コロナ危機に克つ:大田 弘子 日本生産性本部副会長インタビュー

政策研究大学院大学特別教授で日本生産性本部副会長の大田弘子氏は生産性新聞のインタビューに応じ、新型コロナウイルスの感染拡大による経済危機をバネに、社会全体のデジタル化を一気に進めるべきだとの考えを示した。明確な権限をもつ政府全体の司令塔を置き、3年間のデジタルトランスフォーメーション(DX)プログラムを策定し、各省庁に工程表を示す。コロナ禍で政財界の危機感が共有されている機を逃さず、集中的に構造改革を促す。

DX社会実現の好機に 危機をバネに3年間で集中改革

大田 弘子 日本生産性本部副会長/
政策研究大学院大学特別教授

大田氏は「米国で経済格差や人種差別の問題の深刻さが浮き彫りになっているように、コロナ禍は、コロナ前から解決すべき各国の課題を突き、その弱点を増幅させている」と話す。

日本では、デジタル化の遅れ、とくに公的セクターの遅れが最大の課題として認識された。また、小規模サービス業や非正規社員がコロナ禍のしわ寄せを受け、コロナ以前からの問題であった生産性の低さや雇用問題があぶりだされた。

大田氏は「日本が今取るべき経済政策は、元に戻そうとすることではない。コロナ禍で増幅された構造問題を、危機をテコに一気に改革していくことだ」と強調する。

公的セクターのデジタル化の遅れの背景には、日本の規制の構造がある。規制の根拠となる業法は、業種ごとの縦割りになっているため、業種横断的に起こり、担い手が多様化している最近のデジタル革命に対応できない。デジタル化に対応させるべく規制・制度を体系的に見直す作業が必要になる。

改革の方向性については、政府の規制改革推進会議が6月に発表した意見書「デジタル時代の規制・制度について」に全体的に網羅されているという。

大田氏は「コロナ禍による経済危機というピンチは、デジタル化を核とする『第四次産業革命』を一気に進めるチャンスでもある。今回の危機を絶対に無駄にはしないという覚悟の下に、3年間のプログラムを策定し、工程表を示す。総理主導で実現させる覚悟があれば、骨太の方針が掲げる『社会全体のDX』は進むはずだ」と話す。

行政サービスのデジタル化はもとより、政府が関与する医療や教育、交通などの分野で、デジタル変革をどれだけ進められるかが、社会全体のDXの鍵を握る。

しかし、これまでの規制改革をめぐっては、既存の事業者の立場を重視する各省庁の抵抗に遭い、スピード感を持って改革を進められていない。

大田氏は「これまで、政府がIT戦略を重視しながら、デジタル化が大きく遅れてしまっている原因は、利用者利便を最優先する態度が欠けていることにある。供給者である既存の事業者を優先する発想を転換しなければ、従来の仕組みを大転換するデジタル化は進まない」と指摘する。

一方、コロナ禍で民間企業もDXが最重要課題となっている。テレワークだけではなく、事業全体のデジタル変革を進め、新たなビジネスモデルを構築することが迫られている。

大田氏は「民間企業もほんとうに“顧客本位”なのだろうか。顧客第一を掲げ、顧客ニーズを探る努力をしているが、実は、社内の内部事情が優先されたり、自社が持つ技術オリエンテッドな商品開発がなされたり、という傾向があるのではないか」と述べ、経営者の強いリーダーシップによるコーポレートトランスフォーメーション(CX)の必要性を指摘した。

(以下インタビュー詳細)

危機を無駄にするな 「日本変革」へ貴重なチャンス

安心感が経済活動のベース


新型コロナウイルスの感染防止対策と経済活動の両立には、徹底した検査が最も重要な前提である。しかし、PCR検査などの十分な検査体制を確保し、陽性の場合は症状に応じて隔離と治療を行うという基本的な対応が、日本ではいまだにできていないことは深刻な問題だ。

安倍晋三首相は早い段階で「1日2万件のPCR検査を可能にする」と言い続けたが、なかなかそうならなかった。もう何カ月も経っているのに、感染を心配する人が、いつでも保険適用で検査を受けられる体制をつくることができない。

新型コロナの厄介な特徴は、感染者が無症状でも、誰かに感染させてしまうことだ。十分な検査体制が整わなければ、「自分や相手が感染しているかもしれない」という不安を抱きながら、経済活動を行わざるを得ない。

無症状の人は検査対象にしないという状態が続いたために、新型コロナウイルス接触確認アプリ(COCOA)で陽性の人に接触したという通知を受け取っても、無症状でかつ周囲に感染者がいなければ、「14日間は様子をみてください」となる。これでは、何のための接触確認アプリなのか。仮に感染していれば、その間に他人に感染させてしまうかもしれない。

さすがに不満の声が強く、通知を受けたら希望者全員が無料でPCR検査などを受けられるようになったが、厚生労働省がやっと方針転換したのは8月下旬になってからだ。

経済活動には国民の安心感が不可欠の前提だ。しかし、厚生労働省は、医療体制が十分か、保健所が対応可能かなど、供給側の状況のみ注視する。需要サイドの国民の安心が置き去りになっている。安心のために、保健所以外のルートを増やす、民間を活用するといった従来の枠を超えた対応には及び腰だ。

利用者本位ではない経済政策


日本の政策決定では、圧倒的に供給側の論理が強いが、コロナの感染拡大防止においても、この欠点が出たのではないか。利用者本位ではない経済政策のあり方が、日本のあらゆる構造問題の根っこにある。

