論争「生産性白書」:【語る】清家 篤 日本私立学校振興・共済事業団理事長

生産性常任委員会委員として、「生産性白書」に関わった日本私立学校振興・共済事業団理事長の清家篤氏は、生産性新聞のインタビューに応じ、白書の意義と生産性運動の今後について語った。白書が掲げた8項目の提言の中で、新しい時代環境に即して生産性運動を再起動する観点から、その指針である生産性運動三原則の今日的意義を確認したことが極めて重要であるとの考えを示した。

「尊厳のある仕事」世界で注目 「三原則の今日的意義」労使で共有を

清家 篤 生産性常任委員会委員/
日本私立学校振興・共済事業団理事長
白書の6番目の提言として挙げられている「生産性運動三原則の今日的意義」では、まず雇用の維持・拡大について、「雇用の質や人間の価値と能力を高めるディーセント(尊厳ある)な仕事を創出する必要性」を指摘している。二つ目の労使の協力と協議に関しては、「産業と、企業の枠を超えた経営と労働の協力と協議の充実の必要性」を確認。そして三つ目の好循環を生み出す成果の公正な分配に関しては「企業のステークホルダーが株主、従業員、消費者、取引先、サプライチェーンへ、さらには地域社会に広がっている」と指摘している。

清家氏は、「世界的に働き方改革やディーセントワークのあり方の問われる中で、生産性白書が、株主だけでなく、地域社会まで含むすべてのステークホルダーへの成果の公正な分配の必要性を確認した意義は大きい」と述べた。

世界的な関心の例としては、清家氏自らが委員を務めたILO(国際労働機関)の専門家会議「仕事の未来世界委員会」がまとめた最終報告書で、仕事の未来を豊かにするために「人の潜在能力」「労働に関わる制度」「ディーセントで持続可能な雇用機会」という三分野への投資の重要性を提言している。

清家氏は「生産性運動三原則は、この報告書の指摘した三つの投資拡大と全く合致している」と話す。

また、スイスに本拠を置く非営利財団、世界経済フォーラムが世界を代表する政治家や実業家を一堂に集める年次総会、いわゆるダボス会議でも、企業の永続的な発展のためには、株主だけではなく、すべてのステークホルダー重視の資本主義に変わっていく必要があるとの議論が展開され、成果の公正な分配がどうあるべきなのかが焦点となっている。

労働生産性とその成果の公正な分配のあり方に関心が集まっている背景として、高齢化など人口構造の変化、第4次産業革命に代表される技術構造の変化、さらにグローバル経済化による国際的な分業の進展といった構造変化があることは言うまでもない。

さらに、ILOの報告書では、気候変動も要因のひとつとして指摘している。清家氏は「地球温暖化の影響による、海面の上昇、砂漠化の進展などで、働く場所そのものがなくなるかもしれないという危機感を反映している」と話し、生産性の向上によって生み出された成果の分配を、地球環境に対する配慮にも振り向ける必要性を指摘した。

生産性向上の指針となる白書を受け、企業がディーセントワークを提供する環境をどう確保するかが課題だ。清家氏は「ビジネスであるから利益追求は当然である。しかしそれに加えて、消費者の生活を豊かにし、より良くすること、また、従業員が働きながら成長し、地域社会などに貢献していけることもまた重要だ」と述べた。

働く者の心得としては、「能力を高められる機会を積極的にいかして、常に向上心を持って働くこと」と指摘。労働組合に対しては「賃金や労働時間などに加え、能力を高めることのできる機会の確保などについて、しっかりと企業と交渉し、ディーセントな労働条件を確保するようにすることが重要になる」との考えを示した。

(以下インタビュー詳細)

「一人複役」が社会を回す 生産性の向上が条件に

日本私立学校振興・共済事業団理事長の清家篤氏は、少子高齢化に伴う労働人口の減少に直面する日本の経済社会における解決策として、「生産性白書」の掲げた指針をもとに生産性運動を展開し、「一人複役」による互助の精神を醸成することが重要であると訴えている。


「生産性」という概念は言うまでもなく日本生産性本部の活動の根幹を成すものだ。「生産性白書」では、人口、技術、市場などの構造変化の下での、その生産性の持つ今日的意義と課題を整理している。とりわけ、生産性運動三原則の原点に立ち戻ったうえで、その今日的意義について確認・共有できたことの意義は大きいと考えている。

日本生産性本部では労使で生産性向上とその適切な分配について考えてきた。生産性の問題を考える本家本元であり、生産性に関する知的プラットフォームそのものである。生産性向上は日本にとって最重要課題であり、今こそ日本生産性本部が社会の全体最適を実現すべく、その社会的役割を果たすときだ。

提言の最初に掲げた「生産性改革を推進する新たなプラットフォームづくり」に関しては、日本生産性本部自身その役割を果たすことによって、プラットフォームの機能も強化されていくはずだ。

大きな技術革新を経るたびに、人間は自らの持つ能力の範囲を拡張していった。肉体的な力のほか、正確性、記憶などに関しても、機械などによってそれを代替し、人は人にしかできない仕事に特化することで、生産性を向上させてきた。

