論争「生産性白書」:【挑む】大橋 徹二 コマツ代表取締役会長
建設現場をICTで有機的につなぎ、生産性向上を実現する「スマートコンストラクション(スマコン)」の生みの親であるコマツの大橋徹二代表取締役会長は、生産性新聞のインタビューに応じ、「スマコン」誕生の舞台裏と、「生産性白書」で重要性を指摘している製造業のサービス化について語った。その中で、国際競争力を失いつつある日本の製造業を変革するには、「リーダーシップが極めて重要になる」との考えを示した。
トップの決意が改革を進める 「製造業のサービス化は必然」
大橋氏は「自動車でも建設機械でも、地球上で実際に稼働している台数は限られており、カーボンニュートラル(ライフサイクル全体で見たときに、二酸化炭素(CO2)の排出量と吸収量とがプラスマイナスゼロの状態になること)を重視すれば、シェアすることで台数も減る方向へ進む」と指摘した。
そのうえで、大橋氏は「製造業のサービス化によって、生産性が向上するのは論理的帰結である」と語り、少ない建設機械で多くの付加価値をもたらす「スマコン」は、まさに時代の要請に応じたソリューションであるとの考えを示した。
しかし、コマツのような伝統的な製造業が社風を変えるのは簡単ではない。「建機を売ると、短期の売上や利益が上がるので、社内ではそれが評価されてしまう。自動車に比べると、メンテナンスなどのサービスのウエートは大きいが、それでも『売ってなんぼ』の意識の従業員が多かった」(大橋氏)。
日本の製造業が国際競争力を失っていく中で、製造業がデジタル化やサービス化を進め、生産性向上を実現し、再び競争力を取り戻していくには「トップが本気でやる気を示す」ことで、社内の意識改革を進めることが不可欠だという。
大橋氏のトップダウンで実現した「スマコン」の成功例は、コマツの組織改革の突破口となった。「ICT建機開発から含めて7年を経て、関わった従業員が、ワクワク感を持って仕事をすることができたことが大きい。生産性を向上するには、一人ひとりが新しいスキルを身に付け、エンゲージメントを感じてもらうことが大事だ」と言う。
顧客が抱える課題の解決方法を一緒に考え、そのソリューションが多くの建設現場に採用されていく成功体験を共有した従業員が、意識改革の伝道師になるからだ。
また、大橋氏は、「生産性白書」の中で指摘している「サービスの有償化」の課題についても触れ、「チップ文化のある欧米などと比べると、日本はサービスの対価に関する考え方が極めて希薄だ」と危機感を示す。
スマコンでドローンをテスト飛行させた場合でも、欧米ではサービスとして料金を支払うことに何の違和感もないという。これに対し、「日本では目に見える『モノ』に対してはお金を払うが、ちょっとしたサービスは無料だと思いがちである」と指摘した。
また、長いデフレ経済の中で、消費者は「安ければいい」という意識が強すぎる傾向が根強くあり、一方で、経営側も売上高や市場占有率(シェア)へのこだわりが強いことも、サービス化経済を阻む壁になる。
大橋氏は「日本がサービスに対して、対価を払う国になるには、メディアや産業界が一緒になって、意識改革を促すキャンペーンを行う必要があるのではないか」と述べた。
(以下インタビュー詳細)
スマートコンストラクション 全社で育てる「ビジネスのタマゴ」
人や建機をICTで結ぶ
モノづくり会社のコマツは、すべてを「モノ起点」で考えてしまうのではなく、顧客のオペレーション起点、つまり「コト起点」をプラスアルファすることが求められていた。「スマートコンストラクション(スマコン)」の生みの苦しみは、コマツの社内改革を大きく動かす原動力になっている。
コマツ代表取締役会長の大橋徹二氏が社長に就任した2013年春、ICT建設機械の日本市場投入を検討していた。ICTを活用した情報化施工が進む欧米向けを中心に考えており、ドイツの建設機械に関する展示会では好評だったが、大橋氏は日本国内での展開は一筋縄ではいかないと予測していた。
当時の日本ではICT土木はほとんど普及が進んでいなかったからだ。従来のように、ICT建機を顧客に販売し、好き勝手に使ってもらうというスタンスでは、ICT建機の機能を発揮できない。顧客と使い方を一緒に考えていくやり方に取り組んだ。
大橋氏は「スマートフォンはたくさんの機能があるが、そのすべてを使いこなすのは難しい。建機も同じで、メーカー側が良いと考えて搭載した機能が、お客様に本当に喜ばれていたのか。こうしたことを一つ一つ確かめる作業が必要だと考えた」と振り返る。
傘下の建機レンタル会社を通して、ICT建機をさまざまな建設現場に持ち運び、試してもらう中で、さまざまな意見を拾い集めた。その中には「高性能のブルドーザーの作業スピードが2倍になって機械施工の工程だけ生産性が向上しても、別工程の土を運ぶダンプトラックの台数が足りなければ何の意味もない」との声もあった。
前後の工程も合わせて管理しなければ、ICT建機を導入する効果は享受できないにもかかわらず、メーカーである自分たちにはそのことが理解できていなかった。
