コロナ危機に克つ:榊原 清則 経営アカデミー学長インタビュー

日本生産性本部が運営するビジネススクールである経営アカデミー学長で慶應義塾大学名誉教授の榊原清則氏は生産性新聞のインタビューに応じ、新型コロナウイルスの感染拡大が終息した後について、「重たい問題を抱えた企業にとっては、中長期的な課題が突き付けられる」と経営環境が厳しさを増すとの見通しを示した。そのうえで、コロナ禍を経た後に、日本経済の成長を牽引する新しい経営実践のモデル企業が登場することに期待感を示した。

新モデル企業の登場に期待 野心的なイノベーション実践

榊原 清則 経営アカデミー学長/
慶應義塾大学名誉教授

従来の資本主義経済で影響力を持っていた既存大企業の多くは、幅広い事業分野へ多様化した「多角化戦略」と、相対的に自律度の高い組織ユニットへそれを切り分けて管理する「複合組織」を2本柱とする企業経営をモデルとしてきた。しかし、現状では株式時価総額の上位に入ることができないケースが目立ち、成長力に陰りが見え始めている。

榊原氏は「世界の新興企業の中には、社会のインフラにかかわるようなスケールの大きい野心的なイノベーションに挑戦している経営体が続々と登場している」と述べ、グーグルを展開するアルファベットやアマゾンなどの巨大IT企業の台頭で、企業経営が新たな時代に突入したと指摘する。

その一方で、日本の企業経営については「大企業の経営トップは残念ながら、みこしにかつがれて乗るタイプの経営者が多い。日本の組織でトップを選出する仕組みは、村社会的なコミュニティの中で人徳のある人が自然に推挙され、リーダーになる」という。

このため、日本企業のリーダーは「外部に対して優れたビジョンや夢、理念などをアピールするわけではなく、何かを成し遂げるためにリーダーになるのでもない。危なっかしいことや間違ったことをする心配がない人」が選ばれる傾向があり、イノベーションを起こすためのパワーに欠けるとみる。

日本の企業の中には、経営のプロに経営をゆだね、一定の成果を上げているケースもある。しかし、榊原氏は「プロの経営者は、株主から経営を委託されて戦略を展開している。これに対し、新しい時代の経営では、創業者が企業のオーナーでもあり、同時に自ら経営実践の先頭に立って、強力にリーダーシップを発揮する」と強調した。

日本をベースにした新しい経営体の例として、永守重信氏が会長を務める日本電産、孫正義氏が会長を務めるソフトバンクグループ、似鳥昭雄氏が会長を務めるニトリホールディングスなどを挙げる。これらの企業は、GAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)の巨大テック企業の経営と同様に、創業者か創業者に近い経営者が自ら企業トップに立ち、強力なリーダーシップを発揮している。

榊原氏は「経営の実践力を備えた起業家が、日本の若いアントレプレナーの中にも登場し始めている」と述べ、将来の社会インフラになりうる新しい事業に挑んでいる日本のスタートアップ企業に期待感を示した。

また、「誰もが尊敬し、目標とするモデル企業が見当たらないことが日本経済の現下の低迷の根底にある」とし、コロナ禍の混乱を経て、あらためて日本経済の成長を牽引する新たなモデル企業の出現に期待を寄せる。

さらに、「企業によっては、コロナ禍の影響を引きずった重苦しい課題と、コロナ前から存在していた中長期的な課題の両方への対処が必要な状況があり得る。これは難題で、一般論では語れないが、経営者としてはじっくり腰を据えて、問題に真摯に取り組まねばならない」と述べた。

(以下インタビュー詳細)

所有・経営一致の強いトップ コロナ後見据えた戦略着々

さまざまな懸念は杞憂に


新型コロナウイルスの感染拡大が、日本経済に大きな打撃を与えることが懸念されてきた。今でも混乱や不安がまったくないわけではない。しかし相対的に安定した状況が続いている。

企業の財務管理的な取り組みには余裕があり、資金がショートしたり、企業が相次いで倒産するといった、緊迫した状況になる恐れは今のところない。

2008年のリーマン・ショックのような大混乱には、今回はならないのではないか。

政府・日銀による金融緩和策と財政出動が支えになり、お金が市中に出回り、混乱を回避させている。リーマン・ショック時と大きく違うのは株式相場が堅調で、資産評価の目減りの不安が少ないことだ。

