コロナ危機に克つ:曄道 佳明 上智大学長インタビュー

上智大学の曄道(てるみち)佳明学長は生産性新聞のインタビューに応じ、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて大学の授業のオンライン化が進む中で、情報通信技術(ICT)を活用し、新たなカテゴリーの授業の開発に取り組み、世界標準のクオリティーを持った教育機関を目指していると語った。コロナ後にも予想される大学のグローバル競争の激化に対応し、日本はもちろん、世界中の多様な学生のニーズに応えられる「質」の高い教育サービスを強化する。

上智大、教育の「質」で勝負 新たなカテゴリー授業開発に意欲

曄道 佳明 上智大学長

曄道学長は「コロナ禍により予想以上に教育のデジタル化が進んだことで、今以上に国境や距離を超えて世界とつながりやすくなる。この環境が当たり前の社会になることは、日本の教育機関も、世界の土俵に引きずり出されることに等しい」と話す。

世界の高等教育機関の国際化をめぐっては、これまで、欧米など英語圏の大学を中心に、世界にサテライトキャンパスを設置するなどの方法で海外展開が進められてきた。

しかし、コロナ禍をきっかけに一気に加速した教育のデジタル化に伴い、現地にキャンパスを設置しなくても、世界の学生を対象にオンラインでさまざまな教育プログラムを提供することが可能になった。

国の補助事業であるスーパーグローバル大学創成支援事業の中間評価において最高ランクの「S評価」を獲得するなど、グローバル化を牽引する大学として認知されている上智大学では、すでに海外の教育機関とのオンラインによる教育展開に力を入れている。そのひとつが、2018年の文部科学省「大学の世界展開力強化事業」が支援する「国際協働オンライン学習プログラム(COIL)」だ。

COILは、ICTを用いて海外大学で行われる授業と上智大学で展開される授業とをオンラインで交流させる教育手法で、新たな国際交流の形として、また既存の授業科目や留学プログラムをより充実させる手段としての活用が期待されている。

さらに、COILによって、経済的理由や大学の履修カリキュラムの関係上、留学機会が得にくい学習者に海外との学習機会を提供することも可能で、すでに実践例も報告されている。例えば上智大学では、タイトな履修カリキュラムのために海外留学のハードルが高い看護学科の学生が、国際看護をテーマに海外の学生と共に授業を行っており、参加した学生たちの満足度も高い。

上智大学は、COIL型の授業の拡大を目指す意向で、海外の大学の授業と融合させた新しいカテゴリーの教育の開発を視野に入れている。そのときに重要になるのは、「大学のネームバリュー」より、むしろ「教育の質」という。

曄道学長は「海外の大学と本学の授業をドッキングさせたときに、両者の間に質のギャップがあってはならない。上智大学は、英語力も含めた質の高い高等教育機関として、双方の学生に向けて、新しい教育機会を提供していく」と意欲を示す。

また、教員が海外の研究フィールドから、生の題材を使って、オンラインによる授業を行うことも技術的には可能であると語る。オンラインは学ぶ側の自由度と教育を提供する側の自由度の両方を高めることができるが、両者をいかに同期させて調和させるかが今後の発展の鍵となる。

曄道学長は「ユニークな日本の社会や文化を学びたいという学生だけでなく、今後は、経済学や政治学など世界標準の学びを求める学生のニーズにも応えたい。コロナ後の大学をどう変えるかの議論の指針は、高等教育機関として、世界から尊敬される大学かどうかに尽きる」と話している。

(以下インタビュー詳細)

DX社会との親和性が課題に 現実と仮想の教育をどう描くか

新入生の心のケアに課題


新型コロナウイルス感染症が拡大する中で、上智大学はオンライン教育の「質」を重視し、教員に春学期の授業の再設計とシラバスの全面修正を求めた。春学期の授業開始を遅らせた分、授業回数が減ったことで授業外の課題が多くなり、学生の負担感は非常に大きかったようだ。

また、新入生にとっては、高校と大学では学びの環境が大きく変わるうえに、その大学の授業がコロナ禍でさらに変わってしまったので相当大変だっただろう。しかも、緊急事態宣言の中で、新入生たちに対する大学側のケアも限定的にならざるを得なかった。

カウンセリングやオンラインでの交流の場を早い段階で対応するなど、大学側としても、新入生を注意深く見守るという意識は持っていたが、実際には「辛い」という声が多く聞こえてきた。全力を尽くしたけれども、十分ではなかったようだ。

秋学期については、9月に入って、経済の再稼働など社会情勢が変化していることに対応し、対面授業を一部取り入れた。春学期が初動なら、秋学期は過渡期であると認識している。これが定常ではないが、ある一定の方向に向かって動かしていくことについて、ベクトル付けはできている状態だ。

秋学期の後半からは、オンライン授業であっても対面による授業を取り入れるように要請し、170科目の授業がそれに対応している。文部科学省も、対面授業を増やすことが理想であるとの考えを示しており、大学としても、学生ができるだけキャンパスに入り、人と会えるという状況を作りたいと考えている。

しかし、上智大学の場合、東京・四谷のキャンパスに1万4000人の学生が集う人口密度が高い特殊な環境で、さらに繁華街を抱える都心に位置している。感染が終息の兆しを見せていない段階で、全面的に通学を再開させることに保護者や学生自身が不安を抱くのも理解できる。

