コロナ危機に克つ:松浦 昭彦 UAゼンセン会長インタビュー

UAゼンセンの松浦昭彦会長は、生産性新聞のインタビューに応じ、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う雇用への悪影響を最小限に抑えるため、失業なき労働移動を促進することが重要になるとの考えを示した。また、UAゼンセンが生活関連の幅広い産業別の労組が集結している特徴を生かし、効果的で事業性を維持できる感染防止策の確立に向け、知恵を共有していく方針を示した。

労働移動のマッチング強化を 感染防止へ産別で知恵の共有

松浦 昭彦 UAゼンセン会長

UAゼンセンは政府に対し、ウィズ・コロナで求められている「新しい生活様式」の下で、労働者の安全確保と働き方に関する要望と、雇用の維持、事業の継続と倒産防止対策の強化を求めている。

中でも、雇用の安定について、松浦会長は「大変懸念している」と話す。政府への要望では、失業なき労働移動を促進するため、雇用調整助成金の助成対象となる出向の期間を「2週間以上1年以内」に拡大するとともに、産業雇用安定センターなどを介した出向あっせんを強化することを求めた。

コロナ禍の影響で、スーパーマーケットや生活必需品を運ぶ物流サービスなどで働き手のニーズが高まっている一方、イートインのサービスを提供している外食産業や、ホテルなどの観光サービスを中心に店舗閉鎖に伴う雇用不安が表面化している。

松浦会長は「サービス提供やモノの供給責任を担っているエッセンシャルワーカーと呼ばれる人たちは現場で不足しており、雇用を抱えきれなくなった別の業種との間で出向あっせんのマッチングを進めなければならない」と話す。

緊急事態宣言解除後も、感染再拡大の懸念が高まっている。ウィズ・コロナで消費者が新しい生活様式に移行しても、コロナ禍によって減少した需要が戻らなかった場合には、政府の支援策の効果が薄れてきた企業において合理化に踏み切るケースが増える可能性は強い。松浦会長は「この夏にも、人員削減や企業倒産に伴う失業者が増える可能性もある」と警戒感を強める。

すでにUAゼンセンを介した加盟労組間のマッチングで、居酒屋チェーンからスーパーへの出向の実績などが出ているという。松浦会長は「同じサービスと言っても、外食とスーパーでは環境も違うので、すべてが満足いくマッチングとは限らないが、それぞれの接客ノウハウの良い部分を学ぶ機会になるかもしれない」と話す。

一方で、UAゼンセンは、労働者の安全確保に関しては、国民生活・国民経済の安定確保に不可欠な業務を行う事業を中心に優先順位を付け、希望者全員がPCR検査や抗原検査、抗体検査などを受けられる体制を整えることなどを政府に求めている。

さらに、マスクや消毒液、防護服など感染予防に必要な最低限の物資の供給のほか、感染防止のための事業所の改装や必要な資材などへの助成も求めてきた。

松浦会長は「労働者の安全を確保するための対策は、多くの事業主が実施できるようになっている。今後は、ウィズ・コロナの中で、来店客への感染を防げるような環境づくりが大きな課題になる」と言う。

感染防止策に関しては、それぞれの業界団体が作成しているガイドラインをベースに、各企業が独自の対策を講じることになる。しかし、顧客への感染防止を強化する場合、入店数を限定したり、アクリル板などの感染防止のための物資を増やすなどの方法が考えられるが、どちらも収益悪化の要因になりかねない。

松浦会長は「事業性を損なわない感染防止策をどう生み出していくのか、さまざまなアイデアを共有し、有効なノウハウを広めていきたい」と話している。

(以下インタビュー詳細)

雇用構造の変化不可避 AI活用、長期的な流れに

元には戻らない覚悟を

新型コロナウイルスの感染拡大が終息した後に訪れるアフター・コロナの社会がどうなるかを想像しても、正直言って全く先が読めない。

コロナ禍で最も影響を受けているのは、ファミリーレストランや居酒屋、観光関連などの接客業だろう。食品売り場を除き休業していた百貨店も同様に厳しさはあるものの、すでに5~6割まで回復しているところもあるほか、調子の良い店舗では7~8割まで戻っているケースもある。

労働組合の会合などで、「いつになったら、(新型コロナのパンデミック前の)元の状態に戻るのか」ということが話題になる。しかし、アフター・コロナの状態は、元に戻ることを前提にするのではなく、「元に戻らない」という可能性を頭に入れておくべきだろう。

大事なことは、「コロナ禍以前と比べて、どういうふうに変化すると、一番いい状況になるのか」を考えることである。理想的な変化の形を考えながら、ウイルスの感染拡大を抑えたうえで、今回の業績の落ち込みを早く戻すことが、企業にとっての課題である。

「新しい技術を取り入れて、生産性の向上を図るべきである」という産業界の命題は、コロナ禍にかかわらず、起こるべき変化だったのだ。

UAゼンセンの加盟労組は、その多くが業界のリーダー的存在である。労使の皆さんが、従業員やお客様の感染リスクをどう抑えながら、アフター・コロナの変化を見据えて、どのような新しいビジネススタイルをつくるのかの解答を導き出さなければならない。

