企業経営の新視点~生産性の日米独ベンチマーキングからの学び⑥

第6回 「生産性スローダウン」打開へ 求められる特許の質の向上

これまでも本連載でふれてきたように、経済成長と発展の基盤は生産性にあるにもかかわらず、米国をはじめとする先進諸国では生産性が伸び悩む「生産性スローダウン」と呼ばれる現象が起きている。

背景には、ICTによる生産性向上効果の剥落や大きなイノベーションの枯渇、シェアリングエコノミーやデジタル化の進展に伴うサービスの無料化などが指摘されてきた。現在はコロナ禍に伴う世界的な経済の混乱も生産性を押し下げる要因になっているが、コロナ禍は、現段階でいつ終息するのか見通すのは難しい。とはいえ、コロナ禍が終息しても、中長期的に「生産性スローダウン」を打開できなければ、経済の持続的な成長やそれを支える安定的な雇用や働く人の賃金上昇は望めない。

生産性を向上させるには、これまでも様々な方策が提案されてきた。マクロレベルでは、経済活動を阻害する規制の緩和や、生産性の高い企業のウエートを高めて産業の新陳代謝を進めることが重要視されている。

一方、企業レベルでは積極的な投資、とりわけ①人への投資②研究開発投資(R&D)③設備投資が生産性向上に重要な役割を果たす要素だといえる。

米国の有力シンクタンクであるブルッキングス研究所 が日本生産性本部の支援を受けて行った日米独の比較研究「イノベーションと先進経済諸国における生産性の低迷~日本、ドイツ、アメリカ合衆国の研究開発傾向比較分析」 も、生産性を向上させるには「生産性の高い企業のシェア拡大」に加えて、「企業のイノベーションを生み出すための投資」、特に研究開発や人的資本などへの投資拡大の効果が大きいことを指摘している。それでは、イノベーションに不可欠な研究開発への投資について、日米独でどのような違いがあるのだろうか。以下でこの比較研究を詳しく見ていきたい。

「数」では上回るが「質」では…

まず、研究開発費(対GDP比)の推移 をみると、日本は2000年代以降も上昇基調にあり、ほぼ一貫して米独より高い水準が続いている(下左図参照)。

また、研究開発の成果指標の一つである登録特許数 (米国特許商標庁、欧州特許庁、および日本特許庁の三つの特許庁すべてに出願された特許ベース)の推移をみると、日本が1990年代に急激に増加しており、米国を上回る状況にある。米国は2006年以降減少傾向にあり、ドイツは日米を大きく下回る状況が続いている(下右図参照)。研究開発の成果を登録特許の「数」だとすれば、日本は米独をリードする状況にあり、日本のイノベーションに向けた取り組みは、量的な側面でみれば日米独の中で比較的良好な成果を上げているといってよい。

※(左)世界銀行の世界開発指標データよりブルッキングス研究所作成
※(右)OECD特許統計からの発明者の居住国別三極パテントファミリーのデータよりブルッキングス研究所作成


しかし、研究開発の成果を特許の「質」 で評価すると、状況は大きく変わってくる。「5年以内の特許引用件数」や「産業へのインパクト」といった特許の「質」を測る指標では、日本はドイツこそ上回っているものの、米国に大きく後れを取っている。また、「汎用性」や「技術分野の幅広さ」の2指標でも、日本はこのところ落ち込みが続いており、米独を大きく下回る状況にあるのだ(下図参照)。

つまり、日本はより多くの特許をとってはいるものの、その「質」をみると、対外的なインパクトや幅広い領域への波及効果には米独ほど結びついていないことを示している。投資額や特許数といった量を追うだけでなく、研究開発をどうマネジメントし、質の高い成果へと結び付けていくのか、再検討する余地があるということだろう。

    ※USPTOおよびOECD特許品質指標データベースに基づきブルッキングス研究所が計算

税控除方式中心のR&D政策の見直しを

※OECD研究開発税制優遇措置データベースよりブルッキングス研究所作成

また、政府のR&D政策 でも、日本と米独には違いがある。米国は補助金方式と税控除方式を2対1の割合で組み合わせており、ドイツは全て補助金方式である。一方、日本はほとんどが税控除方式となっている(右図参照)。補助金方式はターゲットを明確にして大学や企業を直接助成することができるが、税控除方式は要件を満たせば適用されてしまうため、テーマや内容を見極めて資金を投下することは難しい。

生産性向上につながる研究開発を最も効果的に後押しする方法は必ずしも明確ではないが、日本が米国の生産性水準をキャッチアップするには、R&D投資を税額控除中心に行う現状を見直し、有望なイノベーションを見極め、適切な対象への直接補助金を増やすことも考慮すべきであろう。そのためには、日本政府がミッション志向で長期的な視野に立ち、戦略的な投資家の役割を担う必要がある。イノベーションは本質的に不確実でリスクが高いため、積極的にリスクテイクを奨励し、失敗に寛容になることも求められる。そう考えると、2019年に日本政府が革新的な技術開発を推進するために「ムーンショット型研究開発制度」を立ち上げ、5年で約1150億円を投じようとしていることは望ましい方向への一歩といえるだろう。


(日本生産性本部 生産性総合研究センター 木内 康裕 他)

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