企業経営の新視点~生産性の日米独ベンチマーキングからの学び③

第3回 「生産性スローダウン」の背景

OECDによると、新型コロナウイルスの影響により、日本の2020年の実質経済成長率はマイナス6.0%と大幅に落ち込むことが予測されている(左グラフ参照)。米国はマイナス7.3%、ドイツもマイナス6.6%と予測されており、 感染の第二波があればさらに悪化する可能性があると指摘されている。

コロナ収束後、早い段階で経済を成長軌道に乗せるには、消費活動の回復とともに、生産性向上が欠かせない。第1回でもふれたように、経済成長と発展の基盤は生産性にある。しかし、米国をはじめとする先進諸国の生産性の上昇ペースは近年になって鈍化してきており、「生産性スローダウン」と呼ばれて様々な議論がされている。


「生産性スローダウン」の要因としては、①2000年代に生産性向上を牽引したICTによる効果が剥落してきたこと、②生産性向上をけん引する大きなイノベーションが枯渇してきたこと、③シェアリングエコノミーやデジタル化により、これまで付加価値を生んで来た経済領域が無料で使えるようになり、付加価値を生み出せなくなってきたこと、④全く新しいサービスが生まれているが、経済統計にまだ反映されていないことなどが指摘されている。

新型コロナウイルスによる経済への影響も測り知れず、生産性がスローダウンしたままでは、人口減少傾向に歯止めがかかっていない日本においても経済の持続的な成長や発展は望めない。

日本生産性本部の発表によると現在の日本の労働生産性水準はOECD加盟36カ国で21位にとどまり、G7諸国の中でも最下位が長年にわたって、定位置になっている。 こうした状況を打開するためにも、低迷する労働生産性上昇率を加速させる取り組みが重要だ。

米国の生産性水準にキャッチアップできたドイツ、できなかった日本


日本の労働生産性上昇率はなぜ低くなったのだろうか。米国の有力シンクタンクであるブルッキングス研究所が日本生産性本部の支援を受けて2019年に行った日米独の生産性比較研究 をもとに考察したい。この研究によると、ドイツが1990年代初頭に米国にキャッチアップしたのに対し、日本はいまだキャッチアップできておらず、近年になって米国との格差はさらに拡大している(下グラフ参照)。

              ※OECDデータベースをもとにブルッキングス研究所が作成/生産性水準の指標として労働時間あたりGDPを用いている

※OECD Productivity Statisticsをもとにブルッキングス研究所が作成
 MFP:全要素生産性寄与
 Capital deepening:資本深化(設備投資)による寄与

日米独の労働生産性上昇率の長期的なトレンドをみると、1985年から1995年の10年間では日本の上昇率が最も高かった(右グラフ参照)。しかし、日本の労働生産性上昇率は長期低落傾向にあり、2004年から2016年でみると日米独で最も低くなっている。2000年代に入って労働生産性上昇率がスローダウンするのは日米独共通の傾向だが、日本の落ち込みが最も大きい。

近年、日米の労働生産性格差が拡大したのは、これまで米国の景気拡大が続いてきたことや法人税減税によって米国の企業投資が拡大していることに加え、①2004年以降、設備などに代表される資本投資が落ち込んだことと様々な技術進歩を表す全要素生産性上昇率がスローダウンしたこと、②労働生産性水準が米国より低い電気機械や貿易などの分野で、生産性の上昇率も米国を下回っていたことが主な要因と指摘されている。

日本の課題は、何よりまず先行している米国やドイツの生産性水準にキャッチアップすることであろう。日本の経済パフォーマンスは投資に弱点があり、物流などをはじめ、資本投資が生産性に寄与しにくい分野も少なくない。こうした分野に対する投資の障壁をなくしていくことが重要だ。投資の弱さは、中国が製造業で手ごわい競争相手になったことなど様々な理由が考えられるが、1990年代後半の金融危機に伴い、低パフォーマンスの企業(ゾンビ企業)を存続させたことで、強い企業や新興企業への融資が減った可能性がある。成長企業への投資を増やすためのインセンティブをうまく設定することも、資本投資効果の向上に結び付くと考えられる。

人材育成や資本投資が日本の課題


※OECD STANデータベースに基づき計算

米国の労働生産性水準へのキャッチアップに成功したドイツをみると、シリコンバレーに匹敵するようなハイテクセクターがない点では日本と変わらない。しかし、ドイツでは、製造業の生産性上昇率が、2004年以降、米国を着実に上回っている(左グラフ参照) 。これは、マイスター制度などの職業訓練に多額の投資をしていることが要因の一つと考えられる。こうした取り組みは、日本も積極的に取り入れるべきだ。

日本の人的資本投資は、1990年代をピークとして、長期的に漸減する傾向にある。特に、サービス産業では人的資本投資の減少が止まらない状況が続いている。日本では、ヒトは財産であるとする考え方を持つ企業が少なくないが、このままでは付加価値を創出してくれる優秀な人材が十分生み出せなくなりかねない。日本の企業経営者は、これまでの人材育成のあり方を見つめ直すことが求められている。今後、日本生産性本部ではブルッキングス研究所の「人的資本と生産性」の研究を支援する。その中で、今日的な環境下での人材育成のあり方も考えていきたい。


日本企業における人事制度をはじめとした雇用慣行も再考する必要がある。例えば、最近議論が始まったが、いわゆるジョブ型、ジョブディスクリプションを基軸に仕事と能力のマッチングも早急に検討すべきだろう。


(日本生産性本部 生産性総合研究センター 木内 康裕 他)

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