顧客の安全対策が課題に

感染対策を強化するため、アクリル板を設置するレストランやフードコートもある

どの企業でも、ウィズ・コロナの期間中、感染対策が不十分なままで業績の回復を優先し、無理な営業活動を展開すると、自分たちが新たな感染を引き起こすことになりかねない。

こうした中にあって、各企業において感染防止対策へのさまざまな模索が続けられている。客席に余裕を持たせ、キープディスタンスを徹底するファミリーレストランや、客席にアクリル板を設置するフードコートも出てきた。

業界団体が出すガイドラインをベースにして、その上に各企業が、安全と快適さを両立させたサービスを開発し、広く普及させていくことが必要になる。感染を防ぐという「安全」の二文字が、付加価値として消費者に受け入れられるのかが鍵になる。

「感染対策が進んでいることに対し、どれだけの価値を認めるのか」という認識の共有が重要であり、サービスを提供する側は、お客様が感染対策の徹底している店を選ぶように、誘導していく工夫や努力も必要になる。

2~3月の段階では、従業員が感染のリスクから身を守ることに関して、雇い主側の理解が進まず、労働組合の相談窓口に不安を訴える電話が相次いだ。今では、従業員を感染から守る取り組みは進んできたが、今度はお客様に安全にサービスを利用してもらう方法が課題として浮かび上がっている。

その時の難題は、事業性との折り合いをどうつけるかだ。1メートルの距離を取るよりも、仕切りを設置するほうが安全性は高い。しかし、事業性を維持できるかどうかについては、もっと知恵を出す必要がある。企業、業界が知恵を出し、共有していくことが重要になるだろう。

戻すものと続けるもの


新型コロナウイルスの治療薬やワクチンが開発され、感染に対する脅威が和らぐと、ビフォー・コロナのやり方に戻そうとするバネが強く働くことを懸念している。

アフター・コロナになっても、「戻すべきでないものは何か」「戻すべきものがあっても、どの程度まで戻すのか」という検討課題について、ウィズ・コロナの段階で、考えておくことが必要になる。

例えば、多くの企業がコロナ禍でテレワークに取り組んだ。「通勤しなくてもいいので、生産性が上がった気がする」という前向きの意見や、「コミュニケーションの質が落ちた」という後ろ向きの意見がある。

職種や部署によって、テレワークが適するかどうかという面がある。また、個人のワーキングスタイルの違いもあるだろう。しかし、何も考えないでいると、すべてを元に戻す振り子が動く。いつも部下が横にいないとだめ、という上司は多い。

アフター・コロナでも、荒天や震災で通勤できないリスクはなくならない。テレワークをゼロにしたら、危機対応力の弱い組織になってしまう。

ただ、新入社員教育など、顔を合わせてやらないと難しいものもある。「先輩の背中を見て仕事を覚える」というのは今でも主流だ。企業内教育の機会が減っていく中で、時代の変化に対応した社員の育成をどう進めるのかも課題だ。

合理化は今後、本格化へ

ウィズ・コロナでの雇用環境の悪化については、懸念している。外食産業では多くの店舗が閉店に追い込まれている。働き場所を失った働き手を吸収する受け皿を探し、マッチングしていくことが大事だ。

そもそも、流通産業は人手不足に困っていた。そういう意味で言えば、コロナ禍で供給責任を担ったスーパーマーケットなどはある程度の吸収力は持っているだろう。外食産業で働く人が、すべてスーパーで働くことを「よし」とするわけではないので、少しでも多くの選択肢を提供できればと考えている。

政府の緊急支援策については、最大限活用するように助言してきた。リーマン・ショック後の危機で、製造業は支援策の申請の経験があるが、外食や流通などは経験に乏しく、雇用調整助成金の申請などに手間取った。

政府の各種支援策の効果が薄れてくると、企業経営も息切れし、本当の合理化の波はこれから押し寄せてくる。消費者の新しい生活様式のもとで、どれだけ客足が戻るのかを判断する時期はそう遠くない。

長期的な視点で見れば、企業は、ロボティクスやAI(人工知能)などを活用し生産性を向上していくため、雇用構造の変化は避けられない。

経営者は、目の前の損益分岐点に関心を払い、人件費をどうするかを判断するものだ。しかし、決断する前に、ビフォー・コロナでは、多くの企業が深刻な人手不足だった記憶を呼び戻してもらいたい。

ウィズ・コロナ、アフター・コロナでどのような事業規模をどれくらいの人員で展開するのか、どこまで自動化を進めるのかなど、先を読む力が経営者には必要だ。

合理化が本格化し、多くの失業者が出て、多くの労働者が路頭に迷う大変なときに、目先の損益分岐点だけを判断して人員削減をした企業が、アフター・コロナで人手が必要になったからと働き手を求めても、人材が見つかるかどうかは疑問だ。

このコロナ禍で、医療・介護サービスの提供義務や生活必需品の供給責任などを果たしてきたエッセンシャルワーカーの重要性について、多くの国民が再認識したのではないかと思う。

現実は、エッセンシャルワーカーの人たちは、最低賃金に近い待遇で働いている。経営者が雇用を守るために賃金を抑えなければならない事情はわかるが、コロナ禍で苦労を強いられたのは経営者も労働者も同じだ。労使で力を合わせて危機を乗り越えるためにも、働きぶりに報いてもらいたい。


*2020年7月1日取材。所属・役職は取材当時。

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