第4次産業革命のもとでの人にしかできない仕事とは、創造力や変化に対応する柔軟性、より大切なものを選び取っていく決断力、洞察・思いやりを基盤とするコミュニケーション力といった「人間力」による仕事だ。

中長期的には少子高齢化など現代社会の抱える課題の解決にも技術革新は大いに寄与するだろう。むろんそうした技術革新を利用するには、それを利用しうる能力を身に付けるための教育や能力開発はますます重要になる。「人間力」によって、さまざまな社会問題を解決に近づけていくことだ。

多くの側面で労働力は多様化している。まず、高齢化に伴って労働力も高齢化している。女性の社会進出に伴って女性の労働力も増えている。外国人も増えるだろう。さらに、そうした人口構造的多様化と相まって、非正規の労働力なども増えている。

一方で、技術や産業構造の高度化に伴い、高学歴化、専門職化も進展しており、労働力の二極化するおそれもある。そうした問題に対して白書は、「働き方の改革と人間力の充実」という提言で、能力形成や働き方改革の重要性を述べている。

少子化や技術革新といった構造変化に対応するためには、経営のあり方だけでなく、働き方も変えていかなければならない。

人にしかできない仕事に特化して生産性を高めるには、創造的な人材を育てていくことが必要だ。ものを考える能力を高める教育が求められるほか、仕事を通じて、専門分野の能力開発を進めていくことも重要になる。

少子高齢化の最大の問題点は労働力人口の減少だ。生産額の定義は「生産額=労働者数×(一人当たり)労働時間×(時間当たり)生産性」だ。労働時間はこれ以上増やすことはできず、むしろさらに短縮しなければならない。労働者数が減少する中で生産額を維持するには、労働者数と労働時間の減少を埋め合わせるだけの生産性の向上が欠かせない。

また、賃金が一定であるならば、労働者数の減少は雇用者所得の減少となり、それだけ消費も減退することになる。つまり、高齢化による労働者数の減少は、供給面(生産)、需要面(消費)のマクロ経済の両面で経済成長を下押しする。さらに、労働者の賃金からの社会保険料(雇用主負担分も含め)を主たる財源とする社会保障制度の持続可能性も低下してしまう。

解決策として期待されるのは技術革新による物的生産性の向上だ。製造業などでこれまで日本の強みであった点だ。同時に人々の創造性や洞察力などによって魅力的な商品やサービスを生み出し、生産される財やサービスの付加価値を高めること。そして消費者がその付加価値を認め、高い価格で財やサービスが売れるようになることで、付加価値生産性を上昇させていくことも大切だろう。

そしてその生産性向上の果実を、賃金上昇という形で労働者に分配すれば、労働者数減少の下でも、「労働者数×賃金」で定義される雇用者所得も維持できる。消費も維持され、また社会保障制度の持続可能性も維持できる。

技術革新を生産性向上につなげていくにはデジタル人材の育成も必要だ。そうした人材の育成には、大学など高等教育の場で、デジタル分野の理論や基礎知識の習得を充実させ、企業で実践的に育成していくことが重要だ。

こうした高度デジタル人材の育成と同時に、より重要なのは、利用者側のデジタルリテラシーの向上だ。経理や営業、総務、人事といった多くの人の携わる分野で、働く人をデジタル技術によって強化することだ。そのためには、デジタルに特化した教育や職場訓練ではなく、デジタルに「土地勘」を持った人を育てることも大切だ。小学校からプログラミング教育に多くの時間を割くといったことは現実的ではない。時間の許す範囲で「土地勘」を養う教育を実践すべきだろう。

今後、高齢化の進む日本では、高齢者にも使いやすいデジタル機器も増えていくはずだ。労働者も消費者も高齢化する中で、高齢者フレンドリーでないデジタル技術、デジタル機器は市場から淘汰されていくからだ。

短期的な危機対応策としてとられた在宅勤務やオフィスの地方移転などは、どれも中長期的な働き方改革にも資する。それらは仕事のあり方を見直すという観点から、生産性向上にも寄与する。

デジタル化を危機対応だけでなく、多様な人材の潜在的能力を引き上げるなど、中長期的な課題解決へとつなげていくべきだ。社会を挙げてデジタル化を促進する良い機会とすべきだろう。

最近の危機対応において、健康と経済をトレードオフの問題として議論する傾向も見られる。しかし、健康への投資は、人の持っている能力を十分に発揮してもらうために何よりも大切な投資である。現在の健康という視点だけでなく、健康寿命を伸ばしていくことは、高齢期の就労を促進し、親の介護のための介護離職を低下させるなどの面でも非常に大切だ。

以前に日本アカデメイアの研究会で「全員複役社会」を提言した。日本はこれから人が減っていくわけで、一人の人でも複数の役割を果たさないと社会は回っていかない。菅義偉首相の言う「自助、共助、公助」に加えて「互助」も大事になると思う。家庭や地域社会における助け合いなどを担っていくためにも、一人ひとりの働く時間を短く、フレキシブルなものにしていかなければならない。生産性の向上は、そのような「一人複役」を可能にするための条件ともなる。

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