コロナ禍では各国が抱える弱点が増幅されて浮き彫りになった。日本では、行政サービスをはじめ政府が関わる分野のデジタル化の遅れが露呈し、「ここまでひどかったのか」と衝撃を受けた。

行政手続をデジタル化する「デジタルガバメント」だけではなく、医療、教育など政府が強く関与する分野のデジタル化の遅れも明白だ。

オンライン診療や遠隔教育の経験を十分に積んだうえでコロナ禍が起こっていれば、高齢者や小中学生が置かれた状態はかなり変わったものになっていただろう。政府の規制改革会議では、オンライン診療や遠隔教育に長く取り組んできたが、厚生労働省も文部科学省もたいへん後ろ向きで、実現は遅々とした歩みだった。

遠隔教育の実現で、子どもたちは質の高い教育をどこにいても受けられる。英語やプログラミングでも、専門性の高い教育が可能になる。何より、進捗度に合わせた個別の学習が可能になることは、デジタル化の大きなメリットだ。

2周遅れのエデュテック


しかし、残念ながら小中学生はデジタル化の恩恵を十分に受けられずにいる。例えば、昨年4月からデジタル教科書が可能になったが、紙の教科書と同じ内容でなければならないことになっているため、デジタル化の特徴である動画や音声を使ったコンテンツにならない。また、あくまで紙の教科書が基本と位置付けられているため、デジタル教科書の使用は授業時数の半分以下と定められている。

今回のコロナ危機では、在宅でオンライン教育を受けられなかったことが問題になったが、遠隔の教室と教室を結んだ授業にも厳しい制限がある。技術的には、遠隔地にいる教師から質の高い授業を受けることが可能なのに、規制によってできない。大人のしがらみによって、日本の子どもたちはデジタル化の恩恵を受けられずにいる。

教育とテクノロジーを組み合わせた造語であるEduTech(エデュテック)は、先端技術を教育分野に導入するサービスで、多くの国で進んでいるが、日本はすでに2周遅れだ 。

「子どもたちと先生は同じ場所にいて接することが大事だ」という主張が遠隔教育を阻んでいる。もちろん、対面の教育はたいへん重要で、子どもと先生が接することは教育の基本形だが、デジタル技術によって初めて可能になる学びの形もある。学ぶ側の立場に立って、対面とオンラインを最適に組み合わせることこそ重要だ。

オンライン診療も同じ構図


医療分野のオンライン診療も同じ構図だ。「オンラインは対面に劣る」という考えが前提にあり、対面診療と同等の効果が得られると実証された診療内容についてのみオンラインを認めるという姿勢が貫かれてきた。

もちろん、対面診療の重要性は言うまでもないが、経過観察やデータの蓄積など、オンラインだからこそできることがある。何より、移動が困難な高齢者や病院が近くにない地域ではオンライン診療は必須だ。

重要なのは、オンラインと対面のどちらがいいかではなく、患者の立場に立って、対面とオンラインを最適に組み合わせ、それに合った診療報酬体系を作っていくことだ。

今、政府が取るべき経済政策は、元の状態に戻そうとすることでは決してない。コロナ禍によってもたらされた経済危機をテコに、社会全体のデジタルトランスフォーメーション(DX)を進めることだ。コロナ禍によって危機感が共有され、オンライン診療でも初診が認められるなど大きな前進があった。時限付きの対応だが、これを元に戻してはいけない。

コロナ危機を無駄にしてはいけないと思う。生産性の低さや労働市場の硬直性など、長く続いてきた構造問題をここで一気に克服するチャンスが来ていると捉えたい。

このほかにも、倉庫内作業の機械化・ロボット化によって倉庫内作業の効率が上がり、物流の非接触化は進む。テクノロジーを活用した生産性の向上は必要なことだが、注意しなければならないのは、陸運業界で働く労働者の働く場所や機会が失われていくかどうかである。

ウィズ・コロナ、ポスト・コロナの物流は変わっていかなければならないが、適正な方向に向かうように議論していきたい。

ほんとうに「顧客本位」か


民間企業においても、デジタルトランスフォーメーションの実現は決して容易ではない。

日本生産性本部のイノベーション会議が大企業を対象に行った調査では、「日本企業は破壊的イノベーションを起こしにくいか」という問いに、3分の2の経営者が「そう思う」と答えている。その最大の理由は「リスクを取ることに消極的な経営」であり、その背景にある最大の問題は「失敗を許容しにくい企業風土」という回答だった。

破壊的イノベーションに失敗は付き物だが、日本では、「まずやってみよう」ということがなかなかできない。「失敗したらどうするのか、誰が責任を取るのか」と否定から入る人は、民間企業にも非常に多い。

政策決定において利用者の立場が弱いと申し上げたが、民間企業でも、ほんとうの意味で顧客本位なのだろうかと疑問に思うことがある。

顧客第一を掲げ、顧客ニーズを懸命に探ってはいるが、実はこのアンケート調査結果のように、社内の内部事情や、研究開発の事情が優先される、といったことが起こっているのではないか。

日本が旧態依然とした体制を壊して、絶えず変革を続けるメカニズムを内側に持つ強い体質に生まれ変わる貴重なチャンスが到来している。民間では、ウィズ・コロナの新しいビジネスに挑戦する企業が出始めている。政府も、今度こそ本気で「変わる姿勢」を見せてほしい。


*2020年8月17日取材。所属・役職は取材当時。

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