コロナ危機に克つ:片野坂 真哉 ANAホールディングス代表取締役社長インタビュー

ANAホールディングス代表取締役社長の片野坂真哉氏は生産性新聞のインタビューに応じ、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い滞っている国境を越えたビジネス・観光の渡航再開へ向け、国際空港内の検査体制を充実させ、相手国と相互に安全を確認するシステムの構築に期待感を表明した。また、片野坂氏は「感染の不安が取り除かれれば、インバウンドは必ず復活する」と述べ、観光立国ニッポンの成長戦略を再び離陸させ、軌道に戻す必要があるとの考えを示した。

観光立国戦略 再離陸を 再開に向け検査体制充実へ

片野坂 真哉 ANAホールディングス代表取締役社長

コロナ禍による外出自粛やその後の人の動きの停滞によって、多くの企業がマイナスの影響を受けている。政府も経済界も、外出自粛を求めた緊急事態宣言下の「ロックダウン」の状況に再び戻ることは回避したい考えで一致している。

片野坂氏は「人類はワクチンや医薬品の開発では協調しており、必ずコロナ危機を克服できると確信している。しかし、ワクチンや治療薬の普及を待っているだけでは、経済が受けたダメージは深刻になる一方だ」と述べ、ウイルスの拡大がある程度抑え込めた「ウィズ・コロナ」の段階で、経済再開を進めていく必要性を示した。

航空会社は、コロナ禍の出入国制限や県境を越えた移動の自粛によって、国際線と国内線の双方の需要が激減した。片野坂氏は国内のビジネス・観光の需要減に関し、「新型コロナウイルスの感染防止策の徹底を加速させることができれば、県境を越えたビジネスパーソンや観光客の交流は復活する」と見通しを示した。

国際交流の再開に関しては、日本政府は感染症対策についての検討も進め、相互に合意できた国から順次規制を緩和していく方針だ。日本へ入国を希望する人に対し、相手国でのPCR検査の「陰性証明書」と、日本入国後2週間の行動計画を日本大使館に提出し、日本到着時も空港でPCR検査を受ける。日本から相手国へ出国する場合も、相手国が日本の入国基準と同等の手続きになる可能性が高い。

日本側の水際の検査体制整備については、国際空港にPCR検査の体制を整備する方針だ。ただ、医師や検査スタッフ、陽性が出た場合に一時的に隔離する施設の整備など課題も多く、当面は1日当たり1万3000人程度の入国を当面の目標に据えているもようだ。

片野坂氏は「入国者数の目標はコロナ前と比べるとわずかで、理想形にはほど遠いが、関係省庁が連携し、前に向かっていることは間違いない。正常化には時間はかかるが、着実に進む」との期待感を示した。

日本政府は、年間インバウンド(訪日外国人観光客)数4000万人を日本に招き、8兆円の消費による経済活性化を目指す成長戦略を策定。東京オリンピックや2025年に予定されている大阪万博などもあり、観光産業を中心に大きな期待を集めていた。

しかし、コロナ禍で東京五輪は延期になり、インバウンド戦略は宙に浮く。地方の旅館やホテルなど観光業の関係者からは「インバウンドが戻らないと地方の観光は持たない」と悲鳴が上がっているという。

片野坂氏は「2019年のラグビーワールドカップでは、参加国の国歌を歌って出迎えるなど、日本のホスピタリティーの素晴らしさを評価する声が寄せられ、日本ブランドは高まった。インバウンドは日本の成長戦略の大きな要素で、軌道に戻さなくてはいけない」と話した。

(以下インタビュー詳細)

グローバル経済は不滅 感染不安去れば、観光は復活

パンデミック、瞬く間に感染拡大

パンデミックによる旅客需要の消失は世界中の航空業界に大きな打撃を与えている

航空会社は、戦争やテロなどの地政学リスクや地震、台風や大雨、洪水などの自然災害など、さまざまなリスクと向き合っている。鳥インフルエンザやエボラ出血熱といったウイルスによる感染拡大のリスクもそうだ。そういう意味では、平時からリスクに対する心構えが必要となる。

そんな航空会社でも、今回の新型コロナウイルスのパンデミックによって受けたダメージは甚大だ。旅客需要の消失が国内線も国際線も同時に襲ってきて、全世界に瞬く間に広がったからだ。しかも、簡単には解決の糸口が見えない。

グローバル経済の進展により、人・モノ・カネが国境を越えて動く。人の移動を生業としているエアラインビジネスは大きく発展したが、コロナのパンデミックに伴い、人の動きが止まり、世界中の航空業界が大きな影響を受けている。

多くの識者も語っていることだが、世界経済は、1929年の世界大恐慌以来の大きな衝撃を受け、GDPの下方修正が相次ぐ。生産と消費が同時にショックを受け、サプライチェーン(供給網)の分断で、必需品の供給に不安が生じた。飲食店や病院などのサービス業は非接触・非対面へのサービス転換を迫られている。

2008年のリーマン・ショックは金融に端を発して、ドル供給が途絶え、金融危機を引き起こした。これを教訓に、金融業界は、自己資本比率を引き上げ、各国の政府・中央銀行は、緊急時のドル供給のセーフティーネットを整えた。

また、コロナの危機への緊急対応のグローバル連携もしっかりしているように映る。FRB(米連邦準備制度理事会)など利上げの局面にあった中央銀行も含め、金融緩和の継続で協調し、政府も積極的な財政出動で支えている。

