コロナ危機に克つ:山田 啓二 京都産業大学教授インタビュー

前京都府知事で全国知事会会長を4期務めた山田啓二・京都産業大学教授は生産性新聞のインタビューに応じ、新型コロナウイルス後の地方自治について、「新しい共生」を理念とした、住民ファーストの「開放型生活行政」への転換を提言した。コロナ禍で「地方分権の限界が露呈した」と指摘した上で、シェアリング(共有)とコラボレーション(連携)を活用し、官民の垣根を取り払って、住民サービスを再編成すべきとの考えを示した。

開放型の生活行政を目指せ 地方分権は限界、共生型地方自治へ

山田 啓二 京都産業大学教授

山田氏は「新型コロナウイルスは都市問題であるにもかかわらず、東京や大阪の都市と地方を同じように扱い、全国一律で緊急事態宣言を発出し、対策を実施したことで、さまざまな問題が表面化した」と述べ、中央集権制の欠点を指摘した。

同時に、「本来、今回のような緊急時には、地方行政は連携し、互いに支えあってコロナ禍に対処すべきであるのに、『東京アラート』や『大阪モデル』など地方行政のアピール合戦に終始し、PCR検査などでも十分な役割を果たせなかった」と述べ、地方行政の連携が機能しなかったことにも警鐘を鳴らした。

山田氏は、1人世帯と2人世帯を合わせると全世帯の半数を超え、子供と両親で生活する世帯は4分の1になっている日本の家族構成の状況を踏まえ、「社会の孤立、対立、分断といった問題があぶり出されている」とした。その一方で、コロナ禍に対応した新しい生活様式の中で、「テクノロジーを活用し、人々の結びつきやコミュニティのあり方も大きく変化している」と述べた。

その上で、「人口減少や高齢化、国際化を受けた多様性の広がりに対応し、シェアリング(共有)とコラボレーション(連携)を軸にした『新しい共生』の概念をもとに社会の仕組みを再構築する」必要性を指摘した。

さらに、今後の地方自治のあるべき姿についても提言を示した。まずは、自動車などの移動手段をサービスとして利用するMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)を活用したスマート自治体を提唱。「IoT(モノのインターネット)によって人々を開放し、自由にするという方向性を明確化」するよう促した。

続いて、「公共私」の垣根を取り払い、生活行政へと転換する必要性も指摘する。「分業型で提供してきた住民サービスを再構成し、公共私が連携・一体化して提供する」ことが重要で、水道サービスの民営化も本来その延長線上で考えるべきとの考えを示した。

また、「国が提唱する圏域行政や柔軟な二層制」についても言及。都道府県や市町村といった組織・団体を柔軟にするのではなく、リモートワークやワーケーション、アグリケーション、ブレジャーなど、コロナ後の新しい生活スタイルに対応し、住民の自由な動きを後押しできる税制や規制緩和を提案した。

新しい地方自治体へ転換するにあたり、「選ばれる個性ある自治体を目指すこと」が重要になるという。10万人規模の都市でも、ドイツの「ローカルハブ」のように、大都市依存から脱却し、企業や大学、宗教、観光といった特徴を打ち出すことで、コロナ禍で普及したリモートワークが可能にした「二拠点居住」の受け皿となり、地域再生の起爆剤になりうるとの期待感を示した。

山田氏は「結びつきが強い地域ほど活力があり、消費も増え、生産性が高い。人口減少にある日本においても、人々や地域の結びつきが多角化、多様化することで、新しい需要や活力を生み出せる。人を一つの仕事、一つの地域に縛りつける分権・分業型から、人を自由に動かす開放型の地方自治へと転換することが重要だ」と述べた。

(以下インタビュー詳細)

人や地域に「結びつき」 生まれた力、再生の突破口に

連携できなかった地方行政


新型コロナウイルスの感染防止対策では、政府だけでなく、地方公共団体の硬直性が引き起こす問題が浮き彫りになった。

例えば、保健所が淘汰されたことで、PCR検査がうまく機能しなかったと指摘された。確かに保健所は減ったが、日本全体で保健師は増えている。高齢者介護などの福祉関係を権限移譲したため、多くが保健センターへ配置されたのだ。都道府県はコロナ対策において、市町村と連携し、柔軟に保健師を組み込むべきなのに、うまく連携できなかった。

中央集権がダメだから地方分権を目指したのに、地方自治体が硬直化してしまい、多様性社会に対応できていない。メディアは都道府県の知事の採点競争をしている場合ではなく、地方の連携体制や圏域行政を採点すべきだった。

分権・分業社会は、高度成長期の大量生産には適しているが、多様化の時代には対応できない。京都では「西陣織」でそれを経験した。高度成長期に繁栄した西陣織は、糸を紡ぐ人、染める人、デザインする人、織る人、仕上げる人、販売する人に分業を進めた結果、市場の変化に対応できず機能不全に陥った。分業化は一つの工程が途切れてしまうと動かなくなるからだ。

西陣織の産業は今、糸を紡ぐ作業から染めて、デザイン、織る作業までを一人で行う「作家型」へと転換し、生き残りを模索している。

地方自治の問題は以前からあって、危機的な状況がコロナによって加速した形だ。高度成長時代の「大量・一律」「所有」という概念について、安定成長時代は「多様・複雑」「シェアリング」へとチェンジし、多様性社会に対応する「新しい共生」という概念を打ち立てなければならない。

総務省の地方制度調査会は地方自治の抱える課題を把握し、「スマート自治体」「公共私の連携」「圏域行政と柔軟な二層制」「東京圏のプラットフォーム化」などを提言している。

