コロナ危機に克つ:秋田 正紀 松屋社長インタビュー

松屋の秋田正紀社長は生産性新聞のインタビューに応じ、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、中国やアジアなど海外からのインバウンド(訪日外国人観光客)による需要が期待できない中で、カード会員を軸に外商などのサービスを強化する方針を明らかにした。婦人服や紳士服のオンラインによるコンサルティングや電話による御用聞きサービスなどを展開し、感染を警戒して来店を躊躇する顧客にも安心して買い物を楽しめる環境を提供する。

お得意様へのサービス磨く オンライン接客や電話で御用聞き

秋田 正紀 松屋社長

近年、百貨店経営にとって、インバウンド需要は重要性を増していたが、新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけとした海外交流の停滞により、ウィズ・コロナにおける経営戦略の転換を迫られている。

秋田社長は「これまでも、『爆買い』と呼ばれた中国からの観光客による需要に頼らない経営に取り組んでいた。つまり、日本のお客様に支持される店づくりが松屋銀座のコンセプトだ」と話す。

中国や東南アジアの富裕層は、日本の富裕層が好むショッピングに憧れがあるので、まずは日本の富裕層向けの品ぞろえや店づくりを進めることによって、海外の富裕層も取り込もうという狙いだ。

ウィズ・コロナでは国内需要を重点化する「原点回帰」の経営を加速させる方針。松屋ファンに対するサービス向上に力を入れ、お得意様のライフ・タイム・バリュー(LTV、顧客から生涯にわたって得られる利益)を高めていく。

婦人服や紳士服の商品選びをオンラインでコンサルティングする「ライブコマース」がそのひとつ。緊急事態宣言が解除され、店舗営業を再開した後も、店頭での洋服選びに時間をかけることを敬遠する顧客心理に配慮し、インターネットで自宅と店舗を結んだオンラインのコンサルティングサービスを導入した。

お得意様の洋服のサイズは店側で把握しているため、色やデザインなどを画面上で選んで、オンライン上でカード決済し、商品を自宅に届けるなど「eコマース」を検討している。

来店して肌触りや試着した感触などを確かめる場合にも、事前にオンラインで商品を予約することで、店舗での滞在時間を短縮することも可能となった。

一方、男性のスーツのオーダーについても、ライブコマースサービスを活用することで、来店なしに、もしくはオンラインで生地選びなどを行い、来店時のコンサルティング時間を短縮して、スーツを新調できる。

また、お得意様に対する電話での御用聞きのサービスも強化している。

化粧品など継続して使っている消耗品の場合、来店することなく新しい商品を自宅へ届ける。オンラインよりも、電話のほうが高齢のお得意様などから好評だという。

従来からあるテレビショッピングを強化して地方客の取り込みなども進める一方で、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を活用した口コミでの新規顧客の獲得も検討している。

百貨店は、実際に足を運んでもらい、買い物や食事、イベントなどを楽しんでもらう場所だ。しかし、「集まること」をできるだけ回避するウィズ・コロナでは、店内に一歩足を踏み入れれば安全・安心であると感じてもらうことが重要になる。

松屋では、インバウンド客や国内の新規の客足が戻るまでは、お得意様に対するサービス力を徹底して磨く一方、買い物の履歴がしばらくない休眠状態のカード会員への働きかけなどを強化していく方針だ。

(以下インタビュー詳細)

安心して楽しめる百貨店 従業員の感染防止を徹底

銀座の街から人が消えた

中国での新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、2月にインバウンド需要が激減したが、当時は対岸の火事だと思っていた。しかし、2月下旬から3月に入り、日本でも状況が変わってきた。

3月25日、東京都の小池百合子知事が不要不急の外出を自粛するよう要請し、4月7日には政府が緊急事態宣言を出したことを受け、松屋も完全に休業することを決断した。

銀座の街が一致協力して、人が集まるのを回避することが社会的使命と思った。銀座は、渋谷や新宿、池袋などと並び、東京の繁華街の象徴でもある。4月の感染拡大状況は先が見えず、銀座の街全体が自粛することで、国民に危機感が伝わるのではないかと考えた。

テレビなどのマスメディアが「銀座から人が消えた」と報じたことで、危機意識が醸成されていった効果も少なからずあったのではないかと思う。

百貨店はお客様に店舗に足を運んでいただき、買い物を楽しんでいただくことに存在意義がある。しかし、コロナ禍ではご来店いただくこと、集まっていただくこと自体が「リスク」とされた。自分たちの価値は何か、どうすればいいのかを自問自答する毎日だった。

近年の銀座は、中国をはじめとするインバウンド需要に支えられていた一面がある。松屋銀座でもインバウンドは大きなインパクトがあり、中国をはじめとする海外の顧客が全体の売上高の4分の1を占めていた。

しかし今は、それらはほとんど期待できない。海外からの買い物客は激減し、免税の売上高は前年比の3~4%しかないのが現状だ。そのわずかな免税の売り上げも、日本にいる外国人や海外に赴任するはずができなかった人など例外的なもので、往来している観光客による売り上げは、ほぼゼロに等しい。

ギフトに動き、人の絆は健在


通常ならば夏のお盆休みは、地方からのお客様が多く来店している。しかし、感染の再拡大が報じられるたびに、県境をまたぐ移動は低調となり、地方のお客様が夏休みを利用して銀座でショッピングを楽しまれる姿はほとんど見られなかった。

