメニューが売り切れていた」といった、ミスマッチが生まれる。

サービス産業は、提供と消費の同時性が基本。しかし、デジタルの世界では、お客様が場所と時間の制約から解放される。お客様もその利便性に気づいたはずで、ワクチンが普及し、コロナ禍後の世界が到来しても、すべてのお客様が元の消費行動に戻るわけではない。

この大きな変化は、米国ではすでに起こっていた。デジタル技術の進化によって、ショッピングモールが苦戦し、ファストファッションの店舗閉鎖が相次ぎ、コーヒーショップのデリバリー専門店も増えている。

これは、「オンラインとオフラインの融合」(OMO)がもたらした変化である。当社も、その波に備えるために、キャッシュレス化や機械による調理の効率化などの研究開発店舗を設け、デジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組んできた。しかし、コロナ禍で変化が一足飛びで訪れ、DXは、将来のためではなく、今を生き残るために必要になった。

危機は成長のチャンス

コロナ危機に直面し、経営者が一番やってはいけないことは、頭を低くして、嵐が過ぎるのをじっと待つことだ。コロナ禍がもたらしているのは、大きなトレンドの変化であり、その変化への対応を怠り、何もしないことが最大のリスクとなる。

国境を越えた人の動きが止まったが、長期的視点に立てばインバウンド需要は必ず戻ってくる。それまでの2~3年間の飯のタネをどう作り出すかが経営者に問われている。

平時の意思決定と危機の意思決定は違う。危機時だからこそ、平時では考えられない思い切った意思決定が可能になり、そこから非連続的なイノベーションが起こる。今回の危機は成長のチャンスでもある。

人口減少やデジタル化の遅れなどの課題を抱えた現代の日本は、江戸時代の末期に似ている。当時はペリーの黒船来航をきっかけに、明治維新が起きて、改革が進んだ。今回のコロナ危機はまさに現代の黒船であり、これをきっかけに日本の構造改革が進むかもしれない。

リーマン・ショックや東日本大震災と違い、ヒトが仲介する災害であるコロナ危機は人間社会に分断をもたらした。自然災害に連帯で臨んだ東日本大震災では、外食産業にとっては店を開けるのが使命だったが、今回は店を開けることが「悪」になり、つらい思いをした。

しかし、コロナ禍後には私たちの出番が必ず来る。レストランの語源であるレストレールは回復させるという意味であり、体と心に大きなダメージを受けた人々に対するホスピタリティーが、分断した社会を癒やす力になるはずだ。


*2020年6月16日取材。所属・役職は取材当時。

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