コロナ危機に克つ:崎陽軒の苦悩
新型コロナウイルスの感染拡大防止のための緊急事態宣言に伴う外出自粛は、多くのビジネスに深刻な打撃を与えている。横浜名物「シウマイ弁当」を展開する崎陽軒も例外ではない。主力の弁当やシウマイが、横浜や東京などの主要駅前店舗を中心に収益が大きく落ち込み、プロスポーツ観戦や、展示会などの大型イベント需要も消滅した。出口の見えない不安との闘いの中で、全社一丸となってコロナ後を見据えた構造改革に取り組む。
「シウマイ」「弁当」直撃 イベント需要も消滅 売上高、前年比4割
「こんな状態がいつまで続くのか。これまで経験したことのない真っ暗闇にいるような感じだ」。崎陽軒の川田茂取締役弁当事業部長はこう話す。
崎陽軒の売上高は弁当とシウマイで約8割を稼ぎ出す。しかし、コロナ禍で3月の弁当とシウマイの売上高が前年同月比6割まで落ち込み始め、4月は同4割を割り込むなど、苦境に陥った。
JR横浜駅や新横浜駅、東京駅の近くにある販売店は崎陽軒の稼ぎ頭だが、企業に対する出勤者の削減要請や出張の自粛、レジャーや旅行などの不要不急の外出自粛の影響が直撃した。
通常であれば、パシフィコ横浜などで開催される大型展示会などのイベントでは、主催者からまとまった弁当の注文がある。さらに、横浜スタジアムで開催されるプロ野球の公式戦や日産スタジアムのサッカーJリーグの公式戦などでも、大きく収益を伸ばすことができた。ところが、イベントやスポーツ観戦の自粛により、4~5月は崎陽軒にとっての弁当特需が「ゼロ」になった。
2011年3月11日に発生した東日本大震災の後も、売上高が落ち込んだ経験があるが、当時は翌月には需要が回復し始めた。これに対し、今回の新型コロナの影響による需要の減退は回復の兆しが見えない。
急激な需要の減少に対応し、まずはコストの削減に取り組んだ。4月に緊急事態宣言が出された後、横浜工場の弁当生産ラインの休止を決断(6月16日に再開)。本社工場と東京工場は維持したが、生産力を5~6割程度に抑えた。
また、工場の自動化・効率化を進めるための設備投資計画は当面先送りするしかなく、食品衛生を守るための最低限の投資に抑えている。
人件費の削減については、稼働時間を抑えて、雇用を守る選択をした。政府の新型コロナウイルス感染症支援策のひとつで、労働者の雇用維持を図った場合に休業手当などの一部を助成する雇用調整助成金制度を活用した。
川田取締役は「従業員にも収入面で不安な思いをさせてしまったので、さまざまな形で説明し、理解を求めている」と話す。従業員の解雇ではなく、全社が結束して、危機回避に取り組む構えだ。
一方で、新型コロナの感染防止策の徹底は、経営の最重要課題となった。もし、崎陽軒の従業員から感染者を出して、その場所での営業ができなくなると、経営打撃に追い打ちをかけることになるからだ。
2月下旬には野並直文社長が対策本部を立ち上げた。もともと、手洗いに関しては徹底しているが、会社内だけでなく、プライベートでも手洗いを徹底するように指示し、事業所や工場、店舗など、あらゆる場所への消毒を徹底した。
製造現場では、弁当を詰めるラインの中で、従業員の数を少なくし、立ち位置に距離を確保、ラインの速度を落とすなどの対策を取った。
店舗でも、客と対面する場所にビニールカーテンを置き、マスクの着用や現金・つり銭の授受を手渡しからトレーに変えるなどの対策を進めた。
4月ごろには、マスクの不足が懸念される事態にも見舞われた。供給業者側の在庫がなくなり、従来と同じような量を入手することが難しい状況だった。
弁当・シウマイの製造現場ではマスクは必須アイテムで、これまで1人当たり1日4~5枚を使っていた。休憩や食事の時には古いマスクを捨て、新しいものに切り替えていた。
マスク不足に対応するため、使用量を抑えるよう指示した。当初は1人1日2枚にまで減らしたが、マスクの供給力不足の懸念は消えず、マスクの内側に不織布を入れて、不織布を取り換えることで、1人1日1枚にまで減らした。
5月25日に緊急事態宣言が解除され、6月19日には都道府県をまたぐ移動も緩和されるなど、経営環境は改善に向かっている。しかし、川田取締役は「コロナ禍で変わった人々の消費行動は、すべてが元に戻ることはない。崎陽軒も、お客様を待つ従来の営業スタイルから、お客様を見つけ、こちらからアプローチする形に変えていかなければならない」と構造改革に意欲を示している。
プッシュ型営業・販売を志向
崎陽軒取締役弁当事業部長 川田 茂氏に聞く
新型コロナウイルスの感染拡大に伴う消費者行動の変化に対応するため、崎陽軒はプッシュ型の営業・販売体制への転換に取り組む。川田茂取締役弁当事業部長に具体的な戦略を聞いた。
――自宅でテレワークする人が増えそうだ
「崎陽軒の郊外店舗でも、弁当の購入客が前年同月比2桁増になっている店もある。新たな郊外店舗の候補地を開拓する。地元自治体など利害関係者との交渉が必要だが、移動販売のような取り組みにも挑戦したい」
――郊外の食品スーパーが好調だった
「これまでは駅ビルや百貨店、総合スーパーで催事を出店してきたが、郊外の小規模の食品スーパーで初めて催事をやってみた。駅からも遠いところにあるが、事前にポスターなどで宣伝するなど歓迎ムードも高かった。いざ開催してみると1日20万円を売り上げるなど、とても喜んでいただいた」
――宅配サービスについては
「ECサイトを活用し、神奈川県と東京都内へ宅配サービスを提供しているが、無料配達の購入金額の上限を引き下げるなど、よりきめの細かいサービスを展開し始めた。新しい顧客をつかんでいくことが重要で、わかりやすく、注文しやすいビジュアルやサイト内での決済機能の開発など、デジタル開発力を向上させたい。デジタルトランスフォーメーションをけん引できるような人材の採用や育成に力を入れる」
――広報宣伝の活用は
「企業側から積極的に情報発信を仕掛け、お金をかけずにマスメディアに取り上げてもらうのがプロモーションの基本だ。当社の主要顧客層は60歳から70歳代だが、30歳から50歳代の客層の開拓にも力を入れていきたい。媒体やSNSで取り上げてもらえるように製品開発、キャンペーン展開、若い世代にも共感してもらえるようなコンテンツの充実を図っていく」
*2020年6月26日取材。所属・役職は取材当時。