その一方で、コロナ禍がなければ、海外旅行や避暑地での休暇を楽しむはずの人たちが、銀座に遊びに来てくれた。

コロナ禍で身近な人たちとの絆を大切にする気持ちの重要性は再確認されている。緊急事態宣言下では、外商のお客様からギフトに関する問い合わせが相次いだ。

5月25日から店舗営業を一部再開したが、まず動いたのがギフト関係だった。出産や入学のお祝いはもちろん、コロナ禍でのお見舞いなど、大切な人に気持ちを示すギフトに注文が寄せられた。百貨店にとって、ギフトは重要なカテゴリーであることを再認識した。

売上よりも、安全確保を優先

お客様の感染防止を徹底させることが重要であることは言うまでもないが、従業員に安全・安心を感じて働いてもらうことも同じように重要だ。

従業員が不安な気持ちの中で接客をすると、お客様にもその不安は必ず伝わってしまう。完全休業に踏み切った理由は、質の高い接客が難しいと判断したこともある。

店舗を再開するにあたっては、まず、お客様の安全・安心を確保するために、入り口の数を制限して体温を検知するサーモグラフィーを設置した。

同時に、働く人たちの安全・安心の確保のため、フェイスシールドなどの着用はもちろん、従業員同士の3密回避にも配慮した。例えば、夏の間はバーベキューを提供するビアガーデンを催していた屋上や8階の催し物会場の一部を、従業員用の休憩スペースとして開放した。

屋上のビアガーデンを楽しみにしていたお客様からは問い合わせをいただいたが、事情を説明し、ご理解いただいた。

百貨店経営は、たくさん人を集めることをベースにしている。それができない中で、いかに事業を展開するかに知恵を絞っている。

チケットやグッズ販売も工夫


3月を最後に自粛していた展覧会を7月下旬から再開するにあたり、日本博物館協会の感染防止ガイドラインをもとに、自社のガイドラインを厳しめに設定した。

来場客の数を3分の1に減らし、展覧会会場で行っていたチケット販売をチケット会社で事前に予約・購入いただく仕組みに変更した。一定時間で入場者を入れ替えているので、並ぶことなく入場できる。

展覧会に伴うグッズの販売方法についても、慎重に検討を重ねた。これまでは誰もが販売会場でグッズを購入できたが、密を避けるために展覧会の来場客だけが買えるようにした。それでも、一定人数を超えた場合は、整理券を出して混雑を避けている。一方で、ネット販売では、誰でも購入できる。

密を避ける取り組みは始めたばかりなので、問題点があれば、今後も修正しながら展覧会を続けていきたい。

また、全館を挙げてのイベントとしては、カード会員向けの販売会「松美会」を年に2回開催しているが、有名人のトークショーや音楽イベントなどは取りやめている。

収益減を受け入れ、お客様が楽しみにされているサービスを削るなど犠牲は大きいが、安全・安心を感じながら、ショッピングを楽しんでいただくことの方がより重要だと判断した。

買い物スタイルの変化に対応


ウィズ・コロナの期間が相当長くなることは覚悟しなければならないが、コロナ後になっても、お客様の時間の使い方はコロナ前とは違ってくるだろう。その変化にどう対応するかが経営の鍵だ。

婦人服や紳士服の商品選びをオンラインでコンサルティングする「ライブコマース」を活用し、素材や色の紹介など事前のやり取りを済ませたうえで来店していただけば、余った時間を他の楽しみに使っていただける。

仕事の後の接待や仲間同士での飲食の機会が減ってくる。接待・宴会の減少で手土産の需要も伸び悩むだろう。何のためにデパ地下で食品を買ってもらえるかを抜本的に考え直す必要がある。

近しい人に贈り物を届けたり、家族で食事を楽しむための需要が増える期待はある。外出自粛中にちょっと高級なレトルト食品や産地直送の生鮮食品などを提案したら、良い反応をいただいた。ビジネスチャンスはあると感じた。

実際に、近所で買う総菜に飽きてきた人たちが、デパ地下に足を運ぶケースも増えている。料亭の味を家庭で楽しめる少し贅沢な中食商品など、よりバリエーションを広げたい。

いずれやってくるコロナ後の社会では、海外交流も戻ってくるはずだ。コロナ前は中国以外にも、ベトナム、インドネシアの富裕層を開拓。それぞれの国の休暇や趣向を把握し、楽しんでもらえるように工夫をしていた。

中国や東南アジアの金融機関や商業施設との間で築いてきた海外とのパイプを維持して、交流再開の機会を待つ。しかし、ウィズ・コロナの期間中は、原点回帰の経営で、日本のお客様に喜んでいただけるサービス力を磨きたい。

業界や取引先の方々から、「感染対策をしっかりやっている百貨店」との評価をいただいている。引き続き、感染対策をしっかりと行うことで、従業員の不安を取り除き、接客に集中できるようにする。

従業員が安心して接客すれば、その雰囲気はお客様にも伝わっていく。百貨店に一歩足を踏み入れれば、安心して買い物ができるという場所にしていきたい。


*2020年8月21日取材。所属・役職は取材当時。

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