コロナ危機に克つ:野中 孝泰 日本生産性本部副会長インタビュー

日本生産性本部副会長(全国労働組合生産性会議議長)で電機連合前中央執行委員長の野中孝泰氏は、生産性新聞のインタビューに応じ、新型コロナウイルスの感染拡大を契機に、「人間大事の日本型デジタル社会」の構築に向けて、労使が改革に挑むべきと提案した。日本の強みである「人が活きる」社会、企業、職場への環境整備と、働く者自身の「自律した個人」への変革を促し、「共存共栄」の社会の実現を目指すことが重要であるとの考えを示した。

人間大事のデジタル社会 「日本型」政労使で発信を

野中 孝泰 日本生産性本部副会長/全国労働組合生産性会議議長

野中氏は「雇用の維持拡大、労使の協力と協議、成果の公正な分配をうたった生産性三原則が、コロナ危機から世界を救うことができると信じている。ピンチをチャンスに変えるため、まずは日本が手本を示す勇気を持つべきである」と話す。

野中氏が提唱する「日本型デジタル社会」とは、日本が他国に誇れる資産である「人」を中心に据えたデジタルトランスフォーメーション(DX)の実践だ。日本の強みであるチームワーク生産性の重要性を再認識し、人間大事のデジタル化を推進しようという考え方が重要になる。

新型コロナウイルス感染拡大は全世界に多大な被害を与え、多くの命が奪われた。この危機を乗り越え、コロナ禍をきっかけに新しい社会を築くためには、生産性三原則がその指針となるという。

具体的には、「大きな変化の時代、雇用は社会全体で守るという視点と、一方で、働く者一人ひとりはスキルアップ・スキルチェンジに挑戦し、自らの価値を高めること、そして、生産性向上、『働きがい』向上とワークライフバランスの実現を両立させること、労使の信頼をベースに『人への投資』を積極的に行うとともに、社会全体の生産性を高め、成果の公正な分配に取り組むことが大事だ」(野中氏)と強調する。

AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)、ブロックチェーンなどの革新的なデジタル技術が進展し、それらがデータを核に駆動することで、社会のあり方が大きく変わろうとしている。DX社会の実現は、人類が次のステージへ向かう原動力とみられているが、コロナ禍では日本社会は世界に比べDXが遅れている現状が露呈した。

政府は、行政サービスのデジタル化を一元的に行う「デジタル庁」を推進する一方、産業界もDXが喫緊の課題であるとの認識が強まっており、ウィズ・コロナ、アフター・コロナを見据えたデジタル化が加速するとみられている。

野中氏は「危機的状況であるからこそ、あらためて日本を支える一人ひとりの考え方、行動が大事だと気づかされる。コロナ危機の先には、仕事に働きがいを感じて働き、それぞれが持っている無限の能力を発揮できる社会、つまりは『人が活きる、人を活かす』社会であり、企業であり、職場を目指さなければならない」と話す。

パナソニック(旧松下電器産業)の創業者である松下幸之助氏は経営危機、社会不安の時代に「企業は公器であり、人は社会からの預かりものである」との考えで、人間大事の経営を掲げた。

パナソニック出身の野中氏は「幸之助氏が掲げた『共存共栄』の精神は、一企業の経営者の言葉を超えて、現代社会に訴えかけている。日本の財産は『人』である。人のモチベーションを高め、挑戦心を喚起することが大事で、国は人材育成を国家戦略に位置付け、企業も人への先行投資を積極的に進めるべきだ」と話している。

(以下インタビュー詳細)

明日は今日よりも良くなると思える社会の実現を

進歩したいと願う人間性


新型コロナウイルス感染拡大が全世界に多大な被害を与えている。多くの尊い命が奪われ、分断社会が進行し、大変危惧している。まさに「危機」である。この危機をどのように克服するのか、「人類が試されているのではないか」とさえ思えてくる。

全国労働組合生産性会議(全労生)は、「60周年宣言」の中で、生産性の精神の実現ということを強調した。それは、能率や効率に偏重した生産性向上ではなく、「進歩したいと願う人間性」を基礎とした精神である。そして、コロナ危機に克つには、同じ人間性という視点で言えば、「他人を思いやる心」の大事さを強く感じている。

新型コロナウイルス感染拡大に対して、人類(世界)は本来協力して感染防止に取り組まねばならないはずである。グローバル化が進む中、国際社会はつながっており、まずはそれぞれの国々が協力して感染防止に取り組み、経済活動を再稼働させる必要がある。「共存共栄」という考え方があらためて大事だと思っている。

<pコロナ禍は私たちに価値観の変化をもたらしている。「昨日よりは今日、明日は今日よりも良くなる」と思える社会の実現に向けた行動を起こすチャンスにしなければならない。

コロナ禍での「気づき」


緊急事態宣言が発令され、人とモノが止まった社会は、私たちの生活や仕事に多大なる影響を与えた。同時に今後に向けて考えなくてはならない、いろいろな課題を投げかけたと思う。「自分にとって何が重要で、何が重要でないのか」「今まで重要と思っていたことが実はさほど重要ではなかった」と感じた人も多かったのではないか。