さらに外国為替市場では円安・ドル高傾向が続いている。輸出への期待度が高い企業にとって、円安はもちろん追い風だ。

日本経済には産業競争力の劣化など、中長期的な課題が別途あり、目先の危機についても、いろいろ心配する声があった。今回それらは(少なくとも当面の間は)杞憂に終わりそうだ。油断は禁物だが、全体を見渡す余裕が、ここへきて経営者の間に生まれてきたのは確かだ。

個別企業が抱える問題


コロナ禍とちょうど重なる形で決算発表の季節になった。これは経営者の本音を探る良い機会だと思い、決算発表に注意してきた。以下、キヤノンを筆頭に、何社かの事例に触れる。

キヤノンは、その製品が世界的競争力を持ち、高収益でも知られる会社だ。そのキヤノンが7月末に発表した本年4~6月の四半期決算は初の赤字だった。

キヤノンほどの会社が赤字になったのは一大ニュースだが、赤字額は88億円で、大きな額ではない。コロナに伴う在宅勤務の拡大で、事務機需要が落ち込んだという。デジタルカメラも販売が低迷した。

今後の見通しについて、田中稔三副社長は「業績は上向いてくるが、全体として緩やかな改善にとどまる」という。

会社側の説明は事実を淡々と伝えるもので、そっけないが、これはこれで悪くない。

キヤノンは確かに経営的に不安を抱えた事例ではない。(御手洗冨士夫会長兼社長が率いる)経営トップ層における、世代交代の必要性や女性役員比率の低さが話題になる程度だ。

次に、日産自動車は2021年3月期の連結の最終損益が6700億円の赤字を予想した。自動車需要が全世界的に大きく落ち込んだため、赤字決算になったと説明しているが、需要減は日産に限った問題ではない。

他社よりも影響を受けている背景には、日産が抱える過剰設備問題がある。処理を進め、身軽な経営体にするリストラを前期から進めており、今期もそのリストラの途上にある。安定した経営のもとで、リストラを着実に進められるかどうかが試金石だ。日産同様に、同じような経営環境に直面している事例は日本の中に少なくない。

コロナ、何するものぞ


ここで、仙台に本社があるアイリスオーヤマを紹介したい。同社は非上場の生活用品企業である。生活用品とは、収納ケースやインテリア用品、園芸用品、ペット用品等の便宜的総称だ。このような多岐にわたる商品をつくり、ホームセンター等に納入されるか自社販売網で売るかで、今売上が急増している、知る人ぞ知る会社である。

アイリスはもともと大阪の町工場だったが、企業の本拠地を1989年に仙台に移転し、ドメイン戦略をゼロからつくり直して成長企業を目指した。

そのための取り組みとして、第一に、2000年代から家電事業に力を入れ、新しい商品分野を切り開き、第二に、2012年から他の大手家電メーカーでリストラにあった技術者を大量採用し商品開発の軸に据えた。こうした戦略で新商品開発力を飛躍的に強化し、新商品を毎年のように1000点以上市場に出す存在感のある会社になった。

この全過程で獅子奮迅の活躍をしたのがグループの会長である大山健太郎氏で、彼のとったリーダーシップは際立ったものであった。

強いリーダーシップを持った経営体は、コロナ禍で経営が混乱するということもなく、むしろ「コロナ、何するものぞ」という意気込みで、長期的な経営課題への取り組みを加速することができる。

新しい経営者の芽が育つ


これまでは、内部昇進の経営者が、多角化企業の戦略を複合的な組織を用いて管理する体制が主流だった。その時代は、しかし今や終わろうとしている。

代わって、創業者自身がトップマネジメントも担い、こうして所有と経営が一致した形で、強力なリーダーシップを発揮し、イノベーションにも挑戦する新興企業が、米国や中国に続々と生まれている。

日本でも、資金力の桁が違うが、そういう新しい経営者と経営体が育ちつつある。この種の経営者と経営体を対象とした新しい経営学も生まれつつある。


*2020年9月3日取材。所属・役職は取材当時。

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