企業経営の新視点~生産性の日米独ベンチマーキングからの学び⑧

第8回 コロナ禍が問いかけるもの

ANAホールディングスの片野坂真哉代表取締役社長は、生産性新聞の連載企画「コロナ危機に克つ」のインタビューにおいて、生産性向上の成果分配についての考えを示した。企業が生産性向上によって生み出した付加価値、アウトプットの還元は、すべてのステークホルダーに向けられるべきである、と片野坂氏は語る。すべてのステークホルダーとは、かつて言われていた株主、顧客、従業員に加え、社会、地球へと広がっており、これまで株主資本主義だった米国の企業経営者も、ESG投資などステークホルダー・キャピタリズムにシフトしていると述べた。

従業員にも還元を


片野坂真哉 ANAホールディングス代表取締役社長

昨年(2019年)、フランスで開催されたG7サミットに際し開かれたB7サミット(G7ビジネス・サミット)では、欧州諸国が格差是正に対する問題意識を非常に強く示していたことに触れ、「日本では1年ほど前に過重労働や残業時間の見直しが議論になったが、残業抑制によって削減されたコストは従業員にも還元すべきである」との立場を示した。

従業員への還元とは、給与・賞与だけでなく、福利厚生、事業・職務内容が変わった際に別の分野でも活躍できるような技能習得を含めたリカレント教育や訓練の提供、テレワークにおける通信等の環境整備など、多様な方法があると言及した。米国では、従業員が自宅をオフィスとするための環境整備を企業がサポートする事例があることにも触れた。

コロナ禍においては、業績が低迷し、財政的に厳しい状況に置かれている企業も多いが、従業員の勤務形態の変化によって生じるオフィス賃料や通勤手当の削減による原資確保の可能性も示した。


なぜESG投資か


「すべてのステークホルダー」に地球環境が加わり、米国でもESG投資に関心が高まっている理由について、片野坂氏は次のように語っている。

「一般論として、損害保険業界においては、地球温暖化による自然災害の規模・頻度の増加と、それに対するリスク認識が年々高まっており、ビジネスモデルの変更を余儀なくされるのでは、とも言われている。それは、災害による被害への補償(保険金)が払いきれない、という懸念からである。また、地球のどこかで感染症が発生し、瞬く間に全世界に広まった場合、企業が生み出した利益もその対策に使われる可能性がある。温暖化対策など持続可能性を維持する取り組みは、全世界で支える必要がある。現状を見ると、コロナ禍において国内では都道府県の分断、世界では自国主義と、自分だけ良ければ良いとの流れになりつつあり、もっと交流を促進しなければならない」。

コロナ禍で広まる医療従事者に対する偏見や子どものいじめ問題についても警鐘を鳴らした。


ビジネスモデルの変革


新型コロナウイルスにより社会が変わり、顧客や従業員の意識も変容していくため、企業はアフター・コロナ/ウィズ・コロナを意識したビジネスモデルに変えていく必要がある、と片野坂氏は語る。

また、航空業界では、台風や地震、洪水などの天災をはじめ、テロ、戦争など不定期かつ突発的なリスクを日ごろから抱えており、平生から備える重要性を説いた。過去のリスクに学び、迅速に対策を講じる準備が肝要であるとし、「昨夏、中期経営計画の策定にあたり、過去に直面した経営危機とその際の対応策を年表にまとめて役員会で議論をした」と同社の取り組みを紹介した。従業員の業績連動型賞与への変更、確定給付企業年金から確定拠出年金への変更、一カ月休務制度や早期退職制度の導入などがその一例だったという。

一カ月休務制度はこれまでは語学留学などに活用されていたが、今回のコロナ禍では海外渡航が制限されていた事情もあり、客室業務員や間接部門などを対象に一時帰休、ワークシェアを導入したという。


コロナ禍における生産性の展望


2019年4月にニューヨークで開催された第1回「生産性ビジネスリーダーズ・フォーラム」で発言する片野坂氏

片野坂氏は、日本生産性本部が毎年公表する労働生産性の国際比較について、コロナ禍の影響によりどのような変化が生じるかに注目していると語る。

経済へのダメージや多くの企業の業績悪化で付加価値の低下に懸念を示し、かねてより課題であったAIやIoTなど先進技術の活用を急ぎ、生産性を向上させる必要がある、と述べた。加えて、コロナ禍で在宅勤務が増え、時間による労務管理がそぐわない状況も浮き彫りになり、成果型の労働法制への見直しも課題として指摘した。

2019年4月に米国ニューヨークで開催した第1回「生産性ビジネスリーダーズ・フォーラム」で、米国側の経営者は兼業やギグワークなど新しい働き方に触れていたことに言及し、日本でも間違いなく兼業・副業が増える傾向にあり、時間管理を軸とした労働法制や雇用保険など、追いついていない課題への対応が必要になる、と述べた。

「もともと構造的に存在していた解決すべき課題が、コロナ禍によって浮かび上がった」とし、「ダーウィンの進化論の通り、国も企業も従業員も、この反省を機に変化に対応していかなければならない」と述べた。「人類はこれまでもさまざまな知恵で困難を乗り切ってきた」と、コロナ危機を乗り越える覚悟をにじませた

(日本生産性本部 国際連携室)

*2020年7月8日取材。所属・役職は取材当時。

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