例えば、仕事では在宅勤務や外出自粛を体験して「出社するのが仕事」という価値観が大きく変わり、「どういう役割や責任を果たすかが大事」と思った人は多い。在宅勤務を本格的に体験した感想として「案外、今までと変わらずに仕事がこなせた」と思った人も多いだろう。

その一方で、あらためて「対面」することの意味や必要性についても考えることになった。直接会って仕事を進める一体感やチームワークから生まれる「共感」「感動」、自分は一人ではないといった「心の充足感」など、人間としての感性に響くものに対して、不安感や物足りなさを感じることもあるのではないだろうか。もちろん、技術の進歩でこうした課題を解決できるようになれば、素晴らしいことだ。

「社会のあり方」についても考えさせられた。「社会」とは、「人間の共同生活の総称であり、人間の集団としての営みや組織的な営み」という意味だが、私たち一人ひとりがその「社会」とつながっていること、そして「社会」の構成員としての役割を果たし、また責任があることなどについても考える機会となった。

多くの人が外出を自粛し、また在宅勤務をしたが、その最中も医療従事者のように他人の命を救うために闘っている人たちがいる。また、人々の生活を守るために懸命に働いている人たちがたくさんいることを実感した。「一人ひとりが社会を支え、またその社会によって支えられている」ということだと、気づいた人も多いはずだ。

一方で、信じがたいことが起きていることに大変な危機感を覚える。それは、エッセンシャルワーカーに対する誹謗中傷や差別的行為である。得体の知れないウイルスに対する恐怖心から来るもので、疑心暗鬼を生ずる言葉通りのことなのかもしれない。

しかし、たとえそうであっても、そのことを乗り越える人としての寛容さというか、相手の立場に立って考えることのできる心を互いに持ちたいと思う。「おたがいさま」である。そして、疑心を生まない正しい情報が大事だと思う。この困難を一致協力して乗り切らなければならない時であるということを一人ひとりが心に留めておく必要がある。

また、新型コロナウイルス感染防止に向け数々の対策が実施されたが、大変多くの課題も顕在化している。まだ、対応は続くが、これを教訓として次に生かす必要がある。自然災害に対する取り組みも含め、日本の危機管理を強固なものにするための具体的な取り組みが必要だ。

新時代の労働運動


ウィズ・コロナでは、感染予防と社会・経済活動の両立ということを常に意識しなくてはならない。「密閉」「密集」「密接」を避ける働き方や働く環境、そして生活習慣の見直しが必要になる。このことは、労働組合の活動においても同様であり、3密を避けた運営の見直しやICTの利活用は必然となる。

リモートワークは、時間と空間を超えて、リアルタイムにつながる働き方をもたらした。ICTの利活用による新たな時代のフェイス・トゥー・フェイスにも取り組まねばならない。在宅勤務が常態化して、対面活動ができないのだから、余計に一人ひとりの組合員とのつながりをより強固なものにすることを考えなくてはならない。

組合がより近くになったというふうに変わるきっかけにするためにもICTの利活用による「リアルタイム」「オンライン」で「双方向」という特徴を生かすことを考える必要がある。

一方、リモートワークは、働く者にとって、長時間労働やデジタル・ストレスなどにつながる可能性も持っている。労働組合として、働く者の命と健康、そして労働の尊厳を守る運動が、より重要になってくると思う。

リアルタイムでつながった社会、労働組合として最も大事にしたいのは、一人ひとりの組合員の心のつながりだと思っている。

アフターコロナの社会は、元の社会に戻るというよりは、個々人の価値観や行動が変わる社会になると考える。デジタル社会の到来もより加速化するだろう。これから、訪れようとしているデジタル社会は、「時間と空間を超えて、世界がリアルタイムで、オンラインでつながっている社会」になるはずで、人と人との距離が圧倒的に近くなるということでもある。

言葉の壁もいずれなくなり、世界がもっと近い存在になる。技術革新に伴い、社会は大きく変化するだろう。従って、どんな社会にしたいのか、目指す社会像をしっかりと持つことが大事だ。

世界に先駆けて進行する人口減少、超少子高齢化、そして生産年齢人口が毎年減少している日本の最大課題は持続可能な社会の再構築と言っても過言でない。

とりわけ、社会保障制度の再構築は先送りできない課題だ。また、1000兆円を超える国の借金問題、雇用労働者の4割を占める非正規問題、DXや人生100年時代の施策、エネルギー政策や環境問題など、多くの社会課題に対し、将来を見据え、現実的視点に立って、進むべき方向性を見いだすことが求められている。

コロナ禍により、これらの課題がさらに顕在化したといえる。労働組合は、すべての働く者の代表としての自覚を持ち、社会的役割と責任を果たす必要がある。

仏の経済学者、ジャック・アタリ氏が日本経済新聞の取材に「コロナ危機が終わったとき、日本は国力をさらに高めているだろう」と語っている。この言葉に勇気づけられ、そうなりたいと願っている。


*2020年9月14日取材。所属・役職は取材当時。

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