コロナ危機に克つ:「健康いきいき職場づくり」からのアプローチ

日本生産性本部と東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野が協働して設立した「健康いきいき職場づくりフォーラム」は、コロナ禍および「新しい生活様式」における社員の働き方や組織のあり方を議論する「新型コロナウイルス緊急対応セミナー」(全4回)を5月から7月にかけてオンラインで開催した。本欄では、同フォーラムメンバーで、精神保健学が専門の川上憲人・東京大学大学院医学系研究科教授と、組織・人材マネジメントが専門の守島基博・学習院大学経済学部教授に、コロナ禍に伴う従業員の心身の健康の変化、マネジメントや働き方への影響、今後の課題などを聞いた。

遠くなる社員間の物理的距離 職場に安心感どう確保
東京大学大学院医学系研究科教授 川上 憲人氏

川上 憲人 東京大学大学院医学系研究科教授

――「健康いきいき職場づくり」の活動について

「健康いきいき職場づくり」は、いきいきした労働者、および一体感のある職場づくりによって、組織の生産性向上を目指す、職場のメンタルヘルスの一次予防(メンタルヘルス不調者を出さない)と経営戦略の双方にまたがる新しい枠組みである。

従来の、不調者対応を中心にしたアプローチ、リスクマネジメントとしての健康管理からの転換を図り、「ポジティブなメンタルヘルスの実現を目標とする」「職場の社会的心理的資源に注目する」「メンタルヘルスを経営として取り組む」ことを特徴としている。


――コロナ禍は社員の健康や組織の生産性にどんな影響をもたらしたか

テレワークや在宅勤務などへの働き方の変化は一時的なものではなく、今後も続くだろう。テレワークなどが定着し、会議のオンライン化などが進み、人々の物理的な距離が遠くなれば、自ずと人々の心は遠ざかり、コミュニケーションは必ず希薄化する。希薄化したままだと、社員の健康や組織の生産性、ひいては組織そのものやガバナンスにも悪影響を与える。

一方で、テレワークには通勤時間の短縮など、多くのメリットがある。そうしたメリットをフルに生かすためには、物理的距離が遠くなったときに、職場のコミュニケーションをどう確保していくかについてのさまざまな工夫が組織と個人に求められる。

東大で実施した調査によると、新型コロナに対する企業内対策の数が多いほど、従業員の精神的な健康度や仕事のパフォーマンスが高いことがわかった。勤務先が十分な対策を実施することは従業員に安心感を与える。また、小規模の企業や、業種別では小売業・卸売業、運輸業で、企業内対策の実施数が少ないこともわかった。こうしたところでも、従業員とコミュニケーションをとって、できうる最大限の対策を実施していくことが重要だ。

――「新しい生活様式」における健康いきいき職場づくりについて

「新しい生活様式」における健康いきいき職場づくりについては、大きく三つの観点があると考えている。

第一は、テレワーク勤務者を含めた従業員の職場の一体感の醸成。テレワークが定着すれば、職場の一体感がなくなり、より個人主義的になって、仕事のタコつぼ化が起こる。本人が困ったときに助けがないといったことや、仕事に行き詰って生産性が低下することも想定できる。職場の一体感をこの状況下でどうつくり直していくかが求められている。

第二は、テレワーク勤務者の「いきいき」(ワークエンゲイジメント)の向上。在宅勤務・外出自粛の従業員への情報提供として、メンタルヘルスサイト「いまここケア」を5月に公開したが、こうした情報提供や、テレワーク勤務者を支援する相談システムの構築などがあるといい。

第三は、多様な働き方をする従業員の健康管理(過重労働防止やストレス対策)。従業員の働く状況を把握するシステムを構築することや、産業医によるオンライン面談などが考えられる。

「新しい生活様式」の中で、どうやって従業員の健康と組織の生産性を維持・向上させていくか。ポスト・コロナの時代において、健康いきいき職場づくりはますます大事になってくる。

職場は集合型から分散型に 求められる自律的働き方
学習院大学経済学部教授 守島 基博氏

守島 基博 学習院大学経済学部教授

――コロナ禍は社員の働き方にどんな影響をもたらしたか

コロナ禍は社員の働き方を急速に変えた。今回の働き方変革(テレワーク・在宅勤務、人と人の距離を保ったオフィス、会議のオンライン化など)の流れは今後も続くだろう。


――「自律・分散・協働型」の組織が増えていくと主張されている

今まではみんなが同じ場所に集まって効率を高めてきた集合型の働き方だったが、テレワークでは非接触型の働き方になることが特徴だ。この働き方は今後、創造性、アイデア、イノベーションの観点で重要になる。

「自律・分散・協働型」組織では、一カ所に集まって仕事をするのではなくて、分散して仕事をする。人が分散して働くとなると、各人は自律的に仕事をしなければならない。だが、一人ひとりのアウトプットがバラバラに出てきてもしようがないので、それらをまとめて一つの成果を出していくことが必要だ。プロセスにおいては自律的に分散して働き、最終的には協働して大きな目標を達成していくという組織のあり方を10年ぐらい前から主張しているが、そういう形になり始めている。クリエーティブな人たちやイノベーションを起こす人たちにはそうした働き方が必要だとも言われている。

――そのためには何が変わらなければならないのか

一番変わらなければならないのはマネジメントだと思う。分散したメンバーのモチベーションを上げ、最終的なアウトプットをコーディネートすることが重要になるからだ。今までのように、問題が起こったら集まって協議しようではなく、きちんと目標設定を行い、達成状況を把握し、最終目標が達成されているかどうかを見極める、人の管理からプロジェクト・マネジメントのノウハウが必要になる。

日本の職場はこれまで、曖昧な目標で始めて、状況変化に応じて、後で調整というパターンが多かった。頻繁なコミュニケーションが前提とも言える。時にメンバーからみると、「マイクロマネジメント」の傾向もあったが、効率的で状況適応がうまくいった。しかし、だんだんそういう働き方ができなくなってきている。ここで必要なのは、ビジョンで人を引っ張るビジョンリーダーシップだ。状況への対応は、一人ひとりが自律的に行う。その指針を与えるのがビジョンである。

今後、従来の日本の職場とは異なったやり方になるが、これからはきちんとそれらを進めていくような明確なビジョンと目標を決めて、新しい方法を工夫しなければならない。また、働く人にも「働き方の自律」が求められる。上司の指示を待って粛々と仕事をこなすのではなく、自分でゴールを設定して自力で進めていく自律的な仕事の仕方が求められる。

非接触型の働き方は、今回、コロナ対策の一環として行われているが、これからは創造性やイノベーションの推進といった組織目的に貢献するために行われるようになるだろう。

――人事面において、今回のテレワークで明らかになったことは

今回のテレワークが明らかにしたのは、仕事や職務の明確化を行っていくことと、真の成果主義にしていくことの必要性。特に、役割と期待される成果を明確に設定し、成果主義的な評価を徹底することが求められる。


*川上氏は2020年7月16日、守島氏は7月8日取材。所属・役職は取材当時。

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