コロナ危機に克つ:北沢 利文 東京海上日動火災保険副会長インタビュー

地方創生への取り組みに力を入れている東京海上日動火災保険の北沢利文副会長は、生産性新聞のインタビューに応じ、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、インバウンド(訪日外国人観光客)の需要が激減しているウィズ・コロナの期間を有効に活用し、地元の観光や食・物産などの資産を発掘することが重要だとの考えを示した。首長が音頭を取って、金融機関や大学、企業、個人の知恵やノウハウを総動員し、地域の価値を高める仕組みの構築を提唱した。

地元の価値 高める仕組みを 首長が音頭、産学連携を加速

北沢 利文 東京海上日動火災保険副会長

北沢氏は「ウィズ・コロナの期間中、命を守る行動が何よりも大切になる。同時に、時間がある今こそ、必ずやってくるアフター・コロナを見据えて、地元の良いところを探し、磨き上げて、世界に向けて発信する取り組みをすべきだ」と話す。

東京海上日動の地方創生の取り組みの中に、ソーシャルビッグデータを活用した全国インバウンド観光調査がある。訪日外国人観光客の生の声から、隠れた穴場スポットを発見し、地域の観光施策に役立ててもらう「モスト穴場ポイント」と名付け、無償で提供している。

それによると、日本の観光客に人気がある観光スポットが、外国人にとっては、必ずしも評価が高いわけではないという。北沢氏は「SNSでの外国人の意見に耳を傾ければ、地元の人たちも気づかない隠れた観光地や物産が見つかるはずだ」と提案する。

また、観光スポットだけでなく、地元企業が持つ技術も地域の資産になる。工場や工房などの産業を見学し、実際に体験することを目的としたインダストリアルツーリズムだ。技術力は高いが、商圏がその地域に限られている地元の企業を、アジアや欧州、米国に向けて紹介すれば、海外へ市場を広げ、ビジネス規模がけた違いに拡大する可能性も秘めている。

実現するには、デジタル力の向上が欠かせない。北沢氏は「コロナ禍を経てわかったのは、ネットを使うと新しいビジネスができるし、新しい客を取り込め、商圏が広がる。地方が抱えていた距離という障壁をネットが消し去ってしまうという現実だ」と指摘する。

ただ、デジタル化と言っても、何をしていいのかわからない経営者が多い。

北沢氏は「地方の金融機関が、取引先の企業にアドバイスしていくことが重要だ。企業と地方大学との産学連携を後押しし、成功事例を出せば、後に続く企業が連鎖的に生まれることが期待できる」と話す。

また、中小企業にとっては、実情をよく知るコンサルタントを活用することに加えて、地方の大学の理科系学生たちが「お助け隊」として、アルバイトやインターンで地元企業に入り、IT機器やアプリケーションの使い方を教えることも、十分な効果が期待できる。

大学の中にも、机上の学習よりも、ビジネスの現場で体験学習することの重要性を認識し、学生たちに企業での「実学」を勧める動きもある。

一方で、大学生側も、コロナ禍によって飲食店などのアルバイトが激減し、稼ぎたいというニーズが高まっているという。

北沢氏は「地域を一つの企業に考えて、企業価値を上げていかなければならない。地域の首長が社長の役割を果たし、地元の人材、ノウハウを総動員する仕組みづくりをリードしていただきたい。地域の経済が衰退すれば、企業も衰退するわけで、当社は社会貢献の意識だけでなく、本業の一部として、そうした自治体の取り組みをしっかりと支えたい」と話している。

(以下インタビュー詳細)

休業補償の新商品開発 サイバーリスク危機意識向上を

損保商品への期待高まる


新型コロナウイルスの感染拡大により、損害保険業界も大きな影響を受けている。顕著な例は海外旅行保険。国際間の移動が途絶えたことから売り上げはほぼ消滅してしまった。

また、輸出入に関する貨物保険も大きな影響を受けている。春から夏にかけて貿易が急激に停滞し、売り上げは落ち込んだ。このところ貿易貨物が動き出しているが、戻りは鈍い。

一方で、感染拡大防止対応を機に幅広い人々がテレワークを体験し、今後も非接触を取り入れた働き方の流れは止まることがないだろう。

そうした中、もうひとつのウイルスにも警戒しなくてはならない。テレワークという仕組みの隙間を狙ったコンピューターウイルスによるサイバーリスクへの備えである。

日々高度化するサイバー攻撃に備え、多くの企業では社内システムのセキュリティ機能強化を実施しているが、テレワークに使用するパソコンも同様のセキュリティレベルにしないと、そこが弱点となってしまう。また、サプライチェーンの一角に脆弱性があれば、ネットワークを通じてサプライチェーン全体にウイルスが伝播するリスクもある。サイバーリスクに関する認知度が急速に高まってきているが、十分な備えができていない企業も少なくない。

当社ではサイバーセキュリティ保険に付随して、サイバーリスクが顕在化した時のダメージの大きさを推計し、BCPの作成や原因調査支援、記者会見設営支援、コールセンターの開設支援等、様々な対処法でサポートしている。

また、新型コロナウイルスの感染に伴う損害を補償してほしいとのニーズも高まっている。世界で蔓延する新型コロナウイルスのリスクについては、国際的にも再保険を引き受ける会社はほぼないというこの保険の開発が極めて難しい状況の下、当社は最優先で取り組み、21年1月から販売することとなった。