人類は常に経験して改善するのが得意である。今回の危機もワクチンや医薬品の開発などで英知を結集し、必ず乗り越えられると信じている。

経済の再開と感染の抑制両立を

ただ、ワクチンや医薬品の普及を待っているだけでは、経済が受けたダメージは深刻になる一方だ。ウイルスの拡大がある程度抑え込めた「ウィズ・コロナ」の段階で、経済を再び回していくことが必要になる。

航空会社は、出入国制限や県境を越えた移動の自粛によって、経営を悪化させた。今後、経済の再開にも伴い、人の交流も戻ってくることを期待している。

コロナ禍でグローバル経済は足踏みしているが、国境を越えた企業の経済活動がここで終わるわけではない。日本のメーカーは中国での生産を再開したいし、中国から駐在員を全部引き揚げた総合商社も、中国が経済再開する動きに合わせて、また戻したいと考えているだろう。

日本に駐在する米国人の中で米国に帰国していた家族やアメリカンスクールの教師などは新学期が始まる9月には再来日したいと考えているはずだ。人の移動・経済の再開と感染の抑制を同時並行して成功させないと、このトンネルから抜け出すことはできない。

もちろん、経済の再開と感染の抑制の両立はそう簡単ではない。日本では6月19日に県外移動自粛が解除されたが、各地でのクラスターの発生が新たな感染拡大の懸念を招いている。Go Toキャンペーンも話題だが、県境を跨ぐ移動の自粛気運は再び高まっている。

ロックダウンに関しても、強制力のない「自粛」に頼る国と、強制的に隔離や検査を行う国の差が出ている。国境を越えた移動を望む声も強まっているが、これに関しても対応にばらつきがある。

日本人は帰ってきたい、外国人も帰ってきたいと言うが、日本政府の海外からの入国に対するムードとしては、「外国人は今の時点で帰ってこられると困る」といった感じがやや見受けられる。国内観光も各地の自治体で受け入れお断りのムードも高まっている。国内外の感染状況に左右されやすい難しい局面にある。

欧州などは人の移動の再開に向けてドアをノックし始めているが、PCR検査や陰性証明書の発行をしないと、感染の拡大が国境を超えて広がる恐れもあって、簡単に踏み切れない。

日本政府は、アクセルとブレーキを交互に踏むような試行錯誤を続けるが、「緊急事態宣言の状態には戻らないようにする」という決意は感じられる。経済界としても、経済の再開を並行してやるという意思は固い。

経済再開に際しては感染防止対策を徹底させなければならないことは言うまでもない。航空機では、中央の座席を販売しない「ミドルシートエンプティ」という対策もあるが、それはIATA(国際航空運送協会)も推奨していないので、必ずしも必要とは考えていない。そもそも、機内の換気機能は高く、3分ごとに空気が入れ替わる。検温やマスクも必ず着用してもらうことで、感染防止を徹底する。

外食産業やエンターテインメント業界も、それぞれが知恵を絞り、顧客と従業員を感染から守りながら、営業を再開する流れが進んでいくだろう。

人の移動は必ず回復する


コロナ禍でテレワークが浸透したことで、コロナ後も、通勤を極力減らしたり、出張も大幅に減らすような企業が増え、ビジネスでの人の動きが途絶えてしまうのではないかとみる向きもある。しかし、緊急事態宣言解除後の人の動きを見ていると、そうはならないと確信している。

もちろん、テレワークを主流の働き方に据えるような企業も出てきている。コロナが生み出した新しい働き方に対応し、労働法制も変化させていくべきだろう。

とはいえ、大事な商談については、現地に足を運び、フェイストゥーフェイスで話をしたいというビジネスのニーズはなくならない。企業は、「密」に対する不安を和らげる対策をしっかりとりながら、リアルのビジネスを復活させている。

例えば、大手銀行が来店予約を始めたり、鉄道会社が時間帯によって運賃に差をつけることによって、ラッシュ時間帯の混雑を緩和しようとしたり、企業は顧客も従業員も守るという姿勢を打ち出している。

経営者は、感染対策の徹底の先に、生産性改革を見据えなければならない。OECD(経済協力開発機構)の中で常に低位にあえぐ日本の労働生産性は、コロナ禍の企業収益の悪化に伴い、影響を受けることは避けられない。AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)を活用した生産性の向上は待ったなしだ。

また、社員の意識の変化も見逃してはならない。昨年、ANAはミレニアル世代・Z世代と役員の交流イベントを開き、若手社員の声を聞いた。会社に対し滅私奉公するよりも、社会貢献や自己実現を大事にし、自分自身の夢を追い求める。そんな新しいタイプの社員が働きがいを持てる職場にするにはどうすればいいのかも考える必要がある。

一方で、コロナ禍では、日本の行政が抱える課題も浮き彫りになった。マイナンバーを個人の口座に紐づけて、納税証明書を添付すれば、給付金をスムーズに配布できるなど、諸外国で進んでいる行政のデジタル化が、日本では全く進んでいないことに多くの国民が気づいた。日本中の行政のシステムをオンラインでつなぐには相当な投資が必要になる。ここで大事なのは、機運が盛り上がっているチャンスを逃さずに素早く実行できるかだ。

大雨や台風などの自然災害が頻発しており、日本は自然災害国家であると自覚しなければならない。今回のコロナ禍の出来事を教訓に、国も、地方行政も、国民も変わらないといけない。


*2020年7月8日取材。所属・役職は取材当時。

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