9月には新入生歓迎のイベントを、3密回避のため6回に分けて実施した。新入生の感想を聞くと「やっと大学に入れた」「友人と会えてうれしい」など涙が出そうな表情で喜びを表現しているのを見て、多感な若者の気持ちへの配慮も忘れてはならないと感じた。

来年度に迎える新入生に対しても、学内では同様の取り組みを検討している。来年度の春学期については、完全にそれが定常とはいかなくても、かなり常態化できる形に近づけたい。学内に向けては、「あらゆる状況に対応できる教育体制を構築するつもりで準備に入ってもらいたい」と指示した。

具体的には、対面授業が多い状態に戻した「プランA」、新入生の必須科目を対面にするなど、対面授業を一部取り入れた秋学期の状態を基準にした「プランB」、感染拡大が加速し、緊急事態宣言のような場合に対応できるオンライン主体の「プランC」などを選択肢として想定している。

異次元の授業を作りたい


「小さな総合大学」である上智大学という場の魅力は、学生にしっかりと議論をさせて、自分の主張を表明し、他人の意見もくみ取り、合意形成や交渉を学んでもらうことにある。すべての学部が四谷キャンパスに集うことも、多様な考え方に触れる場として機能している。

上智大学では、すべての教育をオンライン化する方向は全く考えていない。ただ、対面の授業は重要であるが、(コロナ禍を経験した)今となってはオンラインの授業も必要で、コロナ以前のやり方に戻るということも「解」にはなり得ない。

実際、オンライン教育に戸惑いがあるのは新入生が主で、2年生以上は、オンライン教育への満足度が高い。教える側にとっても、「質問の頻度が非常に高まった」「質問の内容のレベルが上がった」と評価する声が多い。今後は、オンライン教育のメリットを生かし、教育効果を生み出すためのICT活用が課題であろう。

オンラインに向いている授業、対面に向いている授業を振り分ける作業も必要だが、それよりも、これまでのやり方ではできなかった、全く別のカテゴリーの教育を作ることも目指している。

日本の経済社会でオンライン技術を活用したテレワークが進んでいる。コロナ禍が去ったとしても、この働き方が元に戻ることはないだろう。新しい社会経済活動の在り様がますます進化し、大きく変わっているときに、大学教育がコロナ禍以前の状態に戻ってしまっては、日本社会の生産性が後退してしまうことは間違いない。

デジタルトランスフォーメーション(DX)が今後、急速に進んでいく中で、大学での教育が経済社会と親和性を持つことは、これからの学生たちにとっては重要だ。そういった資質は、教科では教えることはできない。

今後は教育環境に対する配慮もますます重要になる。キャンパスに校舎やグラウンドが整っているといった設備環境ではなく、これからのデジタル社会に対して、学びの場所が親和性を持つという考え方だ。

オンラインシステムを使いこなせるといった知識やスキルではなく、デジタル化した現実の社会の仕組みをキャンパスに再現しなければならない。

例えば、DXを活用した新たな議論のやり方や情報の取得の仕方など、DXの最新動向を大学がフォローして、教育環境の指針をしっかり打ち出すことが重要になる。

仮想は経験値を与えない


コロナ禍を経て社会経済活動や人間の根本的な価値観が変化している中で、社会との接続を担う大学という教育機関が、「社会との繋がりに関する感覚をどう持つか」という意識が欠けているのではないか。単純に、授業をオンラインに置き換えるだけでは不十分で、教育環境を社会の変化にどのように整合させるかを考えなければならない。

教育を提供している立場から言うと、オンデマンドで提供しているのは「情報」として扱われやすくなる。学生にとっては、授業をデジタル情報として、自分で保有し、必要な時に取り出すことができ、加工もできるといったことで便利さを感じている。

これは私の信念だが、「現実」は人間にとって経験値を与えるが、バーチャルな「情報」にはその力はない。経験は人間の個性を生み出すが、「情報」は逆に人々の画一性をもたらすと考える。コロナ禍を経たこれからの新しい教育をデザインするときに、経験を重視するなど、しっかりと注意を払う必要がある。

社会に接続される直前の4年間で、大学生が何を経験し、何を蓄積すべきなのか。現実と仮想のバランスをどうとるべきなのかという視点でも議論するべきだと思う。

コロナ禍を経て、教育のICT化が世界中で進み、世界の大学間の競争は一層激しくなることが予想されている。「ドメスティックで勝負をする」という決断をする学校もあるが、グローバル化を牽引してきた上智大学にはその選択肢はあり得ない。

世界の土俵に乗り込んだとき、教育の「質」は今以上に問われる。海外の大学と比較され、日本の大学の教育レベルが明らかに見劣りするようなことがあれば、日本の教育界全体に対する評価にも影響しかねない。上智大学の教育の質も、学内で常に点検していく必要がある。

世界で勝負する大学の教育は、世界レベルであることが前提となる。上智大学は、世界中の「質」の高い大学と共に、世界の学生たちに向かって、新しい教育機会や教育カテゴリーを提供していく覚悟だ。


*2020年11月13日取材。所属・役職は取材当時。

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