河川工事や公共工事などの建設現場の困りごとの解決や要望への対応を一つ一つ組み立てて、「スマートコンストラクション」というソリューションとしてまとめ、2015年1月に発表した。その後、国土交通省にもスマコンのリリースを報告。約1年後、国交省から建設業界のICT土木の指針となる「i-Construction」が示された。
コマツに文化革命起こせ
「あなたのベンチャースピリットでやってほしい。ただし、一人で走らずに、人を巻き込んで、コマツに文化革命を起こしてほしい」。コマツ執行役員スマートコンストラクション推進本部長の四家千佳史氏は、大橋氏(当時社長)からスマコンの普及を託された時に言われた言葉を忘れることができない。
四家氏は福島県の建機販社のオーナー家出身だが、父の会社を継がず、1997年に建機レンタル会社を起業した。ITシステムを建機の予約に活用し、県内屈指の建機レンタル会社に育てることに成功した。
一方、コマツは当時、GPSを活用して建機の位置や稼働状況を把握する「コムトラックス」を開発しており、四家氏の会社にそのシステムの実証を依頼し、自社建機への標準搭載を決めた。2007年にコマツは傘下の建機レンタル会社と四家氏の会社を統合し、四家氏は統合会社のトップとして実績を積んだ。。
15年にスマコンをリリースした大橋氏は、スマートコンストラクション推進本部を新設。その責任者に四家氏を抜擢し、執行役員に引き上げた。
四家氏は、「他社が3年くらいで追いつけないようなダントツ商品をつくり、ダントツサービスを充実させ、最後にソリューションを提供する」というメーカー発想の考え方に違和感を抱いていた。「商品とサービスはコマツの意思でできるが、ソリューションはお客様のオペレーション上の困り事を解決すること。その手段がコマツのモノかサービスであるかということは分からない」。
そこで、大橋氏は「コマツの商品、サービスで解決しなくてもいいから、お客様のオペレーションを俯瞰的に見て、ソリューションを提供するように」と指示した。「社内で話をしていても、モノの話が中心になってしまう人が多かった中で、モノ以外のことで話ができたのが四家氏だった」(大橋氏)。
四家氏に信頼を寄せたのは四家氏のスピード感だった。四家氏は大橋氏から「スマコンの発表会をやれ」との指示を受け、コンセプトビデオを作った。「お客様の現場がこんなに変わるという夢のような内容で、具体的な項目がまだ含まれていないものではあったが、ビデオで表現した思いは間違っていなかった。結果として、ビデオの内容の方向で周りを巻き込んでプロジェクトが進められていき、強制的に腹落ちさせたと言えるかもしれない」(四家氏)。
顧客の「ワオ!」を集めよう
大橋氏も「コンセプト映像は効果があった。この映像で描く世界を達成するために、あと2カ月、3カ月頑張ろうと、メンバーで目標を共有できた。その映像を新規顧客に示すと、『本当にこんなことが実現できるのか』と首をかしげるが、実際に機械やサービスを持ち込み実演すると『ワオ!』という驚きの声が上がった」という。
そして、「いくつの『ワオ!』を集められるか」をチームの目標として掲げ、採用した顧客の取り組みも短編映像に編集したほか、テキストと写真でまとめてホームページに事例掲載した。「それを見た顧客が『これはリアルの世界だ』と理解を進めることができた」。
スマコンを採用した現場は、同じ人数、同じ台数で2倍・3倍の仕事をこなせるので、売上は飛躍的に向上。安全性も増し、3K(キツイ、汚い、危険)職場の環境は大きく改善された。
四家氏に託したもうひとつの命題である社内の意識改革にも成果が出始めた。「モノ起点」で考える意識に「コト起点」をプラスアルファするための社内の意識改革である。
四家氏は「コマツにはブランドマネジメントという、お客様にとってコマツグループでなくてはならない度合いを高め、パートナーとして選ばれ続ける存在になるための活動が根付いていたので、お客様の現場の課題解決のために安全で生産性が高く、CO2も削減されるようなスマートな現場を作りたいという、お客様の『コト起点』でオペレーションを最適化していく発想を社内に理解してもらうのにはそれほど時間がかからなかった」と話す。
それでも大橋氏は「社内の意識改革は途上にあり、日本のDXには課題も多い」と気を緩めない。2020年4月からDXスマートコンストラクションをスタートさせ、海外展開も進めている。
大橋氏は「スマコンに関わった人たちが『何かが変わりそうだ』『面白いことが起きるかもしれない』とワクワク感を持ってもらえたことは大きな進歩だ。スマコンのビジネスを加速し、多くの人間を巻き込んでいけば、それだけ多くの人がワクワク感を持つことができるはずだ」という。
このワクワク感が、従業員自らがスキルを磨き、お客様の工事のやり方を学ぶなど自己鍛錬の動機付けとなる。スマコンが大きな人材育成の場であり、みんなで育て上げる「ビジネスのタマゴ」なのだ。
*2020年12月22日取材。所属・役職は取材当時。