企業経営の新視点~生産性の日米独ベンチマーキングからの学び⑦

第7回 産業別労働生産性の国際比較 人材投資による継続的生産性向上を

本連載では日本における今日の生産性課題について、様々な角度からアプローチしてきた。今回は、米ブルッキングス研究所 が日本生産性本部の支援を受けて行った「生産性比較~日本、アメリカ合衆国、ドイツからの教訓」 調査(以下、BK調査)より、産業別労働生産性の上昇率に注目した分析を紹介する。


OECD構造分析統計(STAN)データベースに基づいたBK調査では、日米の産業別労働生産性上昇率を比較している。下図をみると日本に比べ圧倒的に米国アメリカの上昇率が高いことがわかる。特に、「生産性スローダウン」現象があらわれる直近の2004~2016年で日本の上昇率が米国を上回ったのは、製造業、建設業、専門・科学・管理サービス業のわずか三つの産業のみであった。

出典:OECD STANデータベースに基づく計算

第二次世界大戦後の経済成長は、トップレベルの技術と生産性をもつ米国のベストプラクティスを各国が積極的に取り入れ、差を縮めていく「キャッチアップ仮説」で説明されることが多い。また、米国とそれに追いつこうとする国の生産性水準の差が大きいほど、向上の余地も大きいため、より急速な生産性上昇が起きるはずだという。1960年代~1970年代にかけての日独の成長はまさにそれを裏付けるかのようだった。しかしその後90年代に米国へのキャッチアップを完了したドイツに対して、日本はどうか。

多くの産業で米国との差がさらに拡大


※水準比較にはGGDCのPPPを使用

右の図は日本の各産業の生産性の伸び率を米国と比較したものだ。横軸に1994年の米国の生産性水準をゼロとした購買力平価(PPP)換算による当時の日本の水準を、縦軸に1995~2016年にかけての日本の産業別生産性上昇率から米国のそれを差し引いた率をとっている。すると米国の水準にキャッチアップしつつある産業もあるものの、さらに後れをとっている産業が多いことがわかる。

具体的にみていこう。日本の1994年の労働生産性は全体的に米国を下回っていたが、建設業や食品産業等は1995~2016年にかけて米国を上回る成長を遂げてキャッチアップする傾向がある(左上の区分)。しかし、農林水産業、鉱業・採石業、卸売・小売業、不動産業、金融業等日本の多くの産業は、残念ながら米国との差がさらに拡大(左下の区分)しているのだ。

BK調査ではこの原因として、日本企業における研究開発戦略の有効性や日本の研究開発政策のインセンティブに懸念を示すとともに、資本投資の弱さも指摘し、「日本の喫緊の課題はキャッチアップの完了である」と結論付けている。


出典:日本生産性本部生産性総合研究センター・生産性レポートVol.13
「産業別労働生産性水準の国際比較~米国及び欧州各国との比較~」

なお、ほぼ同期間(1997~2017年)にわたる日本の国民経済計算年次推計やEU-KLEMSデータベース等に基づき分析された、当本部生産性総合研究センターのレポート「産業別労働生産性水準の国際比較~米国及び欧州各国との比較」 (滝澤美帆 学習院大学経済学部教授執筆)でも、「米国と比して、日本の製造業の生産性水準は7割、サービス産業は5割である。生産性向上による日本経済の発展を目指す余地はまだ残されている」と指摘している(左図)。日本経済にはまだ伸びしろがあるともいえるのである。


コロナ禍において、日本でもテレワークやオンライン授業、オンライン診療等デジタル技術活用の取り組みが急速に進んだが、これらも労働生産性水準同様、米国をはじめとする先進諸国の後塵を拝していることの裏返しであった。もとより米国は日本に比べはるかに広大な国であり、東海岸のワシントンと西海岸のサンフランシスコは実に4000キロメートルも離れ、本土だけでも四つの時間帯がある。距離や時間に対するスケール感覚も異なるため、組織が一体感を保つために早くからデジタル技術活用を進めやすい、いやむしろ進めざるを得ない環境であったとも推測される。また移民労働力の存在や豊富な天然資源を背景とした割安なガソリン代、電気代など、ビジネスの基本的環境条件も異なる。ただし、日米の差がこれほど乖離する理由として、これらだけでは不十分だろう。

BK調査では日本の生産性向上を妨げている原因として、前述の研究開発や資本投資の問題以外にも、規制や貿易障壁の多さ、イノベーションやデザインの弱さ、中小企業の生産性の低さ、また人材育成上の課題等もあげている。さらに、2004~15年の製造業(輸送用機器)でドイツの労働生産性が4.5%と米国(2.3%)に比べ急速に成長した理由として、BMW、メルセデスベンツ、フォルクスワーゲン等ドイツ自動車メーカーによる1990年代~2000年代の教育訓練投資が米国よりはるかに大きかったからではないか、という興味深い仮説を示している。

無形資産創造の原点は人材


出典:厚生労働省「平成30年版労働経済の分析」
※内閣府「国民経済計算」、JIP データベース、INTAN-Invest database を
利用して学習院大学経済学部宮川努教授が推計したデータをもとに作成
(注) 能力開発費が実質GDP に占める割合の5箇年平均の推移を示している。
なお、ここでは能力開発費は企業内外の研修費用等を示すOFF-JT の額を指し、
OJT に要する費用は含まない。

日本では1990年代をピークとして、人材投資が長期的に漸減傾向である(右図)。本連載でも繰返し主張しているが、デジタル技術活用やイノベーション等無形資産創造の原点は人材であり、人材への投資なくして継続的な生産性向上はあり得ない。

当本部は今年、ブルッキングス研究所と連携し「人的資本と生産性」に関する研究を実施している。今後もコロナ禍を経た環境における人材育成のあり方について引き続き考察し、生産性向上に有益な視点や方法の提供に努めていきたい。


(日本生産性本部 国際連携室 原田 さやか 他)

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