「人手が足りないのでAI(人工知能)やロボットで補う」「地方消滅によって公共団体が機能しないので、自助・共助・公助を増やす」「一つの市町村でできなければ、他の市町村が助ける」などの対策はその通りだ。しかし、人口減少は止められないし、地方公共団体の体力は衰える一方だ。もはや「哲学」のない対症療法では問題は解決できない。

地方分権は、高齢化、国際化などの多様な社会への反発を生み、格差を拡大させている。そんな時に「スマート自治体」による効率化や重点化、集約化を進めても、分断や格差を埋めることはできない。効率化が進んでも、人々は家やインターネットに閉じ込められ、孤立し、地域社会との結びつきはかえって弱くなるだろう。

MaaS、水道民営化に活路


そうした中で、人々を自宅から開放すると期待されるのが、MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)だ。「交通」を手段ではなくサービスとして捉え、再編成することによって、人の自由な移動を促す。開放型の共生社会をつくるツールになる。

現状のモビリティは分業化によってうまく機能していない。宅配と郵便は別々の事業体が行い、貨物と旅客は原則、混載できないなどの規制に手足を縛られている。高齢者の見守りサービスは福祉行政の役割で、買い物代行はNPOがやるといった分業体制では、肝心の人も資源も枯渇する中で、本来の役目を果たすことができなくなるだろう。

そこで、住民サービスを中心に再構成すれば、もっと自由な生活が待っている。1台の自動車をうまく活用すれば、タクシーも宅配も郵便も高齢者の見守りも、場合によっては、クリーニングや医療、キャッシングも可能だ。

開放型の新しい共生型社会におけるスマート自治体は、多角的に関連し、シェアリングやコラボを行うことで、単に便利な街というのではなく、私たちの生き方を根本的に変える力を持つことができる。

サービスを軸に公共私の連携を進め、生活行政への転換を急ぐ必要がある。手始めに水道事業の民営化がそのきっかけになる。国会でも議論され、反対派は「ライフラインを民間に委ねること」を躊躇するが、電気やガス、通信はすでに民間が手掛けている。

ソーシャルキャピタルの3要素は、「ネットワーク」「信頼」「ルール」であり、コラボとシェアリングによる共生社会を実現するためには、どういうルールを設けるのかが鍵だ。

第三セクター方式での水道事業の運営は、「公がやる必要のないものを民にやらせる」という発想が強いが、公と民の壁をなくす方向を意識した「新しい地域の運営体」が出てくることに期待している。

市町村合併により農協の金融機能は中心部へ移ってしまい、特定郵便局も後継者問題に悩み、ガソリンスタンドも燃費の向上やEVの登場で地域から姿を消しつつある。地域ではそうした「壊死」がすでに起こっている。

分業体制だから無理だったことも、公私が連携した半官半民の新しい運営体が行うことによって、より素晴らしいサービスとして実現できるはずだ。開放型共生社会にテクノロジーが加われば、地域を蘇らせることも可能だ。

二拠点居住で需要も2倍


総務省を中心に進める連携中枢都市圏の構想は、東京一極集中是正のため20万人都市を軸に都市を再構成するものだが、「東京に行けない人はこの都市で我慢しては」と言う感じで都市優先から脱し切れない。

実は団体の枠組みを変えるよりも、住民が柔軟になれる仕組みづくりを進めるほうが大事なのだ。リモートワークやワ―ケーション、ブレジャー、アグリケーションなど新しい生活スタイルが進めば、今後、一人の人間が二カ所に拠点を持つ「二拠点居住」が増え、冷蔵庫やテレビなどの耐久消費財の需要も2倍になる。

コロナ禍がもたらしたものは、「会社に行かなくても仕事ができる」という現実だ。都心の会社の仕事を地方で行うことができるので、会社員をしながら農業もするなど、ロシアのダーチャ(郊外にある別荘)のようなデュアルな暮らしも可能になってくる。

コロナ禍で実現した新しい生活が、地域にも大きな活力をもたらすには、税金の分配や柔軟な制度改革を進める必要がある。今の「地方自治法」は住所は一カ所と人の住み方を縛っているが、本来は地方自治制度が人の住み方に合わせるべきなのだ。

住民が自由に動き、それによって地域が潤う開放型社会に対応し、行政は住民サービスであると考えて、すべてを再構成すべきだ。そうすることによって、ポストコロナ時代の地方自治として、「住民自治」を実現させることができる。

地方分権の推進によって、地域は互いに競争し、定住民を奪い合った。新しい共生時代では、地域は個性を磨き、選ばれる自治体を目指すことが重要になる。ドイツの「ローカルハブ」のように、10万人規模の都市でも、「企業」や「宗教」「観光」「大学」などの特徴を磨き、生産性を上げ、経済を発展させている地域は多い。

官民の壁を取り払い、一体化することで、地域はもっと強くなれる。日本でも、岡山県玉野市が三井E&SHD(旧三井造船)と組んで、ふるさと企業納税を活用して地元の高校の技術科教育を強化しているケースがある。

結びつきが強い地域ほど、活力があって、消費も増え、生産性も高い。人口が減少している日本でも、コロナ禍で生まれた人や地域の新しい結び付きを生かすことで、新しい需要や活力を生み出すことができる。

コロナ後に、これまで築いてきた地域の結びつきも元に戻れば、さらに分厚いソーシャルキャピタルを持った開放型共生社会を実現できるはずだ。


*2020年9月29日取材。所属・役職は取材当時。

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