「商店や事務所施設などで新型コロナウイルスの感染者が発生し、施設の休業を余儀なくされた場合」に、休業に伴い減少する粗利益の補償と実際に支出した消毒費用を補償する。万が一の際に、少しでも企業や商店のお役に立てるよう頑張っていきたい。

地方創生は成長のCSV


当社の国内での保険の売上高は、概ね3分の2が全国各地の中堅・中小企業、個人のお客様の契約から成り立っている。そのため、各地の経済成長が保険事業の成長に直結する。中小企業支援を中心に据えた地方創生に力を入れることで、地元企業の商売が堅実に伸び、それが当社の保険の売り上げにつながる。つまり社会課題の解決への貢献を通じて、会社が成長するという絵姿であり、持続的成長のためのCSV(共通価値の創造)である。

例えば観光。各地で観光客が増え、旅館やホテルが盛況となれば、バスやタクシー、土産物やレストランなどの売り上げが増え、地元が活性化する。そうなれば工場や店舗も増え、火災保険の売り上げも伸びる。従業員が増えれば自動車の台数が増え、自動車保険の売り上げも増えるだろう。地方創生を通じて地元企業を支援することは、結果的に当社の保険が役立つ機会が増えることにつながるとの思いで、各地の社員は日々働いている。

地方創生の推進体制として、2016年7月に「地方創生室」を新設した(現在は「地方創生・健康経営室」)。現在、全国で200人を超える社員が地方創生を推進しており、様々な経験が積み上がり、支援メニューも充実してきた。

例えば、インバウンド観光客のSNSデータを分析して地域別に外国人が関心を持つ観光資源を探り当てる「モスト穴場ポイント」をはじめ、災害に備えたBCP策定支援セミナーの実施、各地の自治体や企業と連携して中堅・若手社員の人材育成や人脈構築を後押しする「地方創生研鑽会」など、地域課題の解決に資するコンテンツが育ってきている。

また、長期的に地方創生を進めるために、地方自治体の職員に民間企業の視点を身に付けていただきたいと願い、自治体からの派遣研修生を受け入れている。31年間で33自治体から計174人の職員に1~2年出向いただいている。当社からも様々な自治体に出向し、地域の発展のために働いている。

自治体首長がリーダー役を


地方の持続的な成長のためには、自治体の果たす役割が非常に大きい。残念ながら日本の人口は減少する一方であるが、特に地方はそのスピードが速い。何もせずに手をこまねいていては、間違いなく地方は衰退していく。

地方にはそれぞれ古くからの誇るべき歴史、美しい自然や豊かな人のつながりがある。そうした素晴らしいものを皆に見えるようしっかりと掘り出し、磨き上げ、発信する取り組みがもっと必要だ。

地方自治体の首長の責任は重い。地域経営者であるべき首長は、その地域が持つ潜在的な価値を発掘し、国内外に発信し、その商品化を進め、売り上げを増やし、住民が幸せに暮らせるようにしなければならない。そのためには住民に現実を十分に説明し、未来に向かった成長戦略を示し、実行に向けた資源配分を行うことが必要である。地域にある大学や研究機関、地方銀行や信金・信組等の金融機関、企業や住民は成長戦略の重要な担い手であり、総動員していく仕組みづくりが重要だ。

頑張っている首長は全国にたくさんおられる。素晴らしい取り組み・施策はどんどんまねをし合い、各自治体が切磋琢磨して衰退路線から成長路線への挑戦をすべきであるし、実績を上げている首長をマスコミはもっと紹介していい。4年ごとの選挙は地域を成長させる人物かを問うものであり、この意識が広まれば選挙の意味も変わり、魅力あふれる地域が全国に増えるのではないだろうか。

コロナ禍を避けるために内にこもり頭を抱えて縮こまるだけでは未来は拓けない。コロナはいずれ克服される。人々の行動は従来とは異なったものになろうが、美しい自然や安全でおいしい食べ物を楽しみ、魅力的な思い出や素晴らしい商品・サービスを求める心は変わらない。

政府の観光戦略の恩恵を受け、去年までインバウンド観光客は増加の一途をたどっていた。ラグビーワールドカップを経て、オリンピック・パラリンピックへと盛り上がっていく時期にコロナが襲い、インバウンド観光客は消滅、観光産業は致命的な痛手を受けている。実に厳しい試練ではあるが、これをチャンスとしたい。今は次への準備の時間である。過去の取り組みを振り返り、未来への長期的な戦略を考えたい。インバウンドの盛り上がりに浮かれることなく、地元の魅力を観光客にしっかりと届けることができていただろうか。地元企業が持つ技術や製品、特産物などをもっと国内外に発信できたのではないだろうか。

農業や商業、祭りなどの文化をはじめ、まだまだ知られていない魅力はあるはず。今こそ、それぞれの地域に住む皆が力を合わせ、知恵を総動員して、自分たちの切り札となる魅力あるカードをつくる機会にしてはどうか。

新しい時代に合ったビジネスモデルや仕事のやり方、新しい価値を発掘するため、デジタルの力を最大限に活用したい。ネットには距離という拘束から解放する力がある。世界のマーケットとつながり、非接触社会で成長を実現するモデルをつくり得る。

大事なことは、地域活性化に役立つなら、どんな取り組みでもそれを皆で紹介し合い、応援し合い、盛り上げていくことだ。そうすれば、コロナが沈静化した後にも、日本各地の企業や観光地がこれまで以上に元気に成長し、地域の持続的な成長が実現できるに違いない、と私は信じている。


*2020年11月19日取材。所属・役